2030年の飲食サービス業界は約400万人の労働者が不足する
少子高齢化の進行にともない、労働人口の減少も深刻化するといわれる2030年問題。日本では2030年には約644万人の労働者不足が生じるとの予測がある(パーソル総合研究所)。不足する644万人のうち、約400万人は飲食サービス業だ。これは、広島市と横浜市から人が消えるほどのボリュームである。今以上に企業間の人材獲得競争は激化し、人件費の高騰は進行するだろう。労働者が不足することで、店舗の閉鎖やサービス品質の低下を招くおそれもある。

取締役 小川 圭介 氏
株式会社ワンダーテーブル 取締役 小川圭介 氏(以下、小川氏)「当社は国内外に120店舗以上を展開していますが、都市部の時給は1200円以上です。学生のアルバイトが集まりづらい23区の中心部になると、最近では1300円以上もよくあります。それでも採用が難しいので、研修時給をなくしてスタートから通常の時給を提示しています」
株式会社KICHIRI 代表取締役社長 平田哲士 氏(以下、平田氏)「当社では研修期間の時給を1,600~1,700円に設定し、その後1,200~1,300円に戻す店舗もあります。ハードルを下げていただくことで採用増につなげる狙いですが、そこまでしないと人が採れない地域も出てきているということです」
外国人材の採用には、自社の将来を見据えた戦略を

取締役副社長COO 西林 厳史 氏
株式会社ピーカチ 取締役副社長COO 西林厳史 氏(以下、西林氏)「644万人の人手不足を解消するため、外国人材の採用や女性活躍推進、シルバー労働力の活用、DXの4つをうまく組み合わせることが必要だといわれています。皆さんの会社で外国人材の活用状況はいかがですか?」
ワンダーテーブル 小川氏「当社では、主に海外ブランドとの連携のために多くの外国人を採用してきました。現在の社員は5人に1人が外国籍で、48カ国から集まっています。過去には大手居酒屋などで、ブラジルやミャンマーから大量に採用するのが流行ったこともありましたが、言葉や文化の壁があり難しかったと思います。そうして集めた人材が、簡単に転職してしまったという話も聞きました。
しかし現在は、そのような経路で来日した人たちが数年を経て、次の就職先を探している時期でもあります。自社に外国人を受け入れる専用の部署を作り、永住権につながる特定技能2号の取得を支援すれば、意欲のある外国人が集まりやすい。当社では2号取得のサポートを強化した結果、資格を取得できた社員がロールモデルとなり、口コミで応募が増えています」

取締役営業本部本部長 福田 典生 氏
株式会社WDI JAPAN 取締役営業本部 本部長 福田 典生 氏(以下、福田氏)「雇用する側の考え方と、従業員の考え方のギャップを解消することが重要です。たとえば特定技能1号で採用されて『5年後に母国へ戻って自分の店を開きたい』と考えている人もいます。せっかく一人前になったのに帰国されてしまうよりは、特定技能2号へとステップアップしてもっと活躍してほしいという会社側の思惑が理解してもらえるか。
逆に考えれば、将来ベトナムに自分の店を出したいと考えている外国人を1号で受け入れて育成し、自社が海外出店する際の戦力になってもらうという考え方もできます。外国人材の活用を進める上では、いろいろと戦略的な考え方をする必要があると思います」
「相談しやすい空気」を作ることが、女性の活躍につながる
ピーカチ 西林氏「次に、女性活躍の推進環境をどう作っていくのか。まだまだ家事育児の負担が女性に偏っている中、女性従業員の活用について皆さんはどんな取り組みをされていますか?」

