想像以上にアナログな業務が多い業界だと驚かされた
ホテルや旅館といった宿泊業界では、従来から売り上げや経費などの管理でアナログな業務が多く、従業員が深夜まで働き続ける環境が当たり前になっているという。実際、道後プリンスホテルでも同様の状況だったそうだ。当時の状況を佐渡社長はこう振り返る。
「私はもともと公認会計士をしており、18年間大企業から中小企業まで100社近くの会計監査やコンサルティングをしてきました。2019年に道後プリンスホテルに入社して宿泊業界に入りましたが、まず驚いたのは現場が想像以上にアナログだということでした。
IT化されていたのは予約システムのみで、それ以外の業務はすべて手作業で行っていたのです。旅館業というのはこんなに手作業の多い業界なのかと、たいへん衝撃を受けました」
社員間の伝達ツールは紙と電話のやり取りのみで、伝達漏れや伝達ミスが頻発し、従業員同士の「言った・言わない論争」に発展することも少なくなかったそうだ。社外への発注方法も電話とFAXがメインで、発注漏れや発注ミスがたびたび発生し、仕入れの履歴を確認できないという問題も発生していた。
「レストランや売店でも紙のオーダー伝票を使っており、注文内容を基幹システムへ入力する作業は従業員が夜通しかけて手入力で行っていました。オーダーを取るのは紙で、オーダー管理はシステムで、といったように部分的なIT化になっていたために作業の負担はアナログとそれほど変わらない状況に陥っていたのです」
このような状況下では基幹システムを導入していても効率的な業務ができず、費用対効果は低かった。また、深夜にわたる入力業務で従業員は疲弊し、若手社員の離職が増加していることも深刻な問題となっていた。
「負荷のかかる業務で従業員が疲弊してしまっているのを目の当たりにして、このままで大丈夫なのだろうか?と不安を抱きました。宿泊業界には根性論が根付いていて、『頑張ればどうにかなる』の精神で乗り越えようとします。しかし、それが結果的に若手社員の離職の増加につながってしまいました。『仕事自体は好きだけど、不摂生な生活になってしまっているので辞めたい』と言われてしまいます。この問題を打開するためにも、業務のIT化が必要だと感じました」
ジワジワと改革することで従業員の反発を回避
早急なIT化の必要性を実感した佐渡氏だが、やはりITツールの導入を推進しようとすると従業員からの抵抗が課題になったという。公認会計士の経験から、反発の声を無視して無理にIT化を推進しても成功にはつながらないと理解していたため、変化への抵抗を回避しつつIT化への道を模索することになる。
「私自身は旅館業の経験が浅い新参者です。そのようなものが強引に改革を進めても、従業員の抵抗を招いてしまうだけだと考えました。そこで意識したのが『ジワジワと改革すること』です。短期間でスパっとITツールを導入して終わらせてしまうのではなく、数年間かけてひとつずつ、着実に変えていくべきだと考えました」
佐渡氏自身は多くのクライアントのコンサルティング経験からIT化への抵抗感こそ無かったものの、宿泊業界のITツールの知識はそれほど豊富に持っていたわけではなかった。そこで、常に新聞やインターネットなどの情報へアンテナを張り巡らせて、分からないことを理解するように努めていったのだという。
「宿泊業の業務の中にもITに任せられる部分と人にしかできない部分があります。IT化できる部分はIT化することで、従業員はお客様へのおもてなしに集中できます。そうすることで、若手社員を含む社員定着率の改善を図るのも狙いのひとつでした」
社員と問題点を共有し、共に改革を実行することが大切
いくつもの改革を同時に行うと『二兎追うものは一兎も得ず』になる可能性があることから、道後プリンスホテルでは、以下5つの課題を順番にIT化で解決していくことにした。
- 清掃スタッフへの清掃指示のIT化
- 仕入れ作業の受注システム導入
- レストランのオーダーシステム導入
- お客様アンケート収集システム導入
- 勤怠システムのクラウド化
「従来、チェックアウトをされて退室したお客様の情報はフロントに集積されていたために、少しでも早く清掃したいと考える清掃スタッフは、フロントに電話して在室確認していました。しかし、朝のフロントはお客様対応で忙しく、すべての内線電話に対応する時間が取れません」
中には鳴り続ける内線電話の呼び出し音を止めるために、フロントの従業員が受話器を一度持ち上げてすぐに切ってしまうケースもあり、従業員同士の関係性が悪化していたという。この課題を解決するためにGoogleスプレッドシートを導入し、清掃スタッフがフロントへ電話確認しなくてもタブレットを操作するだけで清掃可能な部屋かどうかを確認できる仕組みを作り上げた。
