1.新たな遺伝子組換え表示制度
まずは日本における遺伝子組換え作物の流通状況や制度の検討・改正内容などを説明する。
①遺伝子組換え食品をめぐる状況
日本では飼料用や食用油、甘味料等の原料として、とうもろこしや大豆、セイヨウナタネ、ワタなどの遺伝子組換え農産物が輸入されている。輸入先の国の中でシェアが高いのは米国であり、米国内の農産物の遺伝子組換え比率は非常に高い。
米国では遺伝子組換え農産物の栽培率はとうもろこし92%、ダイズ94%で、それぞれ不分別で輸入されることから、日本が輸入しているこれらの飼料用や食用油、甘味料等の原料農産物の大半は遺伝子組換え農産物といえる。
②遺伝子組換え表示制度の検討・改正内容
遺伝子組換え表示制度の改正が検討された背景や、これまでの制度内容、新制度の施行に伴う事業者の対応ポイントなどをみていこう。
改正前の遺伝子組換え表示制度について
遺伝子組換え表示制度は平成12年に始まった。当時は、遺伝子組換えの表示が義務付けられた農産物は、大豆、とうもろこし、ばれいしょ、なたね、綿実の5種類だった。続いて、平成17年度にアルファルファ及びアルファルファを主な原材料とするもの、平成18年度にてん菜及びてん菜(調理用)を主な原材料とするもの、平成23年度にパパイヤ及びパパイヤを主な原材料とするものの、合計3種類が追加された。
また、平成13年度には高オレイン酸遺伝子組換え大豆及びその加工品、平成19年度には高リシン遺伝子組換えとうもろこし及びその加工品といった、いわゆる第二世代の遺伝子組換え品についても、安全性が確認され流通が許可されたため、表示義務が課せられた。
平成29年度の検討会後に「からしな」が追加され、現在は9つの農産物が対象となっている(令和4年10月)。なお、高オレイン酸遺伝子組換え大豆については、高オレイン酸の形質を持つ大豆を従来育種で栽培できるようになったため、「特定遺伝子組換え農産物※」からは削除されている。
※特定遺伝子組換え農産物
従来の同種作物と比べて、組成、栄養価、用途などが著しく異なる遺伝子組換え農産物。特定遺伝子組換え農産物を用いた一般加工食品は、指定加工食品や酒類以外で表示の義務がある。
遺伝子組換え表示制度が見直された背景
遺伝子組換え表示制度が制定される前の平成9~11年にかけて、食品表示問題懇談会遺伝子組換え食品部会が議論した結果、油やしょうゆなど組換えられたDNAやこれによって生じたたんぱく質が検出できないものについては、遺伝子組換え表示制度の表示義務対象外とされた。
しかし、遺伝子組換え表示制度の制定から15年あまりが経過し、制度を取り巻く環境は大きく変化している。このことから、平成28年に消費者庁の主導で分別生産流通管理等の実態調査や科学的な表示対象品目の検証、消費者意向調査などが実施される運びとなった。これらの調査結果を前提に、平成29年4月から「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」を実施して、現行制度の在り方を検討したのが、遺伝子組換え表示制度を見直すことになった背景である。
遺伝子組換え表示制度の改正内容
遺伝子組換え表示制度に関する検討会では、5つの論点について議論が交わされた。論点をまとめると、次のとおりである。
・表示義務対象品目
現行では9つ(検討時は8つ)の農産物と33の加工食品群が対象となっている。他の加工食品について、いくつかの試験所で対象品目の追加を検討するため試験が行われたが、基準を満たさず再現性のある検査法を確立できなかったため、現行維持となった。
・表示義務対象原材料の範囲
現行制度では、原材料の重量に占める割合の高い原材料の上位3位までのもので、かつ、原材料及び添加物の重量に占める割合が5%以上であるもの。事業者の実行可能性や消費者にとっての見やすさ、優先度等の観点から、現行維持となった。
・遺伝子組換え不分別の表示
表示する表現については現行と変わらないが、より分かりやすく、消費者に誤認を招かない内容の表示を検討する必要があると判断された。
・義務表示が免除される遺伝子組換え農産物の混入率
