中村「たとえば顧客との関係性を高めるために必要な、顧客データの把握や台帳管理は紙よりITのほうが便利です。しかし現状は、集客のツール、予約のツールと、それぞれのITサービスがバラバラに発達し、いわば顧客を置き去りで乱立しています。増えすぎたシステムに『何をどう使ったらいいのかわからない』という経営者の声も実際に聞きます」
では、店舗はITにどう取り組むべきか。中村氏はいくつかポイントをあげたが、最も大事なことは“顧客に何を提供したいのか”をまず念頭に置いてから“そのために何をするか”を考えることだと指摘する。
「ツールに振り回されないように、何のためにどうしたいのか、という目標を明確にすることです。特に企業のトップの人に伝えたいのですが、『ITはわからないからやらない』という選択肢はもはやありません。わからなければわかる人を連れてくる、理解できないなら人に任せてください。外食業界は今、50年ぶりの大変革を迎えようとしています。ここから次世代のまったく新しい飲食店が生まれてくるかもしれません」
スタッフの能力を高め、街に感動と活力をもたらすジリオンの“見える化”
たとえばダイエットには体重計、受験勉強には偏差値と、活動の効果をあらわすには科学的な“ものさし”が必要だ。では、組織の状態を定量化するものさしは何か。
大衆ビストロ ジルなど5ブランド14店舗を都内で展開する株式会社ジリオン。2014年の創業以来、6期で売上を約10倍へ急成長させているが、代表取締役・吉田裕司氏は「店舗数や売上は目的ではない」と断言する。
吉田「ジリオンのミッションは『感動を世界のスタンダードにすること』です。店は『街のエナジースタンド』だと考えています。店を通じてお客様や地域に、活力と感動を提供し続ける存在であるべきということです。
そのための強い組織づくりに決めているルールはたったひとつ。組織からスタッフにはES(従業員満足度)100を約束し、スタッフは組織にCS(顧客満足度)100を約束すること。大事なのは何をするかより、どういう存在でありたいかのビジョンです。これがどれだけ実現できているか、ESとCSのスコアではかっています」
CSはミステリーショッパーを利用して数値化。満足度は業界平均で25%という中、75%という高スコアをたたきだしている。その理由はどこにあるのか。
「それは、スタッフたちが感動の追及に本気で取り組んでいるからです。たとえお客様が喜んでお帰りになっても、スタッフは良かったね、だけでは終わりません。もっと何か出来たのではと次のアクションの手がかりを掴んでいます。感動には終わりがありません。より良くなるならグランドメニューを現場判断で変えてもいい。してはいけない事よりしていい事を増やす、そのコンテキスト(文脈)を共有する社員たちが、スタッフを育ててくれるのが我々の強さの秘訣です」
ジリオンはもともと人材育成を重視して社員比率を高めており、7割が社員、新卒の初年度定着率は100%だという。このスタッフの能力を向上させる取り組みが、ESをも高めている。
吉田「飲食業界は現場の市場価値が最も高いのが20~30代、40代以上は働くチャンスすら減ってしまいます。しかし、40歳を過ぎてからがマネジメントの本当の領域です。退社してどんな会社にいっても成功する、独立して自分達でエナジースタンドを経営できる人材に育てる、そこまで責任をとると決めています」
ESの定量化では偏差値表示されたスコアを用いている。平均はBランクの50点。飲食業では60点のAが限界と言われる中、ジリオンは69.5のAAAを達成している。
吉田「ESもCSも“何点”は目標ではなく、現在位置を知るために使っています。失敗しないために数字というファクト(事実)と向き合って欲しい。組織にとっても働くスタッフと信頼関係があるか、勘ではなく数値でみたほうがわかりやすいです。」
なぜCS、ESともに高い数値を保てているのか。吉田氏は、組織に働きがいを感じる魅力の4要素として、「目標」「活動」「組織」「待遇」をあげた。従業員が組織を選ぶ理由は4要素のどれかに魅力があるからだという。そしてジリオンは「目標」を最優先にしていると明言する。
「お客様に感動を与え続けるという理念がぶれないから、共感する組織を束ねて活動の魅力を高めることができます。待遇は整っていて当然で、週休二日などを売りにするのはもはやナンセンスです」
<選ばれる企業の魅力を訴求する4P> Philosophy(目標):企業の成長性、明確な理念etc. Profession(活動):事業領域の広がり、仕事のやりがいetc. People(組織):風通しのよい風土、魅力的な先輩etc. Privilege(待遇):設備、給与、福利厚生etc. |
ブラックだといわれる飲食業界を夢ある業界にするためには、活躍できる人材の育成が欠かせない。
「人間が輝ける世界を作るのが経営者の使命です。業界を良くするためにはESとCSのものさしを経営に入れることが絶対必要だと思っています」
人口減少、多様化社会、サステナビリィといった時代性をとらえた『FOODIT TOKYO 2019』。外食の領域以外にも目をむけ、地球規模で今何が起きようとしているのか見極めていかなければ、発展性のある飲食経営はもはやできない。ただ、どんなに技術が進歩し、変わり続ける時代の中でも、飲食店が顧客に何を提供したいのかを考え続けることだけは変わらないだろう。