この時期は、銀行や証券会社が倒産していく社会情勢に反比例するように、飲食専門のビルがどんどん供給されるなど、居酒屋業態は景気がよかったんです。これは戦争のようになるぞと分かったので、私はその競争からは逃げました。
【Q】『逃げる』とは具体的にどういうことですか?
出店場所を繁華街の飲食店ビルから駅ビルに変えました。まだ駅ナカという言葉もなく、周囲からはなぜ駅ビルなのかと、不思議がられましたね。民営化後のJRはその頃、新たな収入源として駅ビルの改革に取り組む動きがあり、集客力をあげるために高級食品スーパーや、おしゃれなカフェを誘致するようになっていました。
駅ビルの求める品位に、安さを売りにする居酒屋とは一線を画した、「えん」の業態がマッチしたんです。
その後、駅チカ・駅ナカは利便性と集客力が注目される新たなビジネスモデルとして定着し、駅ビルもかつての立ち食いそばしかない古いイメージから、洗練された商業施設へ変貌しました。駅ビルへの出店でステイタスのようなものも得られ、再開発地区に建つ商業施設への出店にもつながっていったんです。
「えん」をブランド化し横展開。接点回数をふやす
【Q】成功した業態を増やす方が、展開しやすいのではありませんか?
日本の飲食業の顕著な特徴ですが、ひとつの業態が流行ると、似た業態ばかりになってしまいます。
これはあまりいい事ではありません。なかでも居酒屋は新陳代謝が激しい業態です。お酒に依存しない業態を作っていかなければならないとも考えていました。そこで、「えん」のブランドを、和惣菜やグロッサリー(食料雑貨店)、だし茶漬けへと展開させていったんです。
だし茶漬けは、和食の高級ファストフードという位置づけになります。和のファストフードといえば牛丼とか立ち食いそばと、あまり女性向けのものは見かけませんが、社会進出が進み、働く女性も増えています。時代の流れとしても忙しい女性たちの助けになるような店を作る方がいいと考えました。
【Q】カフェスタイルの「おぼんdeごはん」もそのコンセプトですか?
女性が行ける定食屋というコンセプトですが、実は、最初から設計した業態だったわけではなく、もとはガレットカフェでした。全然うまくいかず毎月赤字だったので、それを3ヶ月ほどでやめて内装は全部そのまま、ショーケースだけ替えて和食のカフェレストランに業態変更したんです。
食事を外食ですませることに、女性はどこか恥ずかしさや後ろめたさのようなものを抱えていますが、駅ビルの中のカフェ・レストラン(以降、カフェレス)という立地と業態は、それを感じさせない入りやすさがあります。売上はガレットカフェの倍以上に、一気に跳ね上がりました。時代のニーズにもあっていた上、当時は競合もほぼいない業態でしたから。