机ひとつの「岩田商店」からスタート
【Q】御社の創業は1971年。社歴は半世紀を越えていますね。
代表取締役社長 岩田 章正 氏(以下、岩田社長):創業者は現会長(岩田 陽男 氏)の兄に当たる、岩田 隆利です。若いころは新聞社や食品会社などで経験を積み、大阪に本社がある食品卸の尾家産業株式会社に入社、神戸支店長まで務めました。
創業者の隆利は35歳のとき地元福岡で独立を考え、福岡のカモメ食品工業株式会社という、サイダーやシロップを作る会社に「売り先は開拓するので、将来会社を作るときは口座を新会社に移してほしい」と掛け合い承諾をもらい就職をしたそうです。
そして、その後社内に机も1つ用意していただき、そこで「岩田商店」をスタートさせたというのが出発点だと聞いています。スモールスタートですが、カモメ食品の取引先様がいる。在庫もある。本当にありがたい状況のなかでの出発でした。
やがて商売が堅調に推移していくと、今度は事務所を開こうとなります。開設場所を考える際は、北九州エリアか博多エリアで迷ったそうです。当時の北九州は100万人の大都市で、福岡はまだ80万人くらい。普通なら北九州を選ぶところですが、創業者が姓名判断の先生に話を伺ったところ「福岡で本拠を構えなさい。成功したら北九州に営業所をだしなさい」と。それが今の繁栄に繋がると思っています。
このような経験もあり創業者の隆利は、素直に人を信じることが大事なのだと周囲によく話していたそうです。ちなみに創業者の隆利には3人の恩人がいて、尾家産業の創業者、カモメ食品の社長さん、そして姓名判断の先生だそうです。
当初はカモメ食品や尾家産業、いまはスーパーの明治屋さんから仕入れ、御用聞きをやりながら商品の幅を広げていきました。時代のニーズに合わせて冷蔵・冷凍食品と取扱い商品の温度帯を増やしながら事業を拡大していった、という経緯です。
【Q】どんな経緯でグループ企業を増やしていったのでしょうか。
岩田社長:グループ化が進んでいったのは、1987年からです。色々な商品を取り扱いたいという社内からの声があり、取引先様からも「こういう商品はないのか」と言われることが多くあったようです。
そこで、銀行からの紹介で近くのスーパーを買収したそうです。そのスーパーを買収すれば、野菜卸売りの免許も獲得できるということで即決だったと聞いています。それが現イワタフーズ株式会社の前身です。当初はスーパーを引き継いで肉も野菜も魚も扱っていましたが次第に業務用の野菜卸に特化し、青果市場の仲卸業に専念することになりました。
岩田酒販株式会社については、1996年に小売りの距離基準が緩和され誰でも酒を扱えるようになったのを機に、「高齢化で酒販を続けられない」という酒屋さんを譲り受けて始めたそうです。
また、お米も規制緩和によって手がけることになった商材でした。2004年に米の販売自由化が決まったことと、お米の消費量減少で斜陽産業化していましたが、私たちにとってはブルーオーシャンです。せっかく配送にいくのですからお米も一緒に運んだ方が効率的だという事情もあり、野菜とお米、お酒をワンストップで取り扱えるグループを目指しました。2019年には水産加工品の生産・輸入業をしている企業から営業権を譲受し、水産素材卸業にも乗り出しました。
【Q】配送についても動きがあったようですね。
福岡支社 課長代理 諌見 朋幸 氏(以下、諌見氏):卸売業にとって配送は命ですが、現在はご多分に漏れずドライバー不足が深刻なこともあり、2年前からグループ内で共同配送を始めました。
あわせて白ナンバーから緑ナンバーに運輸免許を取り直しました。免許取得のために受験をして、51人が合格。コロナ禍でこれだけ多数の運輸免許を取得したのは全国の業務用卸業者のなかでは初めてだと思います。
コロナ禍での「底が見えない」逆境、基本の見直しと変革でV字回復へ