現行制度では、大豆及びとうもろこしについて、遺伝子組換え農産物の混入率が5%を超えるときに「遺伝子組換え不分別」と表示する必要がある。検討の結果、事業者の原材料の安定的な調達やコスト面の観点から、現行維持となった。
・「遺伝子組換えでない」と表示できる基準
これまでは遺伝子組換え農産物の意図せざる混入が5%以下なら「遺伝子組換えでない」と表示できていたが、今後は「不検出」の場合のみに改正された。
遺伝子組換え表示制度に関する事業者の対応ポイント
遺伝子組換え表示制度の改正に伴って、事業者側の実効性と消費者の信頼性を確保できる範囲内で、分別生産流通管理(※)が適切に行われている旨の表示を任意で行えるようにすることが適当だといえる。
※分別生産流通管理(IPハンドリング)・・・遺伝子組換え農産物と非遺伝子組換え農産物を生産・流通過程で分別する取り組み
新たな表示基準では「不検出」の場合のみ、「遺伝子組換えでない」と表示できるように変更されるため、より厳格な分別生産流通管理を行い、正確性の高い遺伝子組換え表示を行うことが求められる。今後は、以下のように表示する必要がある。
原材料の要件 | 表示方法 |
---|---|
分別生産流通管理をして遺伝子組換え農産物を区別している場合及びそれを加工食品の原材料とした場合 | 分別生産流通管理が行われた遺伝子組換え農産物である旨を表示 <表示例> 「大豆(遺伝子組換え)」 等 |
分別生産流通管理をせず、遺伝子組換え農産物及び非遺伝子組換え農産物を区別していない場合及びそれを加工食品の原材料とした場合 | 遺伝子組換え農産物と非遺伝子組換え農産物が分別されていない旨を表示 <表示例> 「大豆(遺伝子組換え不分別)」 等 |
分別生産流通管理をしたが、遺伝子組換え農産物の意図せざる混入が5%を超えていた場合及びそれを加工食品の原材料とした場合 (大豆及びとうもろこしに限る) |
ただし、「不分別」という表現は分かりにくいため、パッケージの表示枠に余裕がある場合は、枠外に「不分別とは遺伝子組換え農産物と非遺伝子組換え農産物を区別していないこと」など、不分別の意味を記載することが望ましいといわれている。
③遺伝子組換え表示に関するQ&A
ここからは、消費者庁が公表した遺伝子組換え表示に関するQ&Aを抜粋して紹介する。
遺伝子組換え表示制度の基準改正から施行まで、期間が空くのはなぜか
遺伝子組換え表示制度は既に法改正済みだが、実際に施行されるのは2023年4月1日以降となる。これには、事業者側の準備期間を設ける目的がある。施行前であっても新制度の基準で表示を行うことはできるため、事業者は早めに対応することが望ましい。
改正後の食品表示基準に移行すると、施行前に製造した在庫は販売できないのか
新制度の施行前に製造した在庫は、引き続き旧表示のまま販売が可能。
改正後の食品表示基準への移行後、施行前に製造した包材は使用できるか
新制度の施行後に使用予定の包材は、改正後の表示基準に則る必要がある。そのため、施行後は、改正後の表示基準を満たしていない包材は使用できない。
分別生産流通管理を適切に行っていることを示すためには、どのような表現が望ましいのか
基本的に、遺伝子組換え表示制度の混入率に関する記載については、主観によって意味が左右される表現は望ましくない。遺伝子組換え農産物と非遺伝子組換え農産物を分けて生産・流通・製造加工していることが明確に判別できるように記載する必要がある。(「IPハンドリング」や「IP管理」という表現も使用可能)
「遺伝子組換えでない」と表示するための条件を教えてほしい
遺伝子組換えでないことを証明するためには、第三者分析機関等による分析や、関連する証明書類は有効な手法になる。要請があった場合は、適切に分別生産流通管理を行ったことを証明するための書類を提出できる環境を整えることが必要。
分別生産流通管理証明書は、いつまでに入手する必要があるか
分別生産流通管理証明書は、原料の「搬入前」に、遅くともとうもろこしを粉砕する前など、「使用する前」に入手して、その内容を確認しなければならない。そのため、卸業者などの取引先に依頼して、事前に入手しておくことが必要。
