コメ政策の歴史的変遷と現行制度の限界
元農林水産審議官・住友商事 顧問 針原 寿朗 氏
日本のコメ政策は、1939年の米穀配給統制法、1942年の食糧管理法制定以来、政府による強力な管理体制から民間流通主体へと形を変えてきました。1969年の自主流通制度導入、1994年の食糧法制定、さらに1998年のWTOルール対応など、市場原理の導入に向けた改革が繰り返されてきた歴史があります。しかし、現場では依然として国策主導の減産を是とする風潮が根強く残っています。
2018年には国による生産数量目標の配分が廃止されましたが、実態は需要に応じた生産という名のもとで、需給を意図的にタイトに保つ政策が継続されました。この構造が、わずかな作柄変動による需給逼迫を招く要因となっています。本来、1999年制定の食料・農業・農村基本法が掲げる精神は、需給事情や品質評価を適切に反映した価格形成です。価格は市場で、経営安定は政策でという原則に立ち戻り、補助金に頼るのではなく、マーケットの動向を注視する経営への転換が急務といえます。
令和のコメ騒動から供給過剰への急展開
日本炊飯協会 会長・千田みずほ 代表取締役社長 千田 法久 氏
令和6年夏に発生したコメ騒動は、生産調整による在庫の過度な削減が引き金となりました。農林水産省が目標生産数量を割り込む深掘りを推奨した結果、市場に流通するコメが物理的に不足する事態に陥ったのです。2024年8月20日、日本炊飯協会を含む5団体が備蓄米の放出を要請しましたが、当時の農林水産大臣は新米が出れば収まるとしてこれを拒みました。
その後、2025年産米の生産予想が前年並みの680万トンと発表されると、将来的な不足への懸念から集荷合戦が激化し、玄米60キロあたり3万5000円を超える高値を記録しました。これを受けて政府は、2025年3月から8月にかけて計59万トンの備蓄米を段階的に放出。さらに民間貿易を含む輸入米が約20万トン増加したことで、需給バランスは一気に逆転しました。2025年産の主食用米は、高値に反応した生産者が飼料用米から主食用米へ作付けを切り替えたこともあり、前年比68万トン増の746万トンに達しました。結果として、前年に比べて150万トンもの供給増加を招き、2025年末には価格が1万円以上下落する乱高下を演じることとなりました。
実需者に寄り添う農業経営への進化
ヤングファーマーの会 会長・ファームフレッシュヤマザキ 取締役 山嵜 哲志 氏
新潟県三条市で65ヘクタールの作付けを行うファームフレッシュヤマザキでは、需要を起点とした農業を実践しています。作付けの70%を業務用米に充て、酒米を15%、有機栽培を10%、高価格帯の銘柄米を5%という構成で、全て播種前契約に基づき生産しています。
農家はこれまで、農協などの集荷団体に販売を委ねることが一般的でした。しかし、今後は生産者自らが生産原価を把握し、実需者と直接価格交渉を行う経営者感覚が求められます。単に一粒でも多く作るという増産意欲だけでなく、誰が、どのような用途で使うのかを把握する営業努力が必要です。同社では系統出荷を4%に抑え、96%を自社流通させることで、市場との接点を維持しています。生産者と卸、実需者の信頼関係を再構築し、安定的な取引環境を整えることが、持続可能な農業の基盤となります。
消費者の価格敏感性と購買行動の変化
日本食糧新聞社 ビジネスサポート本部 佐藤 路登世 氏
小売現場のデータからは、消費者が価格変動に対して敏感に反応している実態が浮かび上がります。スーパーのPOSデータによれば、2025年1月から2月にかけて米価は前年比20%以上の高値が続き、販売数量は各月で12%から14%以上減少しました。一方で、値下がりが本格化した3月には、前月比で販売数量が14%伸長しています。
注目すべきは、売れ筋商品の変化です。高値圏では全農パールライスの『パールライスのお米』に代表される、産地銘柄を問わない3000円台のブレンド米が上位を独占しました。13位には台湾産米がランクインするなど、消費者は年産や銘柄よりも価格と品質のバランスを優先して選択しています。価格が落ち着いた3月には秋田県産あきたこまち等の産地銘柄米が首位を奪還しましたが、一度離れた消費者を呼び戻すためには、単なる値下げではなく、用途に合わせた価値提案が不可欠です。










