外食企業がコロナ禍で上場するメリット・デメリット(後編)IPOの準備とポイント

飲食・宿泊2022.05.25

外食企業がコロナ禍で上場するメリット・デメリット(後編)IPOの準備とポイント

2022.05.25

外食企業がコロナ禍で上場するメリット・デメリット(後編)IPOの準備とポイント

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コロナ禍の外食企業にとって成長戦略の手段となりうる株式の上場。前編では有限責任監査法人トーマツの寺門 義昭氏が基礎知識を解説した。今回の後編では、IPOに向けた具体的なロードマップを示すとともに、上場準備のポイントについて提示する。

目次

「主幹事証券会社」と「監査法人」の選定には余裕をもって

IPOという一大プロジェクトには、多くの関係者が携わっている。中でも主幹事証券会社と監査法人は特に重要である。それぞれの役割は次の通りだ。

主幹事証券会社(1~2社):株式を第三者に売り出すために、企業から株式を取得(引受)するほか、東証の審査を受ける際に必要な「推薦状」を発行する。上場のためのスケジュール管理やアドバイスなど、多方面でのサポートを行う。

監査法人:上場に必要な会計監査を行う。上場前の2年間の財務諸表の数値に対して監査手続きを実施し「監査報告書」にまとめる。報告書は上場以降も毎年発行する。

IPOの準備で押さえるべきポイントを、有限責任監査法人トーマツ 公認会計士の寺門義昭氏に聞いた。

有限責任監査法人トーマツ
監査・保証事業本部
監査アドバイザリー事業部
キャピタル・マーケッツグループ
マネージングディレクター
公認会計士
寺門 義昭 氏

「監査法人との契約には、スケジュールにかなりの余裕をもつことが求められます。実際に上場申請する期をN期とすると、N期のスタート時点から監査ができることを確認する作業が必要だからです。その確認作業としては、だいたい3年前のN-3期程度から調査を行い、監査を受け入れる体制が十分に整っているかを確認した上で監査がスタートします。こうした点も踏まえて、IPOは3~4年前から準備を進めるべきでしょう(有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 寺門義昭氏 以下同)」

IPO準備は後半になるほど多くの作業が発生する。36協定などに抵触しない社内体制を整える上でも、できるだけ長時間労働は避けたい。そのためには、先を見越して発生しそうなタスクをなるべく早め早めに処理し、アドバイスしてくれるIPO専門のコンサルタントなどを雇うことも重要だ。

役員や大株主との取引チェックが重要な理由

IPOでは、役員や大株主など、影響力の大きな関係者との取引も細かくチェックされる。関連当事者に意図的に利益を寄せたり、意図的に何か賃借するような取引が行われたりしていないかを精査するのだ。

「これは上場審査ないし会社会計監査での重要なポイントです。監査法人によっては、関連当事者との取引の内容次第で『この取引があるうちは会計監査をスタートできない』というポリシーを持っているところもあります。そうなると上場スケジュールがどんどん遅れることになりかねません。関連当事者との取引は、その関係性からすぐにはやめられない場合もあるでしょうから、早めに確認することが重要です」

2022年4月から東証の区分がリニューアル

2022年4月4日から市場区分が新しくなり、以下の3つに整理された。

市場ごとにコンセプトが明確になっているので、自社がどの市場に合致するのかを見極めながら選んでほしい。また東証には「東京プロマーケット」という市場もある(2009年に開設)。これは文字通りプロ向けの市場で、いわゆる個人投資家は参加できない。企業の分析力に優れたプロ相手に株を売買するという性質上、たとえば通常なら2年間必要な監査が1年間でよい、他の市場は決算が四半期開示なのに対し、プロマーケットは半期でよいなどのメリットがある。東京プロマーケットも東証上場企業であることには変わりないので、様々な点を比較してどの市場にするかを選ぶとよいだろう。

東証による2つの審査基準とは

東証は「形式基準」と「実質基準」という2つの側面から審査を行う。詳細はホームページから無料で見られるので参照してほしい。

2022新規上場ガイドブック(プライム市場、スタンダード市場、グロース市場)

上場審査基準(形式基準)を表にまとめると、次のようになる。

株主数は基本的に、上場するタイミングで満たせばよいので、上場前から150人でなければいけないということはない。

役員や持株会など大株主以外がもつ株式の割合を示す「流通株式比率」も重要だ。
「同族企業の場合、基本的には株式流通比率が0%ですが、グロース市場を目指すのであれば25%は一般の株主が入って来られるようにしなければなりません。株式を新規に発行して、現在の株主の持ち株比率を薄めるか、既存株主の一部株式を売却してもらって一般投資家に渡すなどの対応が必要になります」

「事業継続年数」については、事業の継続年数ではなく「取締役会の設置年数」が審査される。取締役会をただ設置しただけではなく、きちんと運用されている年数が審査されるので、もし未設置の場合は早めに手を打っておきたい。

「コーポレートガバナンス・コードの適用範囲」については、5つの基本原則と補足原則がある。補足原則まで入れるとかなりの数になるので、基本原則の適用だけでよいグロース市場と、全原則適用のプライム、スタンダード市場では大きな差がある。選ぶ際の大きなポイントとなるだろう。

