第三部「“共創”から生まれる飲食店の未来」
第三部の登壇者は、日本のこれからの成長戦略の中心に「食」を据えていくということをまさに体現しているお二人に登壇いただいた。農業や食育に取り組み、“外食第5世代”と呼ばれる若手飲食店経営者団体「外食SX」の代表も務める株式会社和音人の狩野 高光 氏は、未来の飲食店経営について語った。
フード業界の課題は「社会への参画力」
狩野「日本のこれからの経済成長や地方創生を考える際、食と観光、自然は外せないテーマです。当社はそこを中心に考え、事業展開をしています。今やサプライチェーンの本質から見直すような産業構造改革が必要な時代です。楠本さんもおっしゃったように、もう時間がない。
外食産業はもっともっと、社会への参画力を上げていかなければなりません。今までは『私たちは私たちでやればいい』という空気がありましたが、力を合わせて一気にやっていかなければいけない段階に来ていると思います」
狩野氏は外食企業の若手経営者で構成される団体「外食SX」を立ち上げ、未来型飲食店経営=CSV(Creating Shared Value)経営を広める活動を行っている。
狩野「外食SX では、20~30代の経営者が集まって勉強会を開催しています。4期目となる2022年のテーマは、社会的価値と経済的価値の両輪をしっかりと回す『CSV経営』です。今までのCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)経営は、ある程度企業が大きくなってきた段階で利益の一部を社会に還元するという発想でした。これに対してCSV経営は、はじめから本業の予算内で社会的な課題を事業化し、しっかりと利益を残しながら持続可能な社会活動を行っていく経営の在り方です」
外食SXでは、2025年までにCSV系の認定企業を100社まで増やす目標を掲げ、全国の若手経営者とのつながりを広げている。「100社まで増やせば、社会に外食産業が参画できる」との思いからだ。
狩野氏に対して、株式会社夢笛の代表取締役社長で、般社団法人日本飲食業経営審議会の代表でもある高橋英樹氏も賛同する。
高橋「私たちの世代はバブルを経験し、外食産業がどんどん成長する時代を生きてきました。しかし若い世代は違います。
たとえば狩野君の会社は、コロナ禍で道の駅が休止してしまったことで廃棄予定だった山形県西川町の山ぶどうを全量買取し、『マタギノビール』というクラフトビールを開発して完売させました。他にも自社でブドウを栽培して一次産業から三次産業まで関わることで社員教育につなげるなど、私たちの視点にはない取り組みをしています。
ただそれらを今後さらにうまく組み合わせるには、観光面なら地方自治体や、農業なら農協などとのつながりが大切になってきます。その整理整頓も、これからは重要な仕事になってくると思います。全国に向けた発信を一層続けていってほしいです」
社会貢献とビジネスを両立させる若い世代
狩野「SDGsのような目標は、経営の後からついてくるものだと思っています。まず私たちが取り組むのは、食領域の課題。たとえばフードロス問題なら、そもそも私たち飲食経営者は生産者からしっかりした情報を得られるわけです。先ほど高橋さんに例にあげていただきましたが、コロナ禍の2020年、道の駅で山ブドウが1トン余ってしまったという相談を受けて全量を買い取りました。それでクラフトビールを作っているブルワリーさんに相談したところ、『タンクが1つ余っているから、一緒に山ブドウを使ったビールを開発しよう』と。そこまでのストーリーも発信しながら売り出したところ、2,000本が即完売。この例は分かりやすいですが、フードロス以外にもさまざまな食領域の課題を解決していきたいと思っています」
高橋氏も、2006年に「共に学び、共に成長し、共に勝つ」を理念に掲げたNPO「居酒屋甲子園」を立ち上げた経験を振り返る。
高橋「2006年に居酒屋甲子園を立ち上げた当初は、その地域の飲食店さんからの相談事に乗って、そこで新しいコミュニティができて、というように、小さなコミュニティを作って農家さんたちをつなぐ試みもしていました。しかし、それを経営と結びつけることはできなかったんです。当時は『儲けちゃいけない』という空気があったと思います。私らから見て狩野君がすごいところは、社会課題をビジネスにして、しっかりお金に換えている点です。これは非常に大事なことだと思います」