【Q】事業が右肩上がりのなかで2020年にコロナ禍を迎えます。振り返ってどんな心境でしたか。
岩田社長:先の見えない状況に、恐怖を感じていました。ピンチこそチャンスだ、とよく言われますが、そうは思えない自分がいました。
売上は本来5%落ちても大変ですが、初回の緊急事態宣言では、岩田酒販は93%も減少し、岩田産業でも35%ほど減った時期がありました。自然災害なら少しずつ復興するし、その復興が目に見えますが、コロナ禍は先が一切見えません。ジェットコースターのように売上が落ちていき、さらにいつこの状況が終わるのか、底が見えないんです。正直、毎晩心の中で泣いていました。
仕入れたけど売れず、賞味期限を迎えようとする商品が大量にあるけれど、このまま抱えていられない。廃棄するよりはと思って、全社員で取引先様のところに持って行きましたが、もちろん取引先様も緊急事態宣言で営業できません。取引先様より「店を開けられないのに賞味期限切れ直前の商品を買ってくれなんて、全然うちの気持ちをわかってないね」と言われたことがありました。この言葉が自分の中で重く響きハッとさせられました。
弊社では経営理念として「お客様の繁盛のお手伝いをする、社会に貢献する」と謳っているのに、結局、自分が生き残ることだけしか考えてないじゃないかということに気付かされました。社是としても「利他の精神」を大事にしてきました。ところが、期限切れ直前のものを売ろうという行為は、その対局にある利己主義です。
良いときは利他の精神といいながら、ピンチになると利己的にしか考えられなくなる。そういうことを、3人の取引先様に言われたあたりでようやく気づくことができました。
【Q】逆境のコロナ禍を経て始めた取り組みはありますか。
岩田社長:まずは基本に立ち返ろうと考えました。コロナ禍前には何をやっていたのかを、整理して考えたんです。人手不足と生産性向上は、お客様が抱える課題、そしてコロナ禍で非接触という課題が追加されました。その3つの課題に関してお役に立てることはないだろうかと発想してみました。
飲食業界の売上は、おしなべてコロナ前2019年の70~80%で推移している。その中で生産性を上げるためには、仕入原価や固定費を下げることしかない。品質がほぼ同じ代替商品を探すことで仕入原価の低減、受発注のデジタル化を図ること、配膳ロボお掃除ロボを導入することで経費の低減をすることを提案してきました。それで取引先である飲食店に利益が出るなら、売上が戻ったときの利益はコロナ前を上回るはずです。そう考えて提案し続け、売上構造の変革を促すことにも取り組みました。
【Q】売上構造の変革とは、どのようなことでしょうか。
岩田社長:経営の原則は、売上を最大限に増やし、仕入原価、経費を最小限にすることです。さきほどの説明は仕入原価、経費を最小限にすることです。コロナ前までは、お客様となる飲食店の売上に直接貢献するスキームがありませんでした。
そんななかで、飲食デリバリー「ご近所キッチン」を展開している東京の「株式会社グロブリッジ」と一緒に共同仕入・販売会社を作ったのは、もっとも大きな変革だと思います。
これまでの飲食店の事業拡大といえば、まず土地を買って建物を建て、冷凍庫を設置し在庫を置いて、人を配置し販促費をかける。また、私たち卸業者も、事業拡大においてひとつの事業所を作るのに5億円くらいかかります。それがネット上でゴーストキッチンFC企業とコラボすればお客様である飲食店も、当社も投資はほぼゼロで済みます。お客様は既存の店舗でFCとなり最短でネット上で開業、弊社が物流を請け負います。グロブリッジ社がゴーストキッチンの開拓をすることで、シェアが一気に広がり、全国の卸企業との協業にも繋がりました。
さらに新規事業として、保育園の給食・食育サービスの「株式会社ベジリンク」との協業も進めており、今後の展開が楽しみです。
【Q】新規事業に取り組むとき、社内の軋轢はなかったのですか。