分別生産流通管理証明書の保管は、電子でも良いのか
紙面で保管することが基本だが、改ざんのおそれがない環境下なら、電子媒体による保管も可能。紙面・電子どちらであっても、発行者と受領者の双方が2年以上保存しておく必要がある。メール発行による分別生産流通管理証明書の取得も可能。
輸入業者が委託保税倉庫や港湾サイロの保管業務を倉庫業者に委託している場合、分別生産流通管理の証明は誰が主体になって行うのか
委託保税倉庫や港湾サイロの保管業務であっても、分別生産流通管理が行われていることの証明は必須となる。管理の主体は委託先の倉庫業者や委託元の輸入業者など、ケースバイケースで判断する。
2.ゲノム編集技術
新たな遺伝子組換え表示制度には、ゲノム編集技術に関する内容も盛り込まれている。従来の育種方法やゲノム編集技術の仕組み、安全性審査と届出について解説する。
①従来の育種方法とゲノム編集食品の仕組み
ゲノム編集食品とは、ゲノム編集技術を用いた農産物を使った食品のことである。遺伝子組換え農産物に近い性質を持つが、従来育種と遺伝子組換え農産物の中間に位置している。
従来の育種技術では、放射線照射や薬剤で人為的・ランダムな不特定のDNA切断を行い、自然修復の過程で生じた変異(欠失、置換、挿入)によって品種改良する。
一方の組換えDNAは、細胞外で組換えDNA分子を作り、生細胞に移入して、細胞に組み込み増殖させることで変異を得て、外来遺伝子を導入することで品種を確立する仕組みである。これらの中間に位置するゲノム編集技術には「タイプ1~3」がある。
タイプ1 | 標的DNAを切断し、自然修復の過程で生じた変異を得る |
タイプ2 | 標的DNAを切断し、併せて導入したDNAを鋳型として修復させ、変異を得る |
タイプ3 | 標的DNAを切断し、併せて導入した遺伝子を組込むことで変異を得る |
現在、育種過程で主に用いられているのはタイプ1である。タイプ1は標的のDNAを切断(遺伝子ノックアウト)して、自然修復の途中で生じた変異(欠失、置換、挿入)によって品種改良する方式である。
②ゲノム編集食品の安全性審査と届出について
ゲノム編集食品は、タイプ2とタイプ3についてのみ、組換えDNA技術に相当するとみなされており、安全性審査が必須となる。タイプ1については、安全性審査は原則として不要である。
しかし、データ蓄積等を目的として厚生労働省に届出が求められているため、事業者側は詳細なデータを提出できる準備を整えておく必要がある。厚生労働省に届けたデータは、事業者が消費者に対して必要に応じて情報提供を行うことが望ましいが、現段階では、食品表示基準として明確に表示が義務付けられているわけではない。
その理由は、「現時点では従来育種とゲノム編集技術の判別が不可能」なことにある。外来遺伝子が農産物に残存していない場合、ゲノム編集技術で育てられた農産物か、従来育種で育てられた農産物かを科学的に判断することは難しいため、表示の義務付けは妥当でないと判断されている。
ただし、消費者から「ゲノム編集技術を用いた農産物を表示してほしい」という要望もあるため、今後、科学的に新たな知見が得られれば、表示が義務化される可能性はある。
3.原材料の情報管理を見直そう
遺伝子組換え表示制度の改正に伴い、2023年4月1日以降は事業者に対して新制度に則った表示義務が課されることになる。ゲノム編集技術など、従来は存在しなかった新技術への対応も含まれているため、今一度、取り扱っている原材料でどれが遺伝子組換え表示制度の対象になるか、規格書の情報管理を見直す必要があるだろう。
基準改正後の準備期間として設けられている猶予も残り少なくなってきているため、事業者は早期の対応を取り、余裕をもって新制度の施行を迎えることが重要である。
[協力]独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC) 表示監視部表示指導課 主任調査官 井口 潤
※最新の情報は遺伝子組換え表示制度に関する情報(消費者庁)をご覧ください。