焼鳥屋の店長に「大チェーンを作ろう」と誘われ焼鳥屋に
【Q】飲食業を目指されたのは、なぜですか?
初めて飲食業界に携わったのは、高校2年、3年のときのビアガーデンでのアルバイトでした。お客様との言葉のキャッチボールを含めて、大人の雰囲気を垣間見ることができて、とにかく楽しくて魅力的だと感じました。その時点ですでに、「将来はこういう業界で働いていけたら幸せだな」と思っていたんです。それで、高校卒業後、調理師学校へ入りました。
【Q】「鳥貴族」一号店を出店されるまでの経緯を教えていただけますか?
調理師学校を卒業してホテルで勤めていた時に、家の近所によく行く焼き鳥店があり、ある期間だけ「アルバイトをしてくれないか」と頼まれたんです。私は和食は目指していなかったんですが、これも勉強だと思いやってみたわけです。そしたら、その店長に働きぶりを認められて惚れられてしまったというか、一緒にお店をやろうと誘われまして。最後はその方の決め文句で、「俺とお前で大チェーン作ろう」ということを言われたんです。ですからその時は、店が好きというよりは、その方の夢に惚れて、ホテルを辞めてその焼き鳥店で働きだしました。
そのまま店長の片腕的な存在として約3年間、7店舗に広げるくらいまで一緒に働かせていただいたんですが、やはり自分なりのやり方、大きく言えば経営方針のようなものが出来てしまったので「もうこれやったら自分でやろう」ということで、1985年、25歳のときに鳥貴族を創業しました。
道頓堀への出店が最大のターニングポイント
【Q】チェーン展開はいつ頃からお考えでしたか?
鳥貴族の東大阪の1号店を出したときから、チェーン展開は考えていました。前の店に入るときに言われた、「一緒に大チェーンを作ろうよ」という言葉がきっかけで、経営に関する本を読んでいたのですが、そのなかでも一番感銘を受けたのが当時小売業日本一のダイエー・中内功氏のビジネスモデルでした。チェーン展開してメーカーや仕入先に対してバイイングパワーをつけて、もっと安い価格でお客様に喜んでいただける。チェーン展開をすれば日本中のお客様に何かインパクトを与えられると思っていたんですね。