繁華街の「はしご酒」ニーズに応え、朝5時まで営業
渋谷駅から徒歩5分。クラブやバー、居酒屋などが立ち並ぶ歓楽街、道玄坂に2022年8月、「大人気(おとなげ)」がオープンした。店名は「大人気(だいにんき)」とも読め、日本語特有の「音読み・訓読みをミックスさせた面白さをにじませたかった」という。ライバル店の多いエリアだが、赤を基調とした店内は平日でも賑わっている。
なぜ、渋谷に店を出したのか。砂田兄弟の弟、砂田康太氏は意外にも「出店エリアにこだわりはなかった」という。郊外も含めた首都圏全体で広く探す中、たまたま見つかった渋谷の物件に、半ば勢いで決めた。しかしいざ出店するにあたっては、「通行量や競合店の客入りなどを徹底して調べ上げた」と語る。2人はこれまで東京や大阪の人気店で働き、弟の康太氏は飲食店向けの店舗リース事業を営む不動産会社に勤めた経験もある。
砂田康太氏(以下 、康太氏):「このエリアにある競合店のほとんどが、2時間~2時間半で回転します。さらに駅から徒歩5分とやや遠いのもあり、多くお客様が1軒目で終わるのではなく、2軒目、3軒目やバーなどに流れるのもポイントでした。だからこそ、うちが朝5時まで営業することで『渋谷のはしご酒』の一端を担えればいいと考えたんです」
康太氏の読みは当たり、「大人気」は朝方まで客足の絶えない繁盛店となった。週に3回来る客も珍しくなく、長めに設けたカウンターでは砂田兄弟となじみの客、また客同士のライブ感が生まれる。
康太氏:「渋谷の若者にはものすごいパワーがあります。若者の酒離れといわれていますが、ここにいるとまったく実感しないんですよ。大人気という居酒屋を通して、トレンドの発信地でもある渋谷を盛り上げることができればと思っています」
兄が内装デザインし、弟が店舗マネジメントを担当
砂田兄弟はもともと、料理人の父の背中を見て育った。その父が6年前に他界したことをきっかけに「意志を継ぎたい」と一念発起。それぞれが飲食店や不動産会社で働き、新店の立ち上げや料理長などを経験して腕を磨いてきた。途中にコロナが流行し、一時は「飲食業で働くこと自体を諦めかけたこともある」というが、2人で乗り越えてきた。念願の出店が決まると、兄が内装デザインやロゴ、料理を担当し、弟が不動産や保健所関係などの書類管理を担当。得意分野を活かしつつ、それぞれのタスクを常に共有しながら準備を進めた。
「基本的には2人とも同じ思いを持っていて、得意分野が違うだけだったので、開店準備に不安はありませんでした」と、兄の健太氏は語る。康太氏も「兄弟仲はもともと良くて、コミュニケーションの量がとにかく多いんです」と語る。開店してからも、仕込みから閉店まで一緒に過ごし、同じ自宅へ帰る。月2回の休日には、必ず2人で飲食や運営について勉強する時間を作っているという。兄弟ならではの深いコミュニケーションが、スピード感のある店舗運営につながっている。
オープン3ヶ月で月商900万円!フランクな接客がカギ
2022年8月のオープン後、客足は右肩上がり。同年11月には開店わずか3ヶ月で月商900万円を達成した。「新規のお客様を獲得する方法はまったく考えていません。来てくださったお客様に、また来たいと思っていただくためにはどうしたらいいかをめちゃくちゃ話し合っています」と康太氏は語る。
アルコール離れといわれる中で、若者の心をつかむ砂田兄弟の接客スタイルはどのようなものなのか。
康太氏:「お客様にはフランクに接するのが基本です。うちでは、道玄坂の居酒屋にしては珍しくキープボトルを入れてもらうことが多いんです。お客様は20代の若い子が中心なので、『人生で初めてキープボトルを入れた』という声もよく聞きます。お得に楽しく飲める場所を提供することで、新規もリピーターも増えているのだと思います」
従業員にも、フランクなコミュニケーションを徹底する。あえて厳しいルールや仕組みを設けず、自主性に任せるのがポイントだ。
康太氏:「ルールで縛ると、その人の良さがなくなってしまうと思うんです。たとえば『スタッフは接客中にお客様と長時間コミュニケーションを取ってはいけない』というお店は多いですが、僕たちは違う。それが良いと思うならどんどん喋っていいし、極端なことをいえばお客様と仲良くなって、接客中に一緒にタバコを吸いに行ってもいいんです。それがお店のためになるなら、どんどん自分なりの工夫をしてほしい。もちろん放任ではなく、結果は積極的にフィードバックします。スタッフもお客様も、幸せに笑顔になってもらうにはどうすればいいかを常に探っているんです」
