飲食店の長時間労働はなぜなくならないのか
飲食店の長時間労働がなくならないのは、他業種よりも「やるべき業務」が圧倒的に多いことが大きな原因だ。飲食店の営業時間と一般企業の勤務時間には大きな違いがある。
例えば、一般企業では1日8時間労働が基本であるため、9時から18時(休憩1時間含む)といった勤務時間が通常だ。しかし、飲食店の場合、9時から18時までが営業時間だとしたら、その前に料理の仕込み、営業終了後に片付けや売上管理などのさまざまな業務が生じる。
しかも、多くの飲食店が昼食と夕食どちらも営業しており、通常の営業時間が10時から22時などもざらにある。飲食業界では、営業時間を減らすことは顧客獲得の機会損失であり、営業時間を延ばすことが顧客サービスの拡充だとする考え方や、現状のままでもなんとかするという根性論が根強い。
このような理由から、飲食店は他業種に比べて必然的に長時間労働になりやすいのだ。
長時間労働が違法になる場合
法律で定められた「労働時間の上限」を超えて働かせることは違法行為である。経営者は以下の労働に関する法律を熟知し、正しく対策することが重要だ。
労働時間の上限
労働基準法では、労働時間の上限は1日8時間、週40時間までとされ、週に少なくとも1回は休日を与えることが定められている。これを超えて労働させる場合には労働基準法第36条に基づく労使協定(36協定)を締結して、所轄の労働基準監督署に届出をしておく必要がある。
36協定とは
36協定とは「時間外・休日労働に関する協定届」と呼ばれるもので、労働基準法で定められた法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働させる場合に届出が義務付けられているものだ。企業は従業員と36協定を締結することで、労働時間の上限を超えた「時間外労働」をさせることが可能になる。
時間外労働の上限
2019年に時間外労働の上限規制が改正され、2020年4月から中小企業においても適用されている。これによると、時間外労働(休日労働を含まない)の上限は、原則として月45時間・年360時間とされており、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることはできないと定められている。
繁忙期や想定外のトラブルなどが起きた場合、「臨時的な特別の事情」として労使で合意できれば、上記の時間外労働の上限を超えることも可能だ。しかし、その場合にも、以下の内容を遵守することが求められる。
・時間外労働(休日労働を含まない)は年720時間以内
・時間外労働(休日労働を含む)は月100時間未満、2~6か月平均80時間以内
・時間外労働が原則の月45時間を超えることができるのは、年6か月が限度
「残業」と「時間外労働」の違い
一般的な残業と時間外労働は、意味が異なるので注意が必要だ。残業とは会社で定めた「所定労働時間」を超える時間のことで、時間外労働とは法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える時間のことである。
「休日労働」の正しい意味とは
休日労働とは、会社で定めた「所定休日」で労働した時間のことではなく、労働基準法で定められた「法定休日」(週1回または月4回)で労働した時間のことを指す。時間外労働の法律で定められているのは、後者の法定休日における労働時間のことである。
36協定を締結していない状態で長時間労働させた場合
36協定を締結していない状態で長時間労働させた場合、労働基準法違反となり、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される恐れがある。
これまで、時間外労働の上限は厚生労働大臣の告示による行政指導だけだったが、今回の法改正により、罰則付きの上限が設けられ、法的拘束力を持つようになった点が大きな変化だ。
残業+休日出勤の労働時間が100時間を超えた場合
残業と休日出勤の合計労働時間が月100時間を超えた場合も違法となり、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される。
これらの罰則は、従業員の心身の健康に与える影響を考えれば、はるかに小さいとも指摘されている。そのため、これまで時間外労働の上限を超えて労働させてきた企業においては、いまだ改善が見られないケースも多くあるのが実情だ。
しかし、どのような罰則であれ、一度科されてしまったら、企業としてのイメージは著しく低下するのは避けられない。長時間労働を放置した場合のリスクはかなり大きく、経営者にとっては死活問題にもなる可能性があるため、直ちに対応しなければならないだろう。
飲食店の長時間労働問題を解決するには
飲食店の長時間労働は慣習的な課題となっており、解決するには相当の努力や改善が必要だ。ここでは長時間労働を解決するための3つの方法について提示する。
業務の一部を自動化・外部委託する
飲食店の長時間労働の大きな原因が、やるべき業務が多いことである。これを解決するためには、業務内容を全体的に見直し、設備・ITツールによる自動化や外部委託することがひとつの方法だ。
例えば、従業員のシフト作成や勤怠管理、売上・コスト管理、在庫・仕入れ管理、受発注管理、AIを活用した予約管理など、現在はさまざまな業務効率化のためのツールが生み出されている。これらのツールを活用することで、労働時間を大幅に短縮できる可能性がある。
また、ツールを導入する以外にも、店内の清掃やホームページ更新を専門業者に外注するなど、従業員の仕事を外部委託することも労働時間の改善につながる取り組みだ。
営業時間以外の店舗活用法を検討する
もし、売上を確保するために営業時間を延ばしたいと考えるなら、従業員に長時間労働させるやり方ではなく、営業時間外で店舗スペースを外部に貸し出すなどの新しい活用法を検討するのも有効だ。
例えば、イベントや料理教室・展示会などの企画スペース、食品や雑貨などの販売スペース、個人・企業などで利用できる貸し切りスペースなどとして外部に提供できれば、新たな収入源にもなるだろう。店舗の形態にもよるが、営業時間以外の使い道もつくり出せれば、長時間労働の解決にもつながると言える。
経営者・従業員それぞれの意識を高める
最後に、強調したいのは、経営者・従業員それぞれの働き方に対する意識を高めることだ。長時間労働を解決するためには、経営者・従業員の両者が労働基準法で定める労働時間の規制について正しく理解しておくことが必要だ。
どんなに経営者が改善策を提示したとしても、従業員の意識変革がなければ、対応は難しいだろう。反対に、良い改善策は常に現場から上がってくるものであることを経営者自身も理解しておくべきだ。
飲食店の長時間労働はコロナ禍だからこそ取り組むべき課題
働き方改革の目的は、多様な働き方を選択できる社会を実現することで、少子高齢化や働き手のニーズの多様化といった課題に対応し、一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることだ。飲食業界は長時間労働になりやすい傾向が強いが、従業員一人ひとりの幸福な生き方を実現するためには取り組まなければならない重要課題である。
コロナ禍で経営が厳しい今だからこそ、従業員と利用者のニーズを再確認し、新しい経営のあり方を模索していくべき時ではないだろうか。単に労働時間を延ばすのでなく、従業員のモチベーションアップを図り、効率性や生産性を高めることが、企業の利益にもつながることを理解しておきたい。
【参照文献】
時間外労働の上限規制 わかりやすい解説|厚生労働省
36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針|厚生労働省
時間外労働の上限制限|働き方改革特設サイト|厚生労働省
労働基準法|e-Gov 法令検索