「ショックでした。お客様がわざわざ選んで来てくださっていたのは、ほんの一部の店だけだったんです。顧客とつながるためには現場の努力だけでなく、経営側が変わらなければと痛感しました。
現場でできることは限られるので、スマートな顧客管理のしくみなどは取り入れていきたいですね。来店のログをとって、何度目の来店とわかるようにできればとは思います。
とはいえ社内は強烈なカリスマの元で成功してきた、100店舗100業態達成の熱狂みたいなモチベーションが今もあります。マニュアルや設定にとらわれずやってきた良い部分は残しながら、既存業態のリブランディングや新規に立ち上げたゴーストレストランなどに取り組んでいきたいです」(鹿中氏)
店舗運営にDXを取り入れた外食企業の成功例
食ビジネスの中でも、いちはやくオンラインとオフラインの融合を目指し、取り組んできた企業もある。
株式会社CRISPは、社内にエンジニアが在籍。運営するカスタムサラダ専門店「クリスプ・サラダワークス」に、自社で開発したキャッシュレスセルフレジやモバイルオーダーアプリを活用している。
月に約5万人いる利用客のキャッシュレス比率は85%で、完全キャッシュレスの店舗もある。店頭で対面販売しているが、事前のオンライン注文は7割近い。代表取締役社長の宮野浩史氏は、「テクノロジーは目的ではなく手段」と言い切る。課題としてまず、顧客を覚えられないという問題があった。
「紙に書いた情報はアップデートされないし属人的です。デジタル注文比率100%ならいいというわけではありませんが、デジタルで記録すればお客様の情報を更新し、検索することができます。
ただ、アプリ注文では店頭での人と人とのコミュニケーションが失われがちです。いかに温かみを保つかという点で、オンラインとオフラインを融合させたいんです。境界をなくすことで、会話を楽しみたいお客様もアプリと対話するように注文できるかもしれません。オンライン・オフラインと分けないことが今後すごく大事なのではと考えています」(宮野氏)
コロナ禍が後押しになったチャレンジのひとつに、接客のリモートワークがある。店舗にいるとサラダを作るなど忙しく、かえってコミュニケ―ションがとれない。飲食店の本質である人の心を動かすサービスは、店舗にいないとできないのか? と発想を逆転させた。そんな挑戦が可能なのは、LTVを指標にしているからだ。
*LTV(ライフタイムバリュー/顧客生涯価値):ひとりの顧客が、取引の始めから終わりまでにどれだけ利益をもたらすのかを算出したもの。
90日アクティブユーザー | 12,000人 |
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平均継続月数 | 11.9日 |
90日離脱率 | 8.3% |
LTV | 40,000円 |
これまで指標としていたのは、その日の売上や人件費、原価率などだった。だが、テクノロジーを使って顧客を把握すればLTVが算出できる。データで認識しているからこそ意思決定できる。
「クリスプのLTVは40,000円、客単価が1,500円ほどなので、来店は30回くらいです。今後は、間違いなく顧客体験が価値の源泉になります。業態に関わらず、人と人とのつながりを見える化していくことが必要です。
指標を変え、テクノロジーの力でスタッフの魅力を開放しましょう。お客様と長々と話し込むのは、実は価値ある行為かもしれません。その可能性を可視化することは、給与アップや業界活性化にもつながります。そんなテクノロジーの力を使いこなす圧倒的な力が、外食にはあると思っています」
サブスクにEC、顧客体験を高めるデジタルの可能性
顧客のリピートを促し持続的な関係を構築できるビジネスモデルとして、注目されているサブスクリプション(定額制サービス/以下、サブスク)。一方で飲食店の成功事例はさほど多くなく、誤解やネガティブなイメージもある。
「飲食のビジネスモデルにサブスクはあうと思いましたが、顧客管理をしている飲食店はありませんでした。店長と常連がつながっているケースはあっても、新規客ふくめ顧客をデータベースに格納して連絡をとる環境にないのです。
飲食店が顧客管理するとはどういうことかをずっと追ってきました」と語る、株式会社favy代表取締役社長、髙梨巧氏。運営するサブスク型の完全会員制高級焼肉店「29ON(ニクオン)」は28%という利益率を確保し、コロナ禍の影響もさほど受けていない。
「お客様がご自身を常連だと自覚されていて、お店を応援したいという心理が働くのが理由のひとつです。自粛ムードの中、新規の店に行こうという気もあまり起きませんよね」(高梨氏)
サブスクの効果のひとつに、顧客ロイヤリティ(ブランドへの信頼・愛着)を可視化する効果がある。グルメサイトの台頭で、顧客も店舗も、常連になる・常連に育てられるという関係性を見失っていた。