ほかにも、調理場で日々発生する仕入れ業務をFAXや電話からインターネットのシステム操作に切り替えた。
「インフォマートの『BtoBプラットフォーム受発注』を導入しましたが、業務効率化に大きな好影響をもたらしてくれました。これまでは手作業で2週間程度かかっていた経理業務を3~4日にまで短縮できました。おかげで従業員の残業が大幅に減り、負担を軽減できました。発注は調理場にすべて任せていたのですが、システムを導入したことで経営者が発注状況を見られるようになり、経営判断を行いやすくなったのも良かった点ですね」
佐渡氏によれば、宿泊業界の料理長はIT化に積極的ではないことも多いという。そこで「若手スタッフ育成のために、受発注システムを導入して発注作業を若手にやらせてみないか」という説得方法を選び、現場のベテランの抵抗感を減らすことも功を奏したそうだ。
「レストランのオーダーシステムの導入の際は、導入前に数ヶ月間、私自身が従業員と一緒になって手作業で注文内容を入力する業務を行い、問題点の理解に努めました。現場の改革を行う時は、自らが現場に立って手を動かし、従業員と問題を共有することが重要だと思っています。その上で、実際に従業員がIT化の有効性を実感し、喜びを感じながら共にIT化を推進していくことが成功のポイントだと考えています」
さらにレストランのオーダーシステム導入によって、これまで深夜までかかっていた手入力がなくなり、従業員が早く退勤できるようになったという。
また、オーダーシステムに利用した携帯端末の操作は若手のほうが慣れていたこともあり、若手社員が積極的に関わったことも現場の活性化に貢献したようだ。若手の頑張りに刺激を受けたベテランスタッフらも、不慣れなシステムの操作を覚えようと前向きに努力するようになった。
道後プリンスホテルでは、客室のお客様アンケートをスキャンすると自動的に集計してもらえるシステムを利用してクレームやお褒めの言葉を検索できるようにしたり、勤怠システムのクラウド化を行って給与計算を紙からデータに切り替えたりといったIT化も行っている。
どの取り組みでも改革を急がずに、現場の理解を得るために「ジワジワと説得する」ことでIT化につなげるよう意識しているそうだ。時には操作方法が分からない従業員のもとに佐渡氏が自ら出向いて、操作を教える場面もあるという。
IT化とおもてなしのバランスを取りながら進めていくことが大切
IT化によってさまざまな業務効率化を実現している道後プリンスホテル。大規模なチェーンホテルとは違い、中小企業だと費用と効果のバランスを考慮しながらどの程度IT化を実現すればいいのかという課題が重要なのだと佐渡氏はいう。
「当館としても、IT化できていない部分はまだあって、追い求めていくと終わりがないと感じています。例えば、赤外線を使って大浴場の入場管理を行うシステムです。センサーで自動的に認識するシステムに切り替えると莫大な投資費用がかかるため、そこまでは到達できていません。また、お客様が客室に入ると自動的に電気がついてクーラーが入る仕組みを採用しているホテルもありますが、当館のように123室もあると、なかなか手が回らないのが現状です」
しかし佐渡氏は、現場のすべての業務をIT化することが望ましいわけではないと考えている。そこには宿泊業界ならではの「おもてなしの重要性」があるようだ。
「おもてなしが重要な宿泊業界では、IT化しすぎるとおもてなしの機会が減少し、顧客満足度の低下にもつながります。そうならないためにも、従業員はある程度お客様と接することは必要です。“おもてなし”というサービス品質の向上によって顧客満足度が向上すれば、「来てよかった、ありがとう」と言っていただける機会が増え、従業員の幸福度も向上する。このような好循環を生み出すことで、結果的に従業員の定着化につながっていくと思います。
道後プリンスホテルでは、IT化できる部分は積極的にIT化していく反面、お客様との接点を増やすために、例えば、温泉餅つき大会のような体験型コンテンツを数多く用意しています」
「これからは宿泊業単体だけでなく、地域一体となって旅行業、観光業を盛り上げていかないといけないと強く感じています。体験型コンテンツも自社だけでなく、他の地域・エリアとつながってさまざまな取り組みを打ち出すことで、選ばれる旅館になっていくのではないでしょうか。現状に満足せず、いろいろな取り組みを絶えず続けていく温泉地であることが大切だと感じています」
道後プリンスホテル株式会社
所在地:愛媛県松山市道後姫塚100
事業内容:旅館業・ダイニング・ラウンジ・料亭
代表者:代表取締役社長 佐渡 祐収
企業サイト:https://www.dogoprince.co.jp/