第1部:ゲスト講演~「行き当たりばったり」ゆえの多業種多店舗展開へ~千 倫義氏
関東や東北で33店舗(2022年9月時点)を運営しているプロダクトオブタイムグループ。業態はビストロ、クラフトビール、大衆酒場のほか、串カツ田中のFC事業まで多岐にわたる。その代表的業態「大衆酒場ビートル」では“ネオ大衆酒場”ブームの牽引役となり、2018年に「外食アワード 外食事業者部門」で受賞も果たしている。CEOを務める千倫義氏は講演で、これまでのキャリアを踏まえ、様々な業態を生み出す経緯を語った。
「好きこそ物の上手なれ」を地で行く事業の変転
千倫義氏(以下 千):もともと東京・大田区の生まれで、高校・大学とアメリカで過ごしました。卒業後は父の家業を手伝いましたが、わずか半年で飛び出してしまいました。家族と一緒に仕事をするよりは、一人で責任を負いながら、でもワクワクした気持ちで仕事をしたいという思いが強かったのだと思います。
飲食業界にいくと決めていたわけではないのですが、当時焼肉業界にイノベーションを起こした「牛角」のビジネスモデルが新鮮で、26歳の時にFCを始めました。戸越銀座で18坪ほど。当時の牛角ではもっとも小さい規模だったそうですが、これがオープン初日から2時間待ちの行列が出るほどの盛況ぶりをおさめました。続いて高田馬場に2店舗目を出店して、どちらも売上を伸ばしました。
こうした、いわば“まぐれ当たり”から飲食業にのめり込んでいったのです。同じころに介護事業も経営していました。飲食も介護も、大きくなれるビジネスにも関わらずイノベーションが進んでいない点や、どちらも人材が重要なのにケアが中途半端ということに共通点があると感じていました。だから工夫次第で伸ばせると思ったんです。
介護事業はその後8年間続けました。飲食よりも収益構造は良好で、事業としては伸びていく可能性を秘めていましたが、結局は手放しました。そのときには飲食事業の方が困難や課題が多かったため、楽しみを感じることができたからです。ワクワクしながら楽しんでできる仕事、という点で飲食を選択したのです。面白そうだという動機で二足のわらじを履き、やっぱり飲食が楽しいからと別事業をたたむ。行き当たりばったりでしかありませんね。
印象に残る業態と、その開発経緯
千:これまで様々な業態の店舗を作ってきました。どれも開発にはストーリーがありますが、中でも印象深いケースは、やはり2007年に念願の直営店として開業したベルギービール業態の「Hemel(ヘイメル)」です。
私はベルギービールが好きでよく飲んでいました。ベルギービールは、手軽に飲める日本のビールと比べるとクオリティが高く、1杯3,000円近くするものもある。ならば逆転の発想で、ワインのように高いチーズと合わせて飲むようなスタイルで、ベルギービールをおいしい料理と合わせて、ともに楽しんでほしいという思いから開業しました。
2013年に横浜の鶴見駅にオープンした「お値段以上の大衆酒場 大鶴見食堂」もエポック的な出店だったという印象です。当社の大衆酒場業態の最初のケースで、後に展開する「大衆酒場ビートル」の前身ともいえる業態となりました。
飲食店は、客単価が低いほどお客様至上主義に陥りがちです。安いお店では、スタッフより客の立場が強くなる傾向があります。ところが大衆酒場は違いますよね。客と店が対等。言葉の悪い大将がいて「今日は煮込みないよ」なんて言われても、客としてはなんとなく納得してしまう。そういう心地よさがあります。
そういう店作りをしたいと思い、大鶴見食堂の作り込みには時間をかけました。ひっそりとやっている古典酒場を参考に、時代のトレンドや飲食の「かくあるべし」といったセオリーは無視。古典酒場にプラスして、清潔感を保ち、あくまで手作りの料理で、自然食材にこだわりました。
地元に愛される店作りを
千:2019年に宮城県・気仙沼で開業したクラフトビールのブリュワリー「ブラック・タイド・ブリューイング」は、地元の応援を受けて行う事業という点で、私の想いが詰まったプロジェクトになりました。
もともとは地元の復興計画の一部として声をかけられたのですが、私は飲食事業を行う上で、地元に愛され応援される店を作りたいと思っていました。そこで「クラフトビールを通じたコミュニティ作り」というコンセプトを持つ計画に参加しました。
