経費をゼロベースで見直すことから
いまコロナ禍にあって、多くのホテル・旅館業では、売上を経費でまかない切れず、設備投資を見送るなど前途に期待をもてない状況にある。コンサルタントの塚平氏はこれまで10年にわたるホテル・旅館業への観察をもとに、経費削減策の要点は食材費と人件費にあると分析する。
「まっさきに着目するべきは、売上高に対する比率の高い食材費と人件費です。特に食材費は施策による削減の余地が大きいため、しっかり管理していく必要があります」
具体的な経費例については、⼤中規模の旅館(客室30室以上)、⼩規模の旅館(客室30室未満)、シティホテル及びリゾートホテル、ビジネスホテルに分けて解説する。
■宿泊業における食材費と人件費の削減例
大中規模の旅館(客室30室以上) | 食材費 | ◆緻密な原価設定と管理の可視化 ・事前原価計算と予実管理の仕組み導入 ・食材とそれ以外の仕入(飲料、売店など)を分別 ・要求元と発注部門を分離 |
人件費 | ◆人件費予算の設定とオペレーションの見直しを含めたマルチタスク化 ・定量的なシフト作成基準導入 ・縦割り組織の弊害を除去(重複や細分化によるムダを解消) ・マルチタスク化(自部署への帰属意識、責任の所在明確化とのバランスを取りながら進める) | |
小規模の旅館(客室30室未満) | 食材費 | ◆原価管理について経営の関与を高める ・板場に対する経営の関与を強める(板場の聖域化解消) ・1泊2食売上に対する目標原価率を設定する ・日次で売上高と仕入額を集計 |
人件費 | ◆固定的に必要な人員か、変動的にコントロールできるのか見極める ・固定的な人件費の流動化は可能か見極め(人材確保困難地域ほど、入込に応じた人件費の調整ではなく、従業員の稼ぎたい時間を基準にシフトを組む) ・宿泊人数に応じて接客と清掃の人員または標準作業時間(工数)をあらかじめ決めておく | |
シティホテル及びリゾートホテル | 食材費 | ◆部門によって管理方法・削減ポイントが異なる ・料飲部門:レストラン食材費は高くなりがち(和食>洋食>中華) ・料飲部門:日次で売上高と仕入額を集計 ・宴会部門・婚礼部門:大量調理のため100ポーション単位での事前計算 ・宴会部門・婚礼部門:廃棄量記録を取る |
人件費 | ◆客室稼働率、人時売上高、マルチタスクがキーワード ・フロント:月別平均客室稼働率をベースにシフトを組む ・フロント:宴会や婚礼の案内をサポートなどマルチタスク化 ・料飲部門:来客予想に基づく予想売上を、目標人時売上高で割って算出される労働時間に抑えるようシフト組を行う ・宴会・婚礼部門:スタッフ一人あたりの受け持ちテーブル数でシフト組を行う。繁忙日は社内の応援も必要、マルチタスク化、配膳会利用は出来るだけ減らす |
「まずは、運営規模にかかわらず事前に計算する標準原価と、実際の原価をきちんと把握していく必要があります。食材と飲料や、売店での仕入れはまとめずに正しく分別して管理しましょう。食材の発注は厨房に任せるのではなく部門を分けて、売上と仕入れを日ごとに管理します。これだけでも、緻密な原価設定と可視化された管理が可能になります。
人件費も流動的に捉えることで無駄が排除できます。繁忙日と通常日の必要人員を増減させたり、フロントはフロントだけ、清掃は清掃だけ、という縦割りから、各スタッフのマルチタスク化を図るとよいでしょう」
また食材費や人件費にくらべて削減しにくい一般管理費についても、考え方を整理するポイントがあるという。
■ホテル・旅館における一般管理費の特徴
費用項目 | 施設維持・保全、事業継続に必要な経費 | 収益向上に必要な経費 |
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変動費 | ■費用例: コロナ感染拡大防止対策消耗品費(マスク、消毒液等)、業務委託費(客室清掃を外部化しているケースなど)、リネン費、一般消耗品費、水道光熱費従量料金部分など <改善策> ■オペレーションと価格見直し: 難易度は高い。オペレーション上欠くことができない経費で、安易なコストカットはお客様不満足やオペレーション効率悪化に直結するため注意が必要。 ■改善例: ・お客様不満足が発生しない程度にリネン・消耗品の仕様を落とす ・客室清掃外注先の費用積算根拠を確認する(1部屋に対する工数が適切か、効率向上のために協力できることはないか) ・リネンサプライは既存業者以外の業者がいれば声がけする ・重油は複数業者と付き合い、ベストプライスを出す業者からの購入を心掛ける | ■費用例: 業者手数料、WEB広告費、媒体広告費など <改善策> ■費用対効果を検証: 難易度は比較的高い。費用対効果の指標(例:DMの回収率、WEB広告のコンバージョン率など)を持って施策の効果を測定し、効果の薄い施策は見直す。 ■改善例: ・DMは回収率から効果測定。一定期間リターンの無い顧客への配送見直し ・人通りの少ない路地の電柱看板の掲出を終了 |
