法改正の背景と「努力義務」の重み
厚生労働省の集計によると、労働災害による死傷者数のうち60歳以上の占める割合は増加傾向にあり、近年では全体の30%になっている。特に、転倒や腰痛といった「行動災害」が目立っており、加齢に伴う身体機能や認知機能の低下が事故の遠因となっている。
[参照]厚生労働省「高年齢労働者の労働災害防止対策に関する検討会(令和7年12月26日)」(PDF)
2026年4月1日から施行される改正労働安全衛生法第62条の2では、「事業者は、高年齢労働者の労働災害の防止を図るため、高年齢労働者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるように努めなければならない」と新たに明文化された。
これまでも厚生労働省は「エイジフレンドリーガイドライン(PDF)」を公表し、自主的な取り組みを促してきた。
今回の改正は、この指針の内容を法的に位置づけ、事業者の「努力義務」として格上げするものだ。努力義務には罰則こそないが、万が一の労災事故の際、事業者が適切な措置を講じていなかった場合には、民法上の安全配慮義務違反を問われるリスクが高まる点に留意が必要だ。
食品現場で求められる主な対策
厚生労働省が公表した最新の指針(高年齢者の労働災害防止のための指針)では、事業者が取り組むべき事項として以下の項目を挙げている。
- 安全衛生管理体制の確立 経営トップが高年齢労働者の安全確保の方針を表明し、体制を整える。安全衛生委員会などで、高年齢労働者の意見を聴取する機会を設けることも重要だ。
- 職場環境の改善(物理的対策) 高年齢労働者の視力低下やバランス能力の衰えを前提とした設備改修を行う。
- 通路を含めた作業場所の照度を確保し、明暗差を解消する。
- 階段への手すり設置や、厨房内の段差の解消を推進する。
- 水や油で滑りやすい床面には防滑素材を採用し、こまめな清掃を徹底する。
- 健康・体力の状況把握 定期健康診断の結果活用に加え、本人が自らの身体機能の変化を客観的に把握できるよう、体力チェックの実施を検討する。
- 特性を考慮した作業管理 個々の健康状態や体力に応じ、以下のような調整を行う。
- 重量物搬送の負担を軽減するため、補助機器の導入や作業人数の調整を行う。
- 無理な前かがみ姿勢を避けるため、作業台の高さを適切に調整する。
- 警報音などは聞き取りやすい中低音域を採用し、視覚的な情報伝達も併用する。
- 安全衛生教育の実施 高年齢労働者本人だけでなく、管理監督者や同僚に対しても、加齢に伴う身体機能の変化について理解を深める教育を行う。
飲食・食品製造業における具体的実践例
食品産業特有のリスクに対応した対策として、農林水産省などが推奨する取り組みは以下の通りだ。
- 転倒防止の徹底 飲食店の厨房では、床のぬれによる転倒が火傷などの二次災害につながる。防滑靴の支給や、床に物を置かない「4S(整理・整頓・清掃・清潔)」の徹底をルールの中心に据える。
- 暑熱対策 加熱調理を行う現場では、高年齢労働者は熱中症のリスクが高い。スポットクーラーの設置や、こまめな水分補給の時間をスケジュールに組み込む。
- 視認性の向上 作業指示書やマニュアルの文字サイズを大きくし、危険箇所にはパトライトや図記号を併用して注意を促す。
支援制度の活用と今後のスケジュール
対策を進める上で活用を検討したいのが、厚生労働省の「労働災害防止対策等支援事業」や「特定求職者雇用開発助成金」だ。
「労働災害防止対策等支援事業」では、安全衛生コンサルタントによる無料の個別訪問指導を受けることができる。専門家の視点から、厨房の段差や照明の不備、作業動線のリスクを客観的に評価し、改善案の提示を受けることが可能だ。
また、「特定求職者雇用開発助成金」は、60歳以上の高年齢者などをハローワーク等の紹介により雇い入れる際に、賃金の一部が助成される。これにより、安全対策への投資に必要な資金を間接的に補う一助となる。
2026年4月の施行に向け、事業者はまず現状のリスクアセスメントを行い、どこに危険が潜んでいるかを洗い出すことから始めるべきだろう。現場の高齢化は今後も進むことが確実視されており、今のうちから対策を講じることは、全世代にとって働きやすく離職率の低い職場環境を構築することにつながる。
[参照元]
・厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針(2025年12月5日公表)」(PDF)
・厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法 改正の主なポイントについて」(PDF)
・農林水産省「食品産業の安全な職場づくりハンドブック」(PDF)
・厚生労働省「特定求職者雇用開発助成金(生涯現役コース)」