例えばお客様が誤ってグラスを割ってしまっても、「どんまい!」と明るく声をかける。普通なら恐縮する場面を笑いに変え、「他店では絶対できないことを、最善だと思ってやってくれた」と判断すればそのスタッフを惜しみなく褒めるという。
「お客様にとって何が最善かを考え、与えられたタスクをこなせるならそれでいい」という考えで、出勤時間もスタッフが決める。売上ノルマはないが、日々の数字は全スタッフと共有する。全てにおいて自主性を促すコミュニケーションを心がけている。
FLコストの管理を日課に、原価は適性値をキープ
フランクさを重視する康太氏だが、数字の管理にはこだわりがある。
康太氏:「スタッフの幸せについて語っていても、運営上の数字がどんぶり勘定だとよくない。日々の仕込みと同じくらいFL管理を日課にして、原価は適性値である30%弱を維持しています」
ビールは税込550円~、つまみは若者でも気軽に頼みやすい少ポーション・低価格のポテトサラダ(330円)や枝豆(440円)、おでん(220円~)など王道だけでなく、スクランブルエッグにブロッコリーとベーコンを添えた「酒場ブレックファースト」(660円)などのオリジナルメニューが並ぶ。「特別なことはしないが、期待通りのものを提供する」がモットーだ。
康太氏:「いらないことをしない。専門的なことは専門業態がやってくれますし、創作系などひねりを加えたお店も渋谷にはたくさんあるので、枝豆は茹でた枝豆、唐揚げはレモンを添えて出すという『味ブレのないシンプルさ』を大事にしています」
王道の大衆酒場メニューとフランクな接客、ライブ感のあるコミュニケーション。これらがそろい、店内は朝5時まで客足が途絶えない。その理由を康太氏は、「料理でも接客でも、数字の管理にしても、なんでもないような当たり前のことを徹底して続けることが大事だと思います」と語る。
自分たちが満たされて初めて、来店客を満たせる
将来的にはスタッフがさらに育ち、店主の砂田兄弟と同じように、常連客に見守ってもらえるようなお店にしたいという。
康太氏:「オープンから3ヶ月が経ちましたが、僕たちの接客スタイルや朝5時までの営業などが功を奏してして、良いお客様の層をキャッチできていると思います。今後はスタッフがさらに自分のキャラクターを出して、常連客に見守ってもらえるようなお店にしたいですね。綺麗事といわれるかもしれませんが、自分たちが満たされて初めてお客様を満たせると思うんです。だからまずは目の前にいるスタッフの人生に寄り添い、その子たちの幸せがお客様にも伝わるような明るいお店にしたいですね」
「アットホームという言葉は使いたくない」と言うが、学生アルバイトのスタッフが社会人になった時、ふと「大人気に行ってみよう」と、帰ってこられるようなお店でありたいという2人の想いがそこにはある。
兄の健太氏は「まだ手探り中ですが」と前置きしつつ、「店内でのコミュニケーションがさらに深くなれば、よりお客様に対する気遣いのレベルも上げられる。まずはそこを深めていきたいですね」と語った。
弟の康太氏は、2023年はさらにチャレンジしつつ「良い影響力を飲食業界に発信していきたい」という。
「もちろんお店を大きくすることだけがすべてではありませんし、人間関係やコミュニケーションとなどと言うのは綺麗事だと思う人もいるかもしれません。綺麗事を言うためには結果を作らないといけないので、これからも新たなチャレンジを続けたいです」。
渋谷というカルチャーの発信地で、若いエネルギーを集める大衆酒場「大人気(おとなげ)」。砂田兄弟やスタッフの成長とともに、今後も新しい飲食店の姿を見せてくれるだろう。
大人気(おとなげ)
創業:2022年8月17日
住所:東京都渋谷区道玄坂2-22-2 渋谷道玄坂1956 2F
電話番号:03-6455-3455
営業時間:18:00~29:00(無休)
坪数・客席数:18坪 40~45席
客単価:3,000円~3,500円
公式SNS:大人気(Instagram)