温泉旅館がイタリア・カプリ島をイメージしたリゾートホテルに
2021年、西伊豆で個人向けリゾートホテル「Il Azzurri(イル・アズーリ)」がリニューアルオープンした。前身は団体客向け温泉旅館「アクーユ三四郎」。多くのホテル再生プロジェクトを手掛けてきた山下氏らの手により生まれ変わった。



コンセプトは、イタリアの景勝地カプリ島のリゾートホテル。既存の建物を活かしながら、昔ながらの売店や受付が並んでいたロビーを海が見える開放的な空間に改装。従来の横一列に並ぶ受付カウンターは、スマートフォンでスムーズにチェックインできる設計へと一新した。ロビーには西伊豆の観光スポットを紹介するプロジェクションマッピングも導入している。
かつての倉庫はラウンジへと生まれ変わり、時間制でワインやシャンパンを楽しめるフリーフロースタイルを採用。大人がゆったりと寛げる空間を創出した。レストランはビュッフェ形式で、地元の漁師や農家から届く新鮮な食材を活かした料理を提供している。
全室オーシャンビューの客室からは、テラスの温泉露天風呂で西伊豆の夕陽を望むことができる。サウナ付き客室も備え、海外リゾートのような空間を実現。同時に、効率的な客室清掃を可能にする工夫も施している。リニューアル前は60代以上の団体客が中心だったが、現在は20~30代の個人旅行客が大幅に増加している。

CEO 山下圭三 氏
山下氏「若い世代は一度気に入ると、年配層以上にリピート率が高く、3カ月に1回来館される方もいます。彼らの口コミ力は非常に大きく、即効性はなくとも良い循環が生まれています」
山下氏の着任当時、「三四郎」は70~80社の旅行会社と契約していたが、現在はすべて解除してOTA(オンライントラベルエージェント)に一本化。インバウンド向けには海外OTAサイトで公式サイトと同じ最安値を提示し、10月時点で外国人客が17%を占めているという。
FLコストの最適化で、EBITDAを0.3%から7.6%に改善
経営改善では、特にコスト比率の高いFLコストを最適化し、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)を0.3%から7.6%に改善した。
山下氏「宿泊業は1週間のうち4、5日はお客様が少ないため、この時にいかに赤字幅を減らすかが重要です。しかし、今月が半分終わる頃に前月の原価、人件費を確定させて損益計算書を締めていては、経営判断が遅れてしまいます。
まずは仕入れコストを即座に把握するため、仕入れ品の発注方法をFAX・電話からインフォマートのクラウドシステム『BtoBプラットフォーム受発注』に切り替えました。これにより勘定科目ごとの金額を日次管理して、翌朝には食材原価をレポートできる体制にしたのです。その結果、原価率は22.4%から18.7%に、3.7ポイント改善しました」
人件費については、1室あたりの適切な清掃時間を検証してKPIを設定し、翌朝には従業員の評価を行う。目標が明確になったことで、従業員のモチベーション向上にもつながっているという。
山下氏「私がトップの責任で90日前から売上予測を行い、マネージャーがその予測に基づいて労働時間を配分し、KPI(重要業績評価指標)に基づき日次で利益を算出しています。
かつては汎用機でデータを抽出し、紙に出力して手入力する時代もありましたが、現在はクラウドシステムで受発注、買掛金、人件費などをリアルタイムに把握できます。PMS(ホテル管理システム)で予約段階から3カ月先、半年先の売上が把握でき、API連携とCSV連携で全データを自動的に統合し、Excelベースで管理できます。プログラミングの知識は不要です。システム会社にゼロから構築を依頼すれば、数千万円はかかるでしょう」
トップダウン型から、部下を支援するサーバントリーダーシップへ
従業員の働き方は、上司の指示に依存する「支配型リーダーシップ」から、現場の改善点をサポートする「サーバントリーダーシップ」へと転換。人事用語でいう「エンパワーメント」、つまり従業員への権限委譲を進め、主体的な顧客対応をサポートする組織づくりを目指している。山下氏は「苦労もありましたが、一人ひとりにコンサルティングを行いながら少しずつ変革を進めてきました」と振り返る。
担当者のキャリアアップが成功の鍵

山下氏のビジネスパートナーとして多くのホテル・旅館の支援を手がける森和仁氏が登壇。森氏は1992年から約10年間ホテルの調理師を務めた後、人事異動で購買責任者に。その後、総務部門で人事管理や予算収支、原価管理、キャッシュフロー管理などのバックオフィス業務を担当。現在はフリーランスとして「イル・アズーリ」でディレクターを務め、マルチタスクの導入やバックオフィスのDXに取り組んでいる。
森氏は自身の経験について「購買部への異動当初は、料理人としての思いもあり不安でした。しかし、将来的に自分でレストランを経営するなら、仕入れや売上などすべてを把握する必要があります。私のような経歴の人材は珍しいかもしれませんが、とにかく数字に興味を持つことが重要です。原価管理も収支管理も、なぜこの数字になったのかを考えることが第一歩です」と語った。
システム導入は、従業員自身が一歩踏み出すために必要な手段
ホテル・旅館の事業再生には、システム導入や組織図の刷新だけでは実現できない。山下氏、森氏は次のように総括した。
山下氏「トップがこの形で運営すると決めた後も、従業員の行動変容を促すのは容易ではありません。重要なのは、働く人が日々の業務の中で、生産性向上がキャリアアップにつながると実感し、自ら時間を投資していけるかどうかです。システム導入だけでは不十分で、そこからどう一歩を踏み出せるかが肝心です」
森氏「宿泊業は非常にクローズドな世界です。だからこそ、多くの情報を収集し精査することが必要です。FOODCROSSのようなカンファレンスへの参加は、最新知識の習得にも意義があります。
特に地方の宿泊業の皆様にとって、新しい情報との接点創出がより重要になっています。私も熊本で支配人として運営指揮を執るなど、活動の幅を広げているところです。地方の活性化に向けて、ぜひ一緒にチャレンジしていきましょう」
インバウンド需要の高まりで好調な宿泊業界だからこそ、デジタル化を基盤とした経営改革が求められている。