「日本人割」で活路、渋谷の海鮮バイキングの挑戦
一物二価に対する心理的抵抗感が極めて根強い日本市場においては、価格の差別化をいかに顧客の納得感へ着地させるかが最大の障壁となる。単純に「外国人観光客だから高い料金を徴収する」という見え方になってしまうと、差別や便乗値上げといったネガティブな印象を与えかねず、企業のブランドイメージを著しく損なうリスクがあるからだ。
この難局を乗り越えるための逆転の発想として、2024年春から多くの経済番組で取り上げられ、成功事例として耳目を集めたアプローチがある。東京・渋谷で営業する飲食店「海鮮バイキング&浜焼きBBQ 玉手箱」が導入した「日本人割」および「在住者割」のシステムだ。
テレビ朝日が2024年4月11日に放送した「ANNニュース」の報道などによると、同店では複数ある海鮮食べ放題コースにおいて、国内居住者向けの割引制度を設けている。たとえば約60種類の海鮮が楽しめる「楓」プランの場合、男性の基本価格は8778円(税込み・平日ランチ)だが、運転免許証やマイナンバーカードなどを提示して国内居住者であることを証明できれば、1100円の割引が適用され7678円で提供される仕組みだ。なお、料金はプラン・性別・曜日・時間帯によって異なる。
この手法が経営戦略として優れているのは、国内の常連客に「不当に値上げされた」という不満を抱かせるのではなく、「地元客として優待を受けている」という一種の特別感へと心理を転換させている点にある。
インバウンド対応に伴う各種コストを基本料金に転嫁して客単価の底上げを図りつつも、店舗の基盤を支える日本人客の離反を巧みに防いでいるのだ。また、現場のオペレーションにおいても、複雑な条件確認を身分証の提示というシンプルなプロセスに集約させることで、スタッフの業務負担や接客時の摩擦を最小限に抑え込んでいる。
この「標準価格の引き上げと居住者割引の組み合わせ」は、飲食店に限らずホテルや旅館の宿泊料金にも応用が利く極めて実務的な手法と言える。公式スマートフォンアプリでの会員登録や、国内向けの事前予約システムと連動させれば、居住確認のプロセスをさらにデジタル化・自動化することも可能だ。
重要なのは、国籍による差別ではなく、あくまで「地域社会への貢献」という姿勢を打ち出すことだろう。この問題を考えるうえでヒントになるのが、地域住民と域外からの来訪者とで料金を分けている米国の文化施設の事例だ。
たとえばニューヨーク市のメトロポリタン美術館は、ニューヨーク州在住者に対して"Pay-What-You-Wish"(任意料金制)を導入しており、最低1セントから自分で金額を決めて入館できる仕組みになっている。一方、州外からの来館者は大人30ドル(日本円で約4,800円)の定額チケットを購入する必要がある。居住地の確認は、チケット窓口で運転免許証などの身分証を提示する形で行われている。激変する外部環境下において、地域との共生と確実な利益確保を両立させるための、現実的な最適解の一つではないだろうか。
納得感なき値上げで避けるべきレピュテーションリスク
インバウンド特需に乗じた安易な価格改定や、単なる便乗値上げと受け取られかねない不透明な二重価格の導入は、景品表示法上のリスクもはらんでいる。
例えば飲食業界の専門メディア「飲食店.COM(Foodist Media)」が2026年1月13日付の特集記事で取り上げた、大阪のラーメン店「王道家直系 我道家 OSAKA本店」における二重価格騒動はその典型例だ。
同記事によれば、同店は券売機の表示言語を切り替えることでインバウンド向けの価格(通常の約2倍)を設定していたが、漢字を読める中国人客が価格差に気づき、返金を求めるトラブルに発展した。通常メニューとのサービス内容の違いや価格差の合理的な根拠が顧客側に十分に伝わっていなかったことが主な原因だ。こうなってしまうと、レピュテーションリスクのみならず、不当な価格表示を禁じる景品表示法の「有利誤認」にあたる恐れも出てきてしまうため、極めてリスクが高い。
ただでさえ一物一価の精神が根強い日本において、提供価値に見合わない不透明な価格設定は、国籍を問わず消費者の不信感を急速に増幅させる。この騒動は、戦略なき二重価格がいかに脆く、企業の信用を一瞬にして失墜させるかを示す厳しい教訓となりそうだ。
だからこそ、いま経営トップに求められるのは「いかにして高く売るか」「利幅を増やすか」という目先の戦術論ではなく、「10年後の自社ブランドが、地域社会と世界からどのような存在として評価されるべきか」というストーリーの描き方、そして発信の仕方なのかもしれない。
また、価格を引き上げたことによって得られた超過利益を、従業員の語学手当や労働環境の改善といった形で社内に還元し、さらなるサービス品質の向上に投資する好循環のサイクルを示すことも、顧客の納得感を引き出す強力な材料となるはずだ。
現在、二重価格の是非について業界全体を統括するような明確なガイドラインは存在せず、すべては各事業者の経営判断に委ねられている手探りの状態が続いている。しかし、自社のサービスが本来持つ価値を再定義し「誰に、どのようなおもてなしを届けたいのか」というメッセージを発信する覚悟が、いま各業界の経営者に求められているのではないだろうか。
[出典]
FNNプライムオンライン「インバウン丼だ」海鮮丼が1万5000円! 豊洲市場にオープンの新スポット 外国人観光客らでにぎわう(2024年2月1日)
渋谷 海鮮バイキング&浜焼きBBQ 玉手箱(日本人割)食べログ 公式情報
大阪 王道家直系 我道家 OSAKA本店FNNプライムオンライン(2026年1月8日) 外国人客が「返金しろ」"二重価格"めぐり人気ラーメン店でトラブル…世界や国内でも広がり見せる"外国人客料金"
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飲食店.COM(2026年1月13日)飲食店の二重価格は是か非か。ラーメン店の騒動に学ぶ、景表法違反やトラブルを防ぐ3つの注意点