実質基準を満たすには、証券会社とのやり取りが不可欠

「形式基準」には明確な基準があるが、「実質基準」には具体的な数値基準がなく、やや分かりにくい。この実質基準を審査するためには、東証の関係者ないし証券会社と事前に書面でのやり取りを何度か行う必要がある。1回あたりの書面には何百という質問項目が記載されており、それに1つひとつ答えていかなければならない。

グロース市場にある「企業経営の健全性」は、コーポレートガバナンスや内部管理体制などを含めて健全な経営をしているかが審査される。「実は、グロース市場については成長企業をターゲットにしているため、企業の規模や成熟度を考慮し、プライム市場よりはやや審査基準が緩和されている部分があります」

「企業内容リスク情報等の開示の適切性」については、経営者が企業のリスクをどう認識しているか、またそれに対してどう手を打っているかを事細かに追記して説明する必要がある。きちんとリスクを分析できる体制があるかが問われるポイントだ。

「その他」には、反社会的勢力との取引がないかどうかも含まれる。すでに対処している企業も多いと思うが、やはり東証でも非常に重視されるポイントだ。

外食企業が重視すべきIPO準備のポイントを解説

1つ目は「店舗固定資産の減損」。外食企業は多店舗展開しているケースが多いが、IPOの際は店舗単位で事業計画を作り、これまで投資した固定資産を回収できているかどうかを毎年チェックする必要がある。将来の計画をベースに、店舗別の利益計画を実績としてきちんと把握できているかどうか、それをベースに店舗別の利益計画が立てられているかどうかがポイントだ。店舗数が多ければ多いほど作業は大変になる。

準備すべき管理体制
① 店舗別損益の正確な把握(月次ベースが望ましい)
② 店舗別固定資産の正確な把握
③ 店舗別事業計画の作成
→赤字が継続し、業績回復見込みが見込めない店舗は要注意

 

「特に店長やスーパーバイザー、エリアバイザーなどが計画を作る場合には、近隣店や近隣マーケットの状況を踏まえた計画ができているかどうかが重要になります。また、店舗別の固定資産がしっかり台帳に計上されているか、リース資産を使われている場合にはリース資産の管理も非常に問われやすい論点です。作っていただいた資料を決算に織り込むかどうかなど、さまざまな話を会計士としていくので時間がかかります。計画を作るタイミングを上手く調整しましょう」

店舗の収益管理システム(POSシステム)等のIT統制も重要

多店舗展開しているケースでは、各店の情報をシステムで繋ぎ、本部で把握する体制をとっているところがほとんどだろう。このシステムについて、各店のデータを集めて会計数値へ取り込んでいくバックエンドで第三者が数字を操作できないか、また店舗からマスターデータの修正依頼がかかったときに、誰がどういった権限でデータを修正できるのか、またバックアップ体制はどうなのか等も非常に重視される。

「つまりシステムそのものへの投資だけではなく、その運用体制、いわゆるIT統制も含めて対応いただくことが非常に重要になります」

IT統制については、インフォマートの提供する仕入れ管理システム『BtoBプラットフォーム受発注』などを活用するのも選択肢のひとつだ。これまで紙で管理していた数字をデジタル化し、取引実績を正確に保存しながら管理、分析できる。会計監査の際も役立つだろう。

労務関係の対処は早めに

外食企業はITベンチャーなどと比べて、正社員だけでなくアルバイトやパートなど従業員が多い。2020年の民法改正で、残業代請求の時効期限が2年から5年に延長されるなど、昨今は労働者を重視した労働基準法の改正が続いている。特に重要なのは次のポイントだ。

労務関係の法律は日々アップデートされている。何かあったら対応するのではなく、上場準備を決定したタイミングで早めに顧問の社労士ないしIPO実績が多い社労士事務所などに依頼しよう。労務周りに関する調査(デューデリジェンス)を行い、労務トラブルがあれば早め早めに手を打つことが、その後のIPO準備をスムーズに進める上で重要になってくる。

「東証に上場が承認されると、広く一般に上場することが知れ渡ることになります。そうなると、トラブルをもって退職した関係者が東証に告発するといったリスクも出てきます。早期に手を打っておけば起きずに済んだケースもあるのが実情です。多くの経営者の皆さんは、普段から従業員を大切にされているとは思いますが、IPOを目指すにはより一段上のレベルでの労務管理が問われてくるでしょう」

上場にはさまざまな準備が必要だが、資金調達や信用、ビジネス拡大の面で多くのメリットがある。押さえるべきポイントをしっかりと理解し、早め早めに計画を進めたい。


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有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 寺門 義昭

2004年監査法人トーマツ入所、トータルサービス1部配属。上場企業の監査業務、IPOアドバイザリー業務、IPO準備監査業務のほか、財務DD業務等、幅広い業務に従事。2019年より、監査アドバイザリー事業部 キャピタル・マーケッツグループ マネージングディレクターに着任。IPOを目指す企業向けのショートレビュー業務やアドバイザリー業務に従事している。

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