固定費 | ■費用例: コロナ感染拡大防止対策設備・備品費(サーマルカメラ、アクリル仕切板等)、税務顧問料、地代家賃、固定資産税、損害保険料、生命保険料、寄付金、諸会費(業界団体会費、地域団体会費等)、リース料、インフラ設備修繕費・更新費(資本的支出含)、事務用品費、保守管理費(EV、ボイラー、受電盤、厨房機器、庭維持等)、水道光熱費基本料金部分、送迎用マイクロバス維持費、温泉利用料など <改善策>経費内容と調達先の見直し 支出は原則必要。ただし経費削減の本丸でもある。 ■改善例: ・税務顧問報酬の引き下げ ・保守管理料引き下げ ・生命保険料見直し ・電力料金引き下げ ・再リースの検討 | ■費用例: ホームページ維持・管理費、営業担当者旅費、通信費、接待交際費、教育研修費、求人費(媒体費等)、営業用設備・備品費(営業車維持、通信カラオケ等)、客用部改装費(客室、ダイニング、フロント・ロビー、大浴場等)など <改善策>ゼロベースで見直し 前例にとらわれず収益への貢献度の観点からゼロベースでの見直しが必要な分野。 ■改善例: ・ホームページの定期更新は内製化、外注費引き下げ ・客先別の売上(粗利益)と営業旅費を一覧にまとめ、行くべき客先を整理 ・社外研修は内容と効果を検証し削減 ・営業車の保有台数が顧客数、要員に対して適切か見直し ・通信カラオケの更新見直し |
「一般管理費のうち、リネン費、業務委託費、消耗品費や水道光熱費など変動費の見直しは、即効性がある一方で、やみくもに削減すると、お客様満足度の低下や、オペレーション効率悪化を招き、かえって収益力を低下させます。ホスピタリティ産業としての意識を持ち続けるバランス感覚が重要です。
また事業を下支えする固定費を見直しせず、なおざりにしたケースが散見されます。例えば『調達先との契約が1年ごとの自動更新で、契約内容が何年も継続している場合』などは典型です。同様に顧問料、保険費、修繕費といった固定費も、これまでの慣習に囚われず、相見積もりをとるなど価格や調達先を見直す余地があります。
さらに攻めの経費にあたる広告費、研修費、改装費などもゼロベースでみなおす必要があります。費用対効果を数値化して検証することで、かならず無駄な経費をあぶりだせるはずです」
成長戦略と競争戦略をつくり上げる
経費削減につづいて、売上向上のための施策にはどんなものがあるだろうか。
■宿泊業における売上向上のポイント
大中規模の旅館(客室30室以上) | <改善策>団体よりの営業から、個⼈よりの営業への転換 ・これまで団体旅⾏から個⼈旅⾏への対応が移⾏していたが、コロナにより⼀層の加速が必要(そのため⾃然と客単価は上がる) ・遠⽅からの旅⾏から近場への旅⾏へ移⾏。より地元商圏が重要に ・【競争戦略】全⽅位型営業の⼤中旅館でも、「この旅館は●●な旅館」といったコンセプトが⼀層重要になる ・三密防⽌のための、⾷事処のレイアウト変更および確保(販売⾯でボトルネックになってしまう) |
小規模の旅館(客室30室未満) | <改善策>ターゲットを絞った集客と、アフターコロナに向けたサービス開発 ・客室数が少ないため、ある程度ターゲットを絞った集客が可能 ・露天⾵呂付き客室などプライベート感がある施設は今後も⼈気 ・サービスなどのソフト⾯をウリにしてきた施設は、コロナ禍におけるサービスオペレーションを開発する必要あり |
シティホテル及びリゾートホテル | <改善策>コンセプトの強化および付帯施設の集約 ・⼤中旅館と同じく、団体客の確保が難しくなる ・【競争戦略】「このホテルは●●なホテル」といったコンセプトを明確にし、より商圏を広げる ・【成⻑戦略】これまでのコミュニティを異なる形で提供 ・付帯施設を多数抱えていることが多く、これらの集約などの営業上の戦略の集中化も検討が必要 |
ビジネスホテル | <改善策>成⻑戦略(業態転換)を含めた戦略の⾒直し ・需要が⼤きく減衰するため、競争環境は⼀層激しくなる ・⽴地、価格が選択される要素が強く、独⾃性のサービスでファンの囲い込みが⼀層重要になる(チェーン系・独⽴系どちらも) ・⼤きく需要が落ち込むため、ゼロベースでの成⻑戦略の⾒直しが必要 |
「経営資源に比較的余裕がある場合は『成長戦略』を検討してみることです。従来の顧客対象である旅行者に限定せず、非旅行者または日常生活者を対象として考えると、アイデアの幅は広がります。例えば介護施設としての活用、タイムシェアリングなど短期的な利用、また長期滞在型や、リモート宴会の会場としての個室利用などが考えられます。
従来の対象である旅行者向けでも、サービスを拡大すれば、体験型ホテルや交流型ホテル、空き家の利用などが考えられます。さらに、サテライトオフィス、テレワークスペース、eスポーツといった他事業との連携など、非旅行者への新規サービスへの展開も考えられるでしょう」
ただし、こうした成長戦略には、業態転換や新規市場開拓のための経営資源の投入が必要になる。資源に限りがある場合はどうすればいいのだろうか。
「資源が潤沢でない場合は、成長戦略ではなく、差別化を図る『競争戦略』を取り入れていきます。いまある業態・設備・人材のままで取り組む方法です。そのためには自社施設のコンセプトを再構築する必要があります。
自分たちの施設は他社と比べてどのような点が優れているのか、なにが特徴なのか把握することから始めます。そのうえで、どんな施設になりたいのか目標を明確化することが重要です。施設の目標が定まれば、集客したい客層を絞り、その顧客が本当に望むサービスをさらに絞り込んでブラッシュアップが可能です。
目標に向かって限られた経営資源をピンポイントに投入することで、結果としてサービス、施設の改善にかかるコストを最小限に抑え、コンセプトを再構築することができます」