CSRやSDGsという軸で考えれば壮大な目標に感じられることでも、自分たちの力で解決できる身近な課題から取り組んでいるのが今の若い経営者たちの特長だ。
狩野「身近な課題から解決していくことが、最終的にはSDGsに合致していきます。第一部でZ世代(1990年代後半~2000年代前半に生まれた、20代の若者)の話がありましたが、彼らは社会正義的なものや、経営の透明化、企業が裏側までどんなことをやっているかにも関心が高い。だからこそCSV経営は彼らに刺さりやすい手法だと思います。外食SXの団体の中には人材採用に成功している企業もありますし、人材難という課題にも良いアプローチができる運営手法だと感じています」
飲食業の前提は「利他の精神」
飲食業の在り方は、時代とともに変わっていく。一方で、何十年も変わらない本質もあるという。
高橋「2006年に居酒屋甲子園を立ち上げた当初は、周囲の理解を得るのに苦労しました。どちらかというと隣の飲食店がライバルだった時代です。そんな中でも、飲食店をまち作りの一環としてやってきたのが居酒屋甲子園です。そうやって私も37年ほど飲食業に携わってきましたが、困っている農家を助けるなど飲食業の方々がだんだん優しくなってきたと思います。外見は強そうでも、本質は優しいんです」
狩野「外食産業の中にある本質を見つける必要があります。私たちは現場からスタートしていますが、お客様の『美味しい』とか『ありがとう』という言葉に自分の幸せが依存しています。これこそまさに、利他の精神です。外食産業は、他者の幸福に依存している状態が自分の幸せだと感じているので、利他の精神に溢れている産業なんです。それを内向きの力ではなく、外向きの力に変えていくのがCSV経営の素晴らしいところ。この利他の精神を他の産業にもつなげていければ、まだまだ日本の食には未来があると思います」
高橋「そのあたりを農家や加工業者にも上手につなげていけるのが、今の若い世代ですね。私たちもビジネスとしてやってきましたが、やや内向きで自己満足になっていた側面もあります。外食の本質は内向きでは駄目で、狩野君たちの世代はそうしたつながりを全体的な形として捉えている。時代が変わったなと思います」
狩野「私たちは、高橋さんたちが作ってくれたものの続きをやっているんです。居酒屋甲子園が作ったものは、何といっても理念を大事にするビジョナリー経営です。高橋さんたちはそれを外食産業に根付かせてくれました。だから今後、私たちはビジョナリー経営、ミールソリュー ション経営、ポートフォリオ経営という3つをしっかりと企業活動としてやっていき、それがそのままCSV経営に繋がっていくのです」
年長世代の高橋氏は現在、全国の飲食業が苦境に立たされている状況を打開するために一般社団法人日本飲食業経営審議会を立ち上げ、その活動に奔走している。外食業だけではなく、サプライヤーやメーカー、生産者をも巻き込んでいく計画だ。
高橋「いわゆるプレイヤーチェンジが起きている今、交通整理もしなくちゃいけないと思って作ったのが日本飲食業経営審議会です。全国で北海道、愛知、兵庫、和歌山と順番にできて、今年中には15都道府県で発足予定です。東京都とは別に、地方もしっかりと作っていきたい。飲食店への補助金の件で多くの人が実感したと思いますが、これからは自治体でのコネクションやパイプ、政策立案への要望も非常に大事になってきます。そうした面でもつながりを作っていきたいですね。
やはり今回のコロナ禍で、我々飲食業がもう少し声を上げることができていたら、と思います。普段からお付き合いのある生産者やサプライヤーさんを『守ってあげる』というのはおこがましいですが、一緒に何かできたんじゃないかと思うんですね。若い世代と角度は違いますが、やろうとしていることの本質は同じです。先日の東北で起きた豪雨災害などもそうですが、農家さんへの補償を担う窓口といいますか、当事者の声が入ってくるプラットフォームみたいなものがあった方がいい。こうしたことも、外食SXの若い世代と一緒に何かできればなと考えています」
フード業界の未来を、改めて考える
今回のセミナーで外食企業のリーダーたちは共創というテーマを提唱し、方向性を示した。
2022年9月22日(木)に開催される『FOODCROSS conference 2022』では、さらに多方面の外食産業を牽引するリーダーが独自の視点で食の未来や課題解決を探っていく。他の産業ともつながり、世代を超えて発展していくために、関係者それぞれがすべきことは何なのか、ぜひヒントを得てほしい。