飲食業界におけるM&Aの目的
飲食業界での企業買収や資本提携は、居酒屋やカフェ、ファストフードなど様々な業態間で行われている。同業態同士の合併の場合、主な狙いは効率的な事業の拡大といえるだろう。人材教育や購買、物流などの経営効率を確保したまま、出店エリアが広げられる。2016年のM&A案件では、ウェンディーズとファーストキッチン、和食さとと宮本むなしなどの例が該当する。
一方で、同業態同士よりも多いのが異業態同士による合併だ。吉野家によるせたが屋ラーメン、小僧寿しによるカレーハウススパイシーの子会社化など、様々な例が挙げられる。
「現在の飲食業界では、顧客ニーズの多様化によるブランドの淘汰や、食中毒トラブルによるイメージダウンなど、様々なリスクが増しています。もし何かが起こってしまった場合、単一業態による経営では解決がとても難しいのです。このため、長期的な経営をする上で、複数の異なる業態を持つ必要性が高まっているといえます」
新業態の開発ならば、M&Aを使わずに自社の独力ですることも考えられる。しかしその場合、限界があるとも指摘する。
「ひとりの経営者や同一の開発担当者が新たな業態やブランドを作っても、どうしても既存店と同じ味や雰囲気、運営方針になりやすいのです。より効果的にリスクヘッジをするため、M&Aを使って他社の文化を補完する企業が増えていると感じます」
補完型M&Aの場合、買った会社は強い、買われた会社は弱いという関係ではなく、お互いに協力体制を築くという、対等に近い関係になることが多いようだ。実際、M&Aの成功例では、買い手企業が被買収企業の文化を大事に活かしていることが増えているという。
小規模な企業にもM&Aの裾野が拡大
飲食業界でM&Aを活用する企業の層は、これまでは上場企業を中心とした大手や投資ファンドだったが、最近は小規模な企業にまで取引の裾野が広がっていると三宅氏は話す。
「小さな企業でも低投資で小規模案件を買収して、効率的に事業の拡大を目指す経営者が増えています」
一方、売り手側でもM&Aを活用してブランドを売る企業が増えているそうだ。
「業態開発の得意な人が起業し、その年のトレンドとなるようなブランドを作って売却し、また新たなブランドを作っていきたいという例が増えてきました。こういった背景もあり、買収対象となる企業は多様化しています」
人材の取り込みには、飲食業界ならではの注意点も
また、業態の取引の他に、人材の取り込みも大きな目的としてあるという。
「実際の買収案件の意図を探っていくと、人気業態の開発者や、大きな業務改善をした功労者が、キーマンとしてM&Aの対象になることも多くあります。人材の取り込みは、現場レベルでも経営陣でも行われています」
人材が目的の場合、飲食業界ならではの特徴として、ある注意点も指摘する。
「飲食業界が他の業界と違うところは、創業者が経営のトップにいることが多く、その情熱が従業員を引き付けていることがよくあることです。このため、成長している飲食店をM&Aで買収しても、傘下に入った時に影響力のある人が辞める場合、その人についてきた従業員も辞めてしまうことがあります。人材が流出してしまえば店舗の売上は見込めませんから、いかにスタッフを仲間として巻き込み、丁寧にフォローしていくかが、買い手企業の最重要ミッションになります。これは大手、中小など企業の大きさによらず、共通です」
今後、飲食企業の買収・売却が一層活発となり、都市部から地方にも広がっていくと予想する三宅氏。業界の行方に注目したい。