「改善」だけでは、その先にはたどり着けない
中村:今までのFOODITは、業務の一部を取り出して「ここをどうIT化するか」という議論が多かったですが、コロナ・ショックを経て、もはやそんなやり方ではまったく太刀打ちできないぐらいの状況を迎えています。
子安:当社は比較的、売上の戻りが早い方だと思うのですが、それでもならすと70%台くらい。このまま80%、85%まで回復するところはイメージできるのですが、もし仮にそこまでしか戻らなかったとしたら、総売上の15%が消えることになります。利益がすべて飛んでしまうような状況。
中村:戻りが早くてその状態ですから、多くの飲食店が赤字ということですよね。
大島:これまで論じていたようなFLが何%ぐらいだったら経営が成り立つ…といった概念ではやっていけないですよね。
子安:今後を考えると、一部の「改善」だけでは、その先へたどり着けないことにみんなどこかで気付いているでしょう。そうするとお題目ではなくて、ゼロベースでどうすべきか考えなくてはいけない。そろそろ資金も尽きてくるし、かなり追い込まれたところまで来ている。
中村:7割経済ということを前提に、7割がずっと続いても安定的に利益を出していくにはどうしたらいいのかということを、僕らもずっと議論し続けているのですが、今のやり方では絶対に無理ですよね。
FOODIT TOKYO 2020のテーマは「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」
中村:そもそも「飲食店の価値とはどういうことか」を、それぞれの飲食店経営者が問い直して、本当にもう一度ゼロからお店を作り直すことを考えなければいけない状況になっていると思います。
子安:ただ、変わらなければいけないのは分かっていても、何を変えればいいのか分からない経営者も多いですよね。何から手をつけたらいいのだろうと。
中村:FOODIT TOKYO 2020は、そこに何か補助線を引くことができる内容にしたいと考えています。そこで今年は、DX(デジタルトランスフォーメーション)をテーマにしたい。IT化というのは、たとえば紙のメニューをQRにしてスマホで見るなどの小手先で表面的なことですが、DXはもっと根本的なもの。すべての経営課題を一度棚卸しして再設計して、求める成果に最短で行くための方法をゼロから再発明するということです。そういうところが、まだまだ飲食店向けのシステムでは進んでない。
大島:システムを提供している側として思うのは、中小企業にシステムを入れる際は、オーナーが最終判断をするわけです。飲食店のオーナーにどういう方が多いかというと、料理に長けている人か、サービスや演出などのデザインに長けている人。
ところが経営となると、全体の業務フローを把握してまとめ上げるオーナーや社員がほとんどいないんです。大手は経営企画室などがあるので別ですが、中小企業の多くはシステムがポイントごとになってしまっていて、担当者もバラバラで手間がかかっている。今こそ全体を見るべきタイミングだと思います。
採用をめぐる状況は、去年と一変した
子安:ヒトをめぐる問題も、これからの重要なテーマです。人が採れない、どうする?という課題をずっと抱えてきましたが、コロナ禍で一気に解消されました。去年までは「誰でもいいから採用したい」という状態だったのが、今は「誰をどう雇って、どう配置するか」が非常に重要になっています。
中村:採用状況は、以前と真逆になりましたね。これは長い目で見ると、外食の未来にとってはすごくボジティブな変化だと思います。
子安:少数精鋭がいいかは分かりませんが、少数で高い利益を出せれば、高い給料をもらえるという話にもなるわけですね。優秀な人材が入ってきて、素晴らしい価値を提供して、ちゃんとリターンを得る。
中村:それって、僕らが描いていた理想の世界じゃないですか。労働収入ではなく知識収入で、付加価値の高い仕事をちゃんとやる。これから5年、10年かけて、付加価値につながらない仕事はどんどん自動化していかないと持たないと、今まで何年も問うてきましたが、その世界がもう来てしまった。人手不足が解消したのではなく、人を使ってはいけないのだという前提が、違うアプローチではあるけど、同じ未来にきましたね。
大島:人材への投資は、これからますます重要になると思います。その店にしかできないサービスがあるということを問われてくる。ただし今までは、いろんな雑務がありながらサービスもしていたので、まずは雑務を無くしていかないといけませんよね。雑務が美学だと思っている人はたくさんいますが、不要な美学を追わないように。