サブスクは顧客にとっては手軽に常連になれる手段ともいえる。また、サブスク専用アプリなどのツールを利用することで、店舗側は顧客を正しく知り改善に取り組み続けることができる。
「29ON」は新店舗オープンにあわせてクラウドファンディングで会員を集めていたが、高梨氏はむしろ既存店がサブスクを始めるほうが効果は高いと話す。
「クラウドファンディングは、応援しようというお祭りムードで会員になったものの来店しないというケースも一定数見受けられます。それよりも店舗に通常いらっしゃるお客様を、エリアマーケティングで獲得し、持続性のある関係性を築くほうが重要です」(高梨氏)
ECでもお客様との関係性は保てる。Mr.CHEESECAKEの場合
コロナ禍の自粛ムードの中、従来の実店舗運営だけにとどまらない飲食店の在り方が模索されている。SNS上で人気に火がつき、数量限定販売のため日本一入手困難なチーズケーキともいわれる「Mr. CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ:以下、ミスチ)」の事例を見てみよう。
手掛けているのは田村浩二氏。フランスの錚々たるレストランで研鑽を積み、帰国後は世界最短でミシュランの星を獲得したフランス料理店のシェフに弱冠31歳で就任。数々の賞も受賞してきたシェフだ。なぜ実店舗のないチーズケーキのオンライン販売に至り、熱狂的に支持されているのか。
「もともとチーズケーキはレストランの仕事の前に趣味で作っていたもので、それで生計を立てようとは思っていませんでした。でも、SNSの拡散を通じて買いたいとおっしゃる方が増え、オンラインで感想やコメントを見ると、それが原動力になっていきました。
レストランのシェフを辞めてEC一本にしぼるのは悩みましたが、修行したフランスでは、仕事のために生きるのではなく、どう幸せに過ごすかを大事にしていました。ワークライフバランスを考えた時、チーズケーキという形で表現をしながらゆとりある時間で生きていけるほうがいいんじゃないかと思ったんです」(田村氏)
ミスチのチーズケーキが支持される背景には、パッケージや同封されるメッセージカードといった隅々にまで、田村氏の描くストーリーが徹底していることが挙げられる。
単なるチーズケーキといった機能的価値だけでなく感情的価値が付随する唯一無二の世界観が、熱狂的なファンをつかんでいる。一方でEC事業を軌道にのせられず試行錯誤している飲食関係者は少なくない。田村氏との違いはどこにあるのだろう。
「実店舗とテイクアウト、デリバリー、ECは満たす要件が違うという理解が必要です。重要なのは、顧客体験の設定、実際に口にするお客様の目線です。家と店舗とでは食べるおいしさは全く違います。
温度の変化や加熱の影響を逆算して作るとか、冷めてもおいしいとか色々条件があります。整った環境じゃない中、美味しさで戦わないといけない。何をどこまで接客できるかです」
オンライン販売では対面で料理の説明はできないし、最適な状況で提供することもできない。だが、料理に対する思いや何を目指しているのかを発信することは可能だ。チーズケーキは田村氏が幼少期に体験した幸せの象徴だという。
自分のバックボーンと将来をどうつなげるかを常に意識してきたという田村氏。顧客がECで商品を買う物語は、購入前からはじまっているのだ。
「すべての料理人が独立して何千万円もかけて店を出し、10年続く店は一握りという世界に疑問がありました。おいしいものの届け方は、もっとあっていいはずです。飲食店は席数という物理的な制限があります。
20席しかなければ1万人を収容することはできませんが、オンラインなら1万人に届けることができます。全国、世界中のお客様に物理的な範囲を超えて対応できるのがECのポテンシャルだと思っています」(田村氏)
飲食店経営の常識が逆転。DXによる顧客理解が存続条件になる
人材 | 採用強化⇒省人化 |
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立地戦略 | 繁華街⇒住宅街 |
営業 | 回転⇒減席 |
サービス | おもてなし⇒非接触 |
価格 | 値下げ努力⇒値上げ努力 |
集客 | 新規集客⇒常連育成 |
関係性 | 店舗優位⇒顧客優位 |
コロナ禍をきっかけに、飲食店経営の常識は逆転した。消費者の外食離れに危機感を抱いた登壇者は、共通して顧客を知りたい、顧客とつながりたいと訴えた。顧客理解ができているかどうかは今後、飲食店が生き残っていく上で不可欠な条件になっていくだろう。そのためには、テクノロジーの活用が最短の道になる。
既存の観念を捨て、ゼロベースで経営基盤を再構築すべき時代がやってきた。飲食業であろうと、社内にデジタル人材は必要で、それがあたりまえという世界になりつつある。自社で難しければ外部のブレインを見つけて学んでもいいだろう。まずはひとつツールを導入し、成功体験を積んでデジタルに対する理解を深めながら、DXを目指してほしい。