ファンドからの資金を受けて醸造所を作るという投資案件として進め、75の投資家や企業からなる合同会社を設立しました。そのうち地元企業が半数以上という、まさに地元の応援によって運営される事業になったのです。投資家や企業の皆さんが、みな口を揃えて「オレのビール工場」と言うのを見て、やって良かったと実感しました。
多業態運営に必要なのは「ボキャブラリーの共有」
千:多岐にわたり業態を運営していると、コンセプトにずれを感じることや新人スタッフに理念が通じていないと思うことはよくあります。そういう場合は、業態コンセプトをシンプルに、かつ常に伝え続けることが大事でしょう。
そもそも新規に業態を開発するとき、私たちは日頃から幹部やデザイナー、料理長、マネジャーと同じ体験を積んでいくことを大切にしています。海外視察も一緒に行きます。体験を共有することで、同じボキャブラリーで話すことができるようになるからです。
最初の開発段階だけでなく、壁に当たって意見に齟齬ができるような時に、「あのときのあの感じ」というだけで思いが共有できるようになれば、障害も乗り越えられます。
店作りに大切なのはホンモノを参考にすること
千:ホンモノを参考にすることも重要と考えています。スペインバルをやりたいなら、国内の同業他店舗を参考にするのではなく、スペインの実際の生活を参考にするのです。地元の人はこの料理を家庭料理として食べているのか、それともデートの時にちょっと背伸びして食べているのか。そういう肌感覚を大事にしていきたいと思っています。
もちろん、その業態、その店舗を私たちが会社としてやるべきことなのか、会社としてのアイデンティティが反映されたものなのかどうかもじっくりと話し合います。今後10年間、楽しんでやれるのも重要な要素です。
キラーコンテンツを作ることも重要視しています。「物珍しく新しいから一度は食べてみたい」というのがキラーコンテンツ。でも一度食べれば十分、ということも少なくありません。そのため当社では、コンテンツ自体が新しいわけではないけどちょっと盛り付けに凝ったり、特別なスパイスを使ったりして、「どこにでもある料理だけど美味しい」という方向に舵を切っていきたいと考えています。
想いが詰まっているからこそ“継承”が大事
千:新規店舗をスタートさせる際、まずはメニューとお店のコンセプトデザインから考えます。共有されたイメージを反映しながらメニューを決め、それに合った内装からフォントまで、デザイン全般を固めていきます。その過程で客層が見えてきて、客単価の設定に繋がっていきます。料理は実際に試食してみて、単に美味しいかどうかではなく、飽きの来ない味かどうかを客観的にみて判断していくのです。
そういうプロセスを経て1つの業態が生まれていきます。スタートまでの一定期間、複数名でイメージを共有し具現化していくわけですから、業態コンセプトは複雑になりがちで、伝えるのが難しくなります。だからこそ伝え続けることが重要になってきます。
わが社では随時勉強会を開くだけでなく、まずはコンセプトの把握にむけた教育を重視しています。
日本のチャンスと地方創生
千:短期的な目で見れば、いま準備している事業がいくつかあります。ベーカリーやスパイスカレーの出店を準備中で、さらに大衆酒場とバルを合わせた業態も模索しています。また、人手不足で継承者のいない工場を別の商品を生み出す拠点として再稼働するか、あるいは一転して宿泊施設と融合させることも考えています。
いま日本の市場はシュリンク(縮小)していると言われますが、私は飲食に限っては日本のマーケットは大きいと考えています。安全志向や衛生志向がもともと高いために、店を出す際の規制が海外に比べて厳しくありません。横領などの事件も少ないし、面積に比べた人口比率は圧倒的に高い。多店舗展開するには障壁がとても少ないのです。
外国人観光客は今後増えていくと思いますが、何度も日本に来ている外国人もいます。そうなると東京、京都、大阪観光だけでなく、より深い日本の文化体験を求める人も多くなる。地方でホンモノの日本文化を体験できる場所を提供していきたいと思っています。観光や宿泊に関わる施設は魅力がありますね。
地方とリンクすることでその地方の課題を知り、それをチャンスにして事業を展開することも可能です。地元の人との接触は思わぬ化学反応を起こします。日本の飲食業界には、まだまだチャンスは眠っているのです。