熟成に向いていたのは、A4、A5ランクではなく…
アメリカからの帰国後、徳山社長は熟成肉に関する勉強を重ねながら、和牛を使った熟成肉の試作に打ち込んだ。その結果、「听」の熟成肉に使われているのは、鹿児島県の平松牧場で専用に飼育された経産牛だ。
一般的に経産牛は未経産牛に比べ肉質が劣るといわれるが、食通や肉のプロの間では、出産数の少ない若いものなら味は牛の中で一番と評されているという。
「A4、A5ランクの和牛でも試してみましたが、熟成の旨みが全く出ませんでした。霜降りの脂が熟成の邪魔をするんですよ。それで、全国を奔走して理想の和牛を探す中で、鹿児島県の平松牧場さんと出会ったのです。平松社長には、『和牛を使って世界最高の熟成肉を作り、全国に広めたい』という想いをぶつけました。平松社長も意気に感じてくれて、うち専用の牛を共同開発してくださることになったんです」
通常、繁殖用の雌牛は生涯で10頭ほどの子どもを産むが、平松牧場では数頭しか産んでいない若い牛を「听」用として特別に飼育し直しなおしている。そうすることで良質な肉質をもつ経産牛『グランドマザービーフ』を作り上げた。
和牛の経産牛の頭数が減少している中、まだまだ子どもが産める若い牛は貴重な資源だ。平松牧場にとっても痛手だったはずだが、「本当に美味しい熟成肉を食べてもらいたい」という徳山社長の信念が平松社長の心を動かした。
「しかも、これだけ手間暇をかけて育てていただいていながら、一頭買いの定量仕入れのため、安く卸していただいています。仕入れ値が高ければ、お客様に安く提供できませんからね。平松社長は最初の頃、わが子のように育てた牛が、お店で安く提供されることに抵抗があったみたいですが、僕の想いを伝え続けるうちに理解いただけるようになりました。今では平松牧場さんも鹿児島で『听』のFC店舗を運営してくださっています」
理想の素材を手に入れた徳山社長は、次に熟成肉マイスターとして知られるエスフーズ株式会社取締役・澤真人氏を訪ねた。同社がもつ一頭丸ごと熟成可能な日本最大の熟成庫と全く同じ環境を整えたのだ。そして、そこで作り上げた熟成肉を武器に、その魅力を広く発信するために独自の店作りを進めていく。