岩田社長:それはもちろんあります。1つ理解が進めば、また1つ意見の齟齬が出てくる。その繰り返しです。みんな「何かしたい」という気持ちは変わらない。だからじっくり話すことが大事です。異論がない方がおかしい。ダーウィンの「種の保存の法則」と同じで、強い者が生き残るのではない。環境の変化に対応したものだけが生き残るのです。
ジタバタしましたが、皆で一枚岩になって、環境の変化にどう対応できるのかを考え続けました。やはり「考え方」がひとつにならないと、どんな取り組みでも動かしていけるものではありませんからね。
【Q】2022年度決算はコロナ前を超える業績でした。要因は何でしょうか。
岩田社長:陽男会長がまとめた「理念は戦略に勝る」の指針書はグループ全社員が携帯しています。その一説に記載している「1人の100歩より100人の1歩」をテーマに、チームで戦う組織作りを進めてきました。
創業者は、ゼロイチで事業を拡大させる過程で多くの逆境を味わっています。また、陽男会長も同じです。ですがその逆境は、あくまでも会社のトップだけが責任として味わう苦労だったと思うんです。
ところがコロナ禍では、すべての社員が等しく逆境を味わうことになりました。言い換えれば、みんなで逆境を体験したのだと思っています。しかも、100年に一度という逆境です。今回、コロナ禍を乗り越えられたのは、「1人の100歩より100人の1歩」という言葉を、全社員が理解して、実践に移すことができた証だと思います。
理念が全社員を後押ししてくれたのです。今回のコロナ禍の逆境を乗り切った組織力こそが、コロナ禍で得た自社の最大の武器だと考えるようになりました。2023年2月の決算は、その武器があったからこそ良い業績を達成できたのかもしれません。
社員は「宝」、世代ごとにフィットする価値観で人材育成
【Q】コロナ禍で雇用が維持できなかった卸売り企業は少なくないようです。
岩田社長:業界に対しての不安や会社に対しての不安、将来に向けた様々な不安が生じたと思います。当社でも一部社員さんが離職していきましたが、当社では、幸いにして過去から蓄えてきた資産が多少ありましたので、一貫して雇用を継続し、「リストラはしません」と宣言していました。
だからこそ、会社を信じて、いま残ってくれている社員は「宝」です。
【Q】しかし人材難であることは変わりません。なにか対策は講じていますか。
岩田社長:人材確保は喫緊の課題です。2016年に社長に就任してから、コロナ前、そしてコロナ禍に給与の改定を5回行い、労働時間の削減も同時に行ってきました。2023年7月には6回目の改定を行いますし、次の課題は休日を増やしていくことです。9月からの3か年計画で休日の増加に着手しているところです。
【Q】労務に関わる環境をさまざまな形で整えているのですね。
岩田社長:ほかにも取り組みとしては、「インナーブランディングプロジェクト」というものも進めています。若い世代の社員、特に25歳以下の社員たちが「働きながら、これが楽しい。これが面白い」と思えることを実際に社内で実践してもらう。そんなプロジェクトです。
昔は若者の欲求といえば、車が欲しいやいい服を着たいなど、モノへの執着が強い印象でしたが、Z世代の職業観は「社会貢献」や「やりがい」が上位にあります。だからこそ、彼らが楽しいと思うことを、仕事を通じて社内で実践してもらい、社外に発信していく。社外へ発信することによって会社の内側を見せることができ、多少なりとも人材確保におけるミスマッチも防げると考えています。
諌見氏:たとえば「農業支援の日」というものを設けて、実際に農業を行ったこともあります。ここで体験したことを発信してもらえば、SDGsに興味のある人を呼び込めるかもしれません。Z世代の採用につなげる試みになればと思っています。
【Q】若手以外の人材教育にも熱心だと伺っています。
