コメ生産の危機は続く。供給不足の教訓と持続可能な価格設計への転換

セミナー・イベントレポート2026.05.07

コメ生産の危機は続く。供給不足の教訓と持続可能な価格設計への転換

2026.05.07

合理的な価格形成に向けた市場の整備

全国農地保有合理化協会 会長 新潟食料農業大学 名誉学長 渡辺 好明 氏

今後のコメ政策において、価格は需給事情を反映する市場メカニズムに委ね、生産の継続は直接支払いなどの経営政策で支えるべきです。日本は所得確保の約8割を価格に依存しており、欧州の2割、米国の1割程度と比較して消費者の負担が大きい構造にあります。このねじれを解消するためには、透明性の高い市場の整備が欠かせません。

現物市場だけでなく、1年間を通じて価格を安定させるための先渡し市場や、リスクヘッジのための先物市場を機能させ、これらをリンクさせることが求められます。また、備蓄米の放出ルールを明確化し、市場に予測可能性を与えることも行政の重要な役割です。今回のコメ騒動と乱高下を教訓とし、生産、流通、実需、消費の四者が納得できる合理的な価格形成に向けた制度設計が、コメ産業の未来を左右することになります。

民間流通の成熟と情報開示の重要性

登壇者による提言

コメの流通が自由化されて久しいものの、依然として情報の不透明さが市場の混乱を助長しています。今回の騒動でも、在庫がどこにどれだけあるのかという情報が正確に共有されなかったことが、実需者の不安を煽りました。卸業者や中食・外食企業は、常に半年先、1年先の在庫を確保しなければ事業を継続できません。不測の事態においても、国や集荷団体が正確な需給データを迅速に公開する仕組みが必要です。

また、デジタル技術を活用したマッチングプラットフォームの整備も有効な手段となります。産地ごとの品質情報や在庫状況をリアルタイムで可視化することで、目詰まりを解消し、必要な場所に適切なタイミングでコメが届く流通網を構築しなければなりません。これは単なる効率化ではなく、市場の信頼性を担保するためのインフラ整備といえます。

生産原価に基づいた適正な利益の確保

ヤングファーマーの会 会長・ファームフレッシュヤマザキ 取締役 山嵜 哲志 氏

農家が持続可能な経営を行うためには、補助金ありきの収支計画から脱却し、生産原価に裏打ちされた適正価格での取引を定着させる必要があります。現在、多くの稲作農家が自分の農場の詳細な生産コストを把握しきれていない現状があります。肥料、農薬、燃料費、機械の減価償却費、そして自らの労務費を積み上げ、どれだけの価格で売れば次年度の作付けが可能になるのかを計算しなければなりません。

実需者側も、極端な安値攻勢は巡り巡って産地の疲弊を招き、自らの調達リスクを高めることを認識すべきです。一方で、生産者側も一方的に価格を押し付けるのではなく、炊飯特性や食味の安定性など、実需者が付加価値を感じる要素を提供し、納得感のある価格形成に努める責任があります。このような経営者同士の対等な対話こそが、健全なコメ市場を形作ります。

次世代を担う経営者の育成と確保

元農林水産審議官・住友商事 顧問 針原 寿朗 氏

日本のコメ産業が直面する最大の課題は、他産業と競合できる魅力ある経営環境を整え、優秀な人材を確保することです。超高齢化が進む農村部において、稲作を維持するためには、最新の科学技術やスマート農業を駆使し、生産性を飛躍的に高める必要があります。しかし、技術以上に重要なのは経営理念です。

マーケットを見据え、グローバルな視点で解決策を探り、他分野と連携してイノベーションを創出する。そうした資質を持つ経営者が育つ環境を、地域と国が一体となって支援しなければなりません。コメは単なる主食という枠を超え、国土保全や環境維持といった公益的機能を担う重要な資源です。その価値を次世代に繋ぐためには、稲作が誇りを持てるビジネスとして自立することが不可欠です。

付加価値の地域内保持とグローバル展開

日本炊飯協会 会長・千田みずほ 代表取締役社長 千田 法久 氏

コメ産業の利益構造を改善するためには、流通の多段階化による分断を解消し、最大の付加価値が発生する炊飯・加工のプロセスを産地側に取り込む視点が重要です。ヨーロッパの農村では、ワインやチーズのように一次産品に加工を施して輸出することで、地域内にプロフィットプール(利益のたまり場)を確保しています。

日本のコメも、原料のまま輸出するのではなく、パックご飯や米粉製品、あるいは現地での炊飯事業を通じて付加価値を高めるべきです。千田みずほグループでは、シンガポールにおいて現地での精米から炊飯、コメ飯製造までを一貫して行っています。産地が原料供給地に留まるのではなく、加工産業を育成し、地域全体で利益を享受するモデルへの転換が期待されます。

食料安全保障としてのコメの再定義

全国農地保有合理化協会 会長 新潟食料農業大学 名誉学長 渡辺 好明 氏

世界人口が増加し、異常気象による食料リスクが高まる中で、国内で自給可能なコメの重要性はかつてないほど高まっています。しかし、その重要性を唱えるだけでは消費者の支持は得られません。税金を補助金として生産者に配分するよりも、直接支払いという形で生産継続を支え、消費者には合理的な市場価格で提供する。この構造への転換こそが、国民の理解を得られる現実的な道筋です。

政府の役割は、過度な市場介入を慎みつつ、セーフティネットとしての備蓄制度を機能させることにあります。有事の際だけでなく、平時から機能するしなやかな需給調整システムを構築することが、真の意味での食料安全保障に繋がります。産地と消費地が対立するのではなく、共に日本の食の未来を支えるパートナーとして歩む。令和のコメ騒動という痛みを伴う経験を、コメ産業再生の歴史的な転換点としなければなりません。

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