余計なものを削ぎ落とした先が本当の勝負
中村:飲食店の経営では10%の利益を上げれば優秀と言われていますが、それが常識になってしまっています。そんなものだと諦めてしまっているんですね。別に「値上げすべき」という話ではなく、業務をゼロベースで作り直せば、今の値段を維持しながら利益率20%が実現できるかもしれない。でも、誰もそこを問わないんです。
大島:利益率20%を目標にしてやってみてできないならまだ分かりますが、最初から10%を目指してしまう、そこが問題ですよね。『目標としているFLは、今目指している数字でなくてもいいのでは?』という観点から、もっと全体の仕組みを見直すタイミングだと思います。
子安:一度「シンプルさ」を追求してみることも必要ですよね。そのうえで、合格点を何点にするか。例えば70点なら合格とすれば、無理して70点以上の加点を狙わなくてもいいんじゃないかという割り切りとか。
中村:その先が本当の勝負だと思っています。つまり、業務を限りなく効率的にして、自動で回すようにするというのは、いまのテクノロジーである程度できる。でも、それをやるとみんな同じ店になるんですよ。
しかしそこから先に、初めて差別化が出てきます。じゃあ、うちはあえて入り口にちゃんと人を置いて、お客様が入ってきたら必ず即座に「いらっしゃいませ、○○さん」と言えるようにしようとか。まずは、一旦割り切って、すべて自動のお店を作ってしまうぐらいのアプローチの方が、簡単かもしれません。
子安:どこまで削ぎ落とせるかにかかってくるでしょう。ただ、それは自動化とは限らないかもしれません。当社が経営している和食店では、基本はアラカルトで月替りのメニューがいっぱいあるのですが、これでは食材をたくさん仕入れなければいけないし、人も使わなければいけない。
でもそれを、日替りで5,000円のコースだけに変えた途端、食材のムダな仕入れが減り、少人数で回せるようになって、すごくシンプルに削ぎ落とすことができる。お客様の求める価値が、「季節の食材の美味しい和食が食べたい」ということであれば、それでも十分満たせるんですね。多くの中から選べなくてもいい。そういう形でいえば、かなり削ぎ落とすことができます。
中村:そうですよね。だから、自分たちの提供している価値はなんなのか、お客様の求めている価値はなんなのかを、さらに深く考えていくべきだと思います。
FOODIT TOKYOは2015年のスタート当初より、日本が世界に誇る外食産業のリーダーが、飲食店におけるテクノロジーの最新動向をシェアし、未来への建設的議論を行ってきました。
6年目となる2020年は、初のオンライン開催で、外食産業におけるDX化を様々な観点から取り上げ、経営基盤の再構築のヒントを考えました。実際の模様は以下の記事をご覧ください。
★当日のセッション内容はこちら★
外食企業の中間層こそ要改革。顧客関係の構築に必要なDX経営とは~FOODIT TOKYO 2020
■株式会社トレタ 代表取締役、FOODIT TOKYO 実行委員長
中村 仁(中)
1969年東京都生まれ。立教大学卒業後、パナソニック、外資系広告代理店オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパンを経て2000年に西麻布で飲食店を開業。立ち飲みブームのきっかけとなった「西麻布 壌」を皮切りに、とんかつ業態「豚組」、豚しゃぶ業態「豚組しゃぶ庵」などの繁盛店を世に送り出す。2011年、料理写真を共有するアプリ「ミイル」をリリースしたのち、2013年に株式会社トレタを設立し現在に至る。著書 幻冬舎『外食逆襲論』
■株式会社カゲン 代表取締役 子安 大輔(左)
1976年生まれ。東京大学経済学部を卒業後、株式会社博報堂に入社。マーケティングセクションにて、食品や飲料、金融などの分野の戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、共同で(株)カゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書 『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』(ともに新潮新書)。食をテーマにした学びの場「食の未来アカデミア」主宰
■株式会社インフォマート 取締役 大島 大五郎(右)
1972年生まれ。東京都出身。食品メーカー従事後、2000年に株式会社インフォマート入社。フード業界向けに受発注や規格書などの企業間取引事業を手がける。