岩田社長:陽男会長自らが講師となり、理念を学ぶことを目的とした研修を行っています。もちろん仕事をする上で必要な業務的な知識を学ぶための研修も実施しています。
最初は社外講師を招いていましたが、現在は社内で講師を立てています。実務に即したことを教えるために、講師になる人は勉強し直します。アウトトップが一番のインプットですから、実は講師になる者が一番成長しているのだと思います。
諌見氏:具体的には、4つの研修を定期的に行っています。1つは陽男会長が全社員に向けて行う理念研修。2つ目が、幹部向けの経営塾的な勉強会。3つ目が、中間管理職のリーダーシップ育成研修。4つ目は、若手社員向けの営業に関する研修です。
岩田社長:これらの研修はかなり実践的な内容が盛り込まれています。また、朝礼で「火曜日の読み合わせ」と題して、私が作成した文章をグループ全社に毎週、配布しています。コロナ禍ではウェビナーで直接、語りかける機会をふやしました。水曜日は4つの本部での課題事項を学び、木曜日は改善をテーマに話し合いを行います。点数化することで人事評価にも反映される内容なので、今後さらに研修内容の充実を図っていくつもりです。
デジタル化とSDGs推進で、飲食業と農業のさらなる価値向上へ
【Q】今後の岩田産業の発展にむけて、特に力を入れていきたい分野はありますか。
諌見氏:やはりデジタル化の推進が喫緊の課題だと考えています。私たちの会社もそうですし、飲食業界全般に言えることですが、業務のデジタル化については遅れていると言わざるを得ません。特に中小の飲食店はデジタル化対策に関する知識もなく、また学ぶ機会も少ないのが現状です。これは私たち卸売会社に課題があると考えています。
われわれ卸売会社には、現場の近くにいるからこそできる提案があるはずです。取引先の課題感に一層寄り添ったデジタル化の推進を、今後も引き続きやっていきたいと考えています。
岩田社長:システムによる生産性向上を進めて、同業者との共有も図っていきたいですね。倉庫管理システムで在庫データを一括管理し、事務はインフォマートの「BtoBプラットフォーム受発注」で自動化を図る。緑ナンバー取得が進んだので、これからは他社との共同配送を見据えた運行管理システムも構築していきたいです。業界に内在する多くの課題を解決して、多くの人が魅力的と思える業界、会社にしていきたいと思います。
コロナ禍で疲弊した業界に向けても、対策を講じていきたいと思います。「食を通じて九州を元気に!」という経営スローガンを謳っており、飲食業を利用してもらうことで「食べてSDGsに参加する」ということを展開していきます。
そして、生産者と飲食事業者それぞれの所得向上と地位向上を図っていく目的があります。九州の大自然は世界的に見ても魅力があり、そこから生産される農作物は世界に通用する品質であり、それを加工・調理する職人さん、調理人さん、シェフの皆さんの技術には、素晴らしいものがあります。フランスやイタリア以上に、生産者、飲食店従事者がもっとリスペクトされ、地位・所得が向上していけるような取組みを行っていきたいですね。
岩田産業は、農水省が推進するGAP登録事業者に認定されています。GAPとはGood Agricultural Practices=農業生産工程管理のことで、食品安全・環境保全・労働安全等の持続可能性を確保しながら農産物の生産を行うための取り組みのことです。これを推進することで、農業事業者の地位向上に繋がる未来もあると考えています。
そのためにも、さらなる普及に役立ちたいですね。このGAPとSDGsを両輪として、九州における生産者、加工業者と飲食事業者の方々のお役に立てる企業を目指していきます。
岩田産業株式會社
創業:1971年
本社所在地:福岡県福岡市博多区諸岡3-26-39
事業内容:外食産業専門総合商品商社
公式ホームページ:https://iwatasangyo.co.jp/