接客サービスは、顧客満足度につながる“最高の調味料”
新井会長は1942年、神奈川生まれ。15歳から都内の焼肉店で修業し、1976年に33歳で叙々苑1号店を開業した。1970年代当時の焼肉店といえば、もくもくと煙が充満する大衆的な店がほとんど。叙々苑はその真逆をいく高級な店作りを展開し、銀座や六本木に集う富裕層や、これまで焼肉を敬遠しがちだった女性客を中心にまたたく間に繁盛店へと上り詰めた。
現在は首都圏を中心に71店舗を展開するほか、ブランド力を活かして焼肉弁当・焼肉のたれ・サラダのたれなどの製造販売も行う。新井会長は全国焼肉協会の名誉会長を務め、2017年には黄綬褒章を受章、22年には焼肉歴65年の経営哲学を説いた『焼肉一代 叙々苑 新井泰道』を出版するなど、焼肉文化の発展にも貢献している。
株式会社日本食糧新聞社 常務取締役、日食外食レストラン新聞編集長 岡安秀一氏(以下、岡安編集長)「新井会長は『おいしさを感じさせる最高の調味料は接客サービスである』という持論を展開されています。その考えを生み出した体験は何でしょうか」
全国焼肉協会 名誉会長、株式会社叙々苑 代表取締役会長 新井泰道氏(以下、新井会長)「私が叙々苑1号店を開業する前のことです。数少ない休日に家族で貴重な時間を過ごそうと、ある有名レストランに出かけました。ところがその接客がひどくて、自分は絶対にあんな店は作りたくないと強く思いました。
お客様はせっかくの休日に、家族と楽しい時間を過ごすために来店しているのです。料理の味が重要なのは当たり前ですが、それだけではダメ。おいしさと接客サービスは一体です。心地よいサービスは料理の味をも左右させます」
顧客の本音を知るために、店を出たお客様のエレベーターに同乗したことも
岡安編集長「新井会長は叙々苑創業当時、顧客の本音を知るために、店を出たお客様のエレベーターに同乗されていたそうですね」
新井会長「古い話です。当時はよく、お帰りになったお客様と同じエレベーターに乗って聞き耳を立てていました。『今日は良かった、また来よう』『あれがおいしかった、おいしくなかった』など、帰りのエレベーターは本音が出やすいのです。また、叙々苑が満席で入店できなかったお客様が、次にどの店に行くのか知るために後を追ってみたこともあります。他の焼肉店に行くのかと思いきや居酒屋さんに入ったときは、『他の焼肉屋へ行かないということは完全にうちのお客様だ』と安心したものです。そんなことを繰り返しながら、創業以来67年、もっといい方法はないか、もっとおいしくなる方法はないかと探求を続けてきました」
岡安編集長「会長はよく『リピーターなくして繁盛店なし』『お客様がお支払いされた分はきちんとお持ち帰りいただく』とおっしゃっています」
新井会長「リピーターになるかどうかはお支払いの時に決まります。お客様が食事を終え、レジでお支払いされて帰るその瞬間に、『もう1回来てもいい』と思うのです。この店のおいしさやサービスに、支払っただけの価値があるのか。その価値がないと思えば、お客様は二度と来ません。だからこそお客様の立場で、あらゆるチェックが必要になるのです。初めて来たお客様には、特に気を遣う必要があります。おいしくて、値段が妥当だったら必ずリピーターになっていただけます。そこにサービスが加われば鬼に金棒です」
ファミリー、カップル、法人需要。「焼肉ほどいい飲食業態はない」理由
岡安編集長「叙々苑は日常的な外食だけでなく、法人需要や記念日などハレの需要を開拓してきました」
新井会長「今までハレの外食需要といえばホテルでした。確かにホテルは雰囲気もいいし駐車場もあって便利ですが、高いですよね。都心の有名ホテルではウーロン茶が1000円、サービス料などが加わって1300円になります。記念日などは思い切ってホテルへ行くのもいいですが、ご家族連れの誕生日会や結婚記念日など、ちょっとしたハレの食事にはやはり焼肉。老若男女問わず『焼肉が嫌い』という人は聞いたことがありません。焼肉ほどいい飲食業態はないでしょう。特に個室のような囲いのある高級店は重宝されますし、これからも需要は伸びると思います」
安いから売れる時代ではない。価格に見合った店作りの極意とは
岡安編集長「高級焼肉という分野をリードしてきた叙々苑ですが、出店戦略はどうされてきましたか?」
新井会長「叙々苑を出店するときは、まず、家賃の10倍の売上を出せるかを考えます。たとえば家賃が1カ月300万円なら月商3000万円、年商にして最低でも3億円は売れるだろうかと。叙々苑のコンセプトに合う立地は一等地ですから、当然家賃の負担は大きくなります。だからこそ客単価を高くして、多くの方に来ていただかないといけません。高価格で満席にするには、その価格に合ったメニュー構成、店作りが必要です。
以前はランチセットを50円でも100円でも安く提供する店が勝っていましたが、今は安ければ売れる時代ではありません。少し高くても、よりよいものを食べたいという人が増えています。たとえば叙々苑のランチは安くても3000円以上しますが、行列ができるほどの人気です。まずはおいしさ、サービス、そして価格のバランスが良ければ、お客様は必ずまた来ていただけます。その価値を作るのが私たちの仕事です。
また、飲食業界は原材料の高騰や人材不足などの課題があります。時代の流れは変えられませんから、うまく乗っていくしかないと思います。値上げもある程度はやむを得ませんし、従業員の給料もアップするべきでしょう。だからこそ、その分だけお客様を確保する方法を考えなくてはいけません。再度、身を引き締めて仕事に専念してほしいと思っています」
繁盛店づくりに必要なのは、トップの情熱と従業員のセンス磨き
岡安編集長「最後に本セミナーのタイトルである『繁盛を呼ぶ徹頭徹尾の思考法』について、会長の思いを教えてください」
新井会長「私はどのような組織でも、トップの思いや決め事がすべての従業員に徹頭徹尾果たされていることで、基盤が作られると考えています。まずは経営者、そして上司が、常に情熱を持って仕事をする。あらゆる面で、互いにその情熱を感じ取れる環境が必要です。
あとは『目配り・気配り・思いやり』の3原則、すなわち日本における昔からのおもてなしの心を守り、お客様が何を求めているか察知する能力を、徹底的に磨いてほしいです。皆さんのお店でも、接客サービスには十分気を遣うような教育をしていただきたいと思います。
接客サービスにはセンスが必要です。私は叙々苑の社員にセンスを磨きなさいとよく言っています。センスとは、感性です。感性を磨くには、常に良いものを見る、触れる、感じることです。たとえば日本料理でも洋食でも、おいしそうに撮影された写真が載った本や雑誌を見る。良いワインや一流ホテルの接客を体験する、最先端のファッションに触れるなどでも結構です。良いものをたくさん見ていれば、自然とセンスは身に付きます。
よく『自分磨き』といいます。自己を振り返り、今の自分に足りないものは何か、相手の要求にどう応えるべきかを素直に考えることが大事です。人間いくつになっても、素直さが大事。私もいつも自分に言い聞かせています。素直に、貪欲に教えを乞う情熱的な人や組織は応援したくなりますね。できる限り協力したい、おいしい店になってほしい。そうしてどんどんおいしい店が増えて、すべての焼肉屋さんが繁盛していくのが理想です」