代表取締役社長 平田 哲士 氏
KICHIRI 平田氏「当社では女性の管理職比率が27%で、東京ではスーパーバイザーの過半数が女性です。ディナーでなくランチ業態に配置するなどの工夫に加え、女性社員が働きやすい環境を作るための啓蒙活動にも力を入れています。大事なのは、啓蒙活動はSNSではなくポスターや雑誌風の読み物で、ロールモデルとなる女性社員の事例を紹介すること。さらに早いうちから先輩女性とのキャリア面談を挙手制で実施し、働き方について考える機会を提供しています。面談では、正社員を続けることのメリットをしっかり伝え、『結婚・出産で仕事を辞めなくてはいけないのではないか』という不安を解消するよう心がけています。
また当社では、ライフスタイルに応じた働き方に『スタンダード』『ショート』『メリハリ』などキャッチーな名前をつけて、会社側が男女関係なく柔軟な働き方を提供しているという意思表示もしています。社員に浸透しやすい、分かりやすいネーミングセンスは意外と重要だと思います。また、スマホのQRコードでつながる相談窓口も設け、男女関係なく相談しやすい空気を作るようにしています。こういったことが、女性社員の離職率低下につながっていると思います」
シルバー人材の活用と、若手の育成を同時に進めることが重要
ピーカチ 西林氏「シルバー労働力の可能性についてお伺いします。『人生100年時代』といわれていますが、皆さんの会社では定年退職された方々がどのように活躍していますか?」
WDI 福田氏「当社は本社部門で60歳の定年を迎えた後、65歳まで雇用を延長する制度を整えています。店舗ではさらに多様な働き方を広げています。お昼や夕方までの勤務や、現役で働き続ける方、業態によっては高齢者でも問題なく働いているケースも多々ありますし、健康維持のために働き続けたいと希望される方も多いですね。多様性を取り込みつつ、定年後はマネジメントから外れてサービスに特化してもらうなど、経験を活かした働き方ができるよう話し合って進めているところです」
ワンダーテーブル 小川氏「将来的には、欧米式の働き方を取り入れたいですね。日本では、店主や責任者が仕込みから調理まですべての作業をこなすことが多いですが、海外では『Prep』といって、営業前の時間帯だけ働きに来る仕込み専用のスタッフがいます。下準備は彼らに任せ、営業後の掃除なども、時給の高いスタッフではなくシルバー層に任せる形にすれば、より効率的な働き方が実現するでしょう。とはいえシルバー層の求人媒体は少なく、採用はなかなか難しいのが現実です」
ピーカチ 西林氏「65歳以上の約7割が『今後も働き続けたい』と考えているというデータもありますが、募集窓口はほとんどありませんね。これはビジネスチャンスかもしれません」
ワンダーテーブル 小川氏「シルバー人材の活用と、若手の育成を同時に進めることが大切です。当社では45歳以上の社員に『レジェンドプログラム』という制度を導入しています。ある一定以上の条件を認めた方はマネジメント業務から外れ、専門職としてサービスや料理に専念していただくのです。
当社は離職率が低く、勤続20年以上の社員が多い一方で、熟練店長のもとで若手が『自分には無理だ』と感じて辞めてしまうケースも課題になっています。『レジェンドプログラム』で店長ポストが空けば、若手に店長職を任せられるようになり、彼らが元気に働き続けられる状況がさらに整うでしょう」
「その業務、AIでできない?」を口癖に、デジタル化でホスピタリティの質を高める
ピーカチ 西林氏「最後にDXについてうかがいます。2025年はAIの活用がさらに加速するとみられています。システムに人の仕事の4.9%を任せることで、人材不足を解消できるというデータも出てきていますが、皆さんの会社ではいかがですか?」
KICHIRI 平田氏「飲食業では衛生管理が特に重要です。当社では効率化のため、現場での衛生チェックをDX化しました。本部の管理者がLINEのビデオ通話を使って、抜き打ちで各店の店内や冷蔵庫のチェックをするというものです。現場に行くことがなくなり、時間と交通費が大幅に削減できたのです。さらに現金チェックもビデオ通話で行うようにしたところ、店舗スタッフと管理者が互いにストレスを感じることなく確認できるようになりました」
WDI 福田氏「オペレーションで負荷が大きいのは、何といってもオーダーテイクと会計ですね。当社はテーブルオーダーのデジタル化はすでに進めていて、高級業態系以外の多くのブランドが導入済みです。働く側もお客様もストレスが減りました。もちろんご年配などのお客様にはオーダーを直接承るなど臨機応変に対応するハイブリッド運用を意識させています。このようにデジタルとホスピタリティの融合でサービスの質を更に高めていきたいと考えています」
ワンダーテーブル 小川氏「当社ではコロナ禍をきっかけに本部業務のデジタル化を進め、本社規模と人員数を半減させました。現場のDXは本社よりも難しかったですが、まずはすべての業務を1日の時間ごとに書き出し、デジタル化できるところは効率化を進めています。なかでも釣銭機の導入は、レジ締めの時間が30分短くなって現金管理のストレスも減るなど、メリットが大きかったですね。現場は本来、お客様にしっかり向き合うことが大切なのに、これまでは現金管理をはじめ別の業務でいっぱいいっぱいになっていた面もあります。こうした課題を解決するためにも、キャッシュレス化は必然ですね。
さらには2年かけて、小口現金も廃止しました。各店舗にプリペイドカードを配布して、何をどこで買ったかすべてデータ化して一元管理しています。この切り替えには時間がかかりましたが、とにかく店に現金があると管理をしなければならないので、キャッシュレス化に尽力しました」
KICHIRI 平田氏「大事なのは『その業務、AIでできないか』を口癖に、まずはAIに任せられないかを考えることだと思います。あとはとにかく、新しいものは触らないと理解できませんから、当社ではAIで業務をどれだけ短縮したかを競う社内コンテストも開催しています。店舗のレポート作成に毎週2時間かけていたのが5分になったなど、新しいアイデアがどんどん生まれて社員の成長にもつながっています」
WDI 福田氏「DXの本来の目的は、人が介在する必要のない仕事は機械に任せる代わりに、人にしかできないオリジナリティあふれるサービスを充実させること。それが他店との差別化にもつながります。たとえばカプリチョーザでは、食事後のコーヒーを無料で提供しているのですが、こういった対面のサービスをしっかり充実させることが、当社の付加価値につながっていく。単なる生産性向上だけでなく、お客様の満足度向上にもつながるのが真のDXではないでしょうか」