コスト上昇分のすべてを価格転嫁できた事業者は5割強
2023年10月の消費者物価指数は、気候などによって変動しやすい生鮮食品とエネルギーを除いた指数で105.8となり、前年同月と比べて4.0%上昇した(総務省「消費者物価指数全国2023年10月分)。特に中小企業にとっては厳しい状況が続く。燃料や原材料などの仕入価格上昇により収益が維持できず倒産した「物価高倒産」は2023年10月で86件となり6カ月ぶりに過去最多を更新した(帝国データバンク)。
大手企業が値上げを進める一方、中小の事業者のなかには取引先から価格転嫁を拒否されたり、わずかな値上げしか認めてもらえなかったりする例が相次いでいる。食品産業センターが食品製造業を対象に行ったアンケートでは、取引先に価格転嫁を要請した企業が8割を占めたものの、コスト上昇分をすべて転嫁できた事業者は55.9%、「7 割~9 割程度転嫁できた」30.4%、「それ以下」13.7%となっている。
取引先に価格転嫁を要請できたかどうかを事業者の資本金規模別にみると、規模が大きくなるにしたがってきちんと要請が行われていることも分かった。転嫁の受け入れ状況も資本金規模が大きいほど高くなり、資本金 1億円未満の中小企業では4分の1程度が「全く要請していない」と回答した。価格転嫁を要請した企業のうち 9社は「要請したが全く転嫁できなかった」が、これらは全て資本金 3,000 万円未満の法人だ。
事業者からは「価格改定の交渉から実現までに時間がかかりすぎる」「原材料価格高騰に伴う価格改定を要請した時期を後ろ倒しにされる」「親会社での価格改定の決済に時間がかかり、担当者での決済の判断ができない」などの声が寄せられた。
求められるのは、値上げの根拠=エビデンス
一方、昨今ではメディアがエネルギー高や原材料の高騰について頻繁に取り上げていることから「価格転嫁がしやすい風潮がある」との見方もある。国分グループの執行役員で、一般社団法人日本加工食品卸協会の専務理事も務める時岡氏は、次のように指摘する。
一般社団法人日本加工食品卸協会 専務理事 時岡肯平氏(以下同)「ここ2~3年、食品業界では大手メーカーを中心に値上げへの理解が広まりつつあります。背景のひとつは、物価高騰の要因である世界的な原材料高や円安に関する報道が増えたこと。消費者だけでなく中間流通業者にも値上げへの理解が進んでいるため、交渉しやすい風潮があるのです」
では適切な交渉を進めるために、何が必要なのか。
「原材料やエネルギー、物流費、人手不足に伴う人件費高騰などのコスト構成のうち、どの部分がどれくらい上がっているかを算出し、しっかりしたエビデンスを示して取引先に説明することが大切です。普段からコスト効率化に前向きな努力をし、まずは生産性を上げるなどの自助努力をどれぐらいしたかを細部にわたって説明すること。そうすれば取引先の納得も得られるでしょう」
コストごとの上昇度合いを数字で示せば、取引先への説得力も増す。自助努力をした上で、それでも吸収できない上昇分を上乗せしたいと伝えることで、交渉は上手くいきやすいという。
他社の据え置き価格に合わせていては、業界自体が立ち行かなくなる
商品の値上げを伝えた場合、購買側は価格の低い仕入先を選ぶのは自然だろう。しかし、他社の価格に合わせて自社商品の価格を不適正なままにしていると、自社だけでなく業界全体が立ち行かなくなると時岡氏は懸念を示した。
「もし取引先が他社のほうが安いと価格交渉を渋ったら、そのときはどうぞ他社様にお切り替えくださいと身を引く姿勢も必要です。価格競争をして適正な価格にしないと、自社は当然、業界自体がだめになってしまいます。今まで取引を獲得するために販売元は色々なサービスを提示し、価格もどんどん下げてきました。しかし、それで最終に経営がうまくいったかというとまったくそうなっていません。安く売ることは経営にプラスどころか足を引っ張る原因になり、それを繰り返してきたことで商売が成り立たなくなり従業員も疲弊しています」
価格設定は経営の根幹に関わるので、コスト上昇分が反映させない価格での取引は、今の卸売業界ではありえないという。
「取引先に交渉せず価格転嫁できないといっている卸やメーカーは、まずは原価の上昇率など価格転嫁の交渉材料を揃えるべきです。中小企業だから交渉しにくいということは、私はないと思います。買い手も商品を運ぶ人がいなくなっては困りますから、昔のような仕入れ業者のいうことに聞く耳を持たない買い手本位の考え方は変わってきています」
同業種や取引先と協力し、適正な取引価格を
自社だけでは交渉力に限界があるため、同業種や取引先と協力して適正な取引価格を考えていくことも必要だ。小売業界では今年3月に食品スーパーマーケットのサミット・マルエツ・ヤオコー・ライフ4社が「持続可能な食品物流構築に向けた取り組み宣言」を行い、加工食品における定番商品の発注時間の見直しや、 180 日以上の賞味期間の商品に対する2分の1ルールの採用などを宣言した。
原材料の高騰は今後も続くとみられる。値上げに関するメディアの報道も増えていることから、価格転嫁への理解は進んでいくだろう。交渉の際にはただ値上げを訴えるのではなく、自社製品のコスト構造をきちんと把握し、原価ごとの上昇率や自助努力の過程を示すことが大切だ。同業者や取引先との横のつながりも大事にしながら、適切な価格転嫁を進めたい。
一般社団法人日本加工食品卸協会
所在地:東京都中央区日本橋本町2-3-4 江戸ビル 4階
事業内容:加工食品流通の近代化・効率化に関する調査研究及びその成果の普及、加工食品卸売業の構造改善に関する事業の実施及び指導、加工食品に関する知識の普及啓発及び業界の課題に関する見解の提示、加工食品卸売業の経営者及び従業員の教育研修、その他協会の目的を達成するために必要な事業
公式ホームページ:http://nsk.c.ooco.jp/