義務化の背景と法改正ポイント
これまで熱中症対策は企業の自主的な努力に委ねられていたが、重篤な労働災害が後を絶たない現状を受け、法令による対策の義務化が進められることになった。
義務化の背景
2022年から2024年の3年連続で、職場での熱中症による死亡者数は30人を超え、労働災害が深刻化している。2024年は熱中症による死傷者数が1,257人に上り、うち31人が亡くなった。
近年、地球温暖化の影響により夏の暑さは異常な状況が続いている。熱中症による重篤な災害103件のうち100件が、初期症状の放置や対応の遅れがあったことが分かっている。このような初期対応の遅れが死亡事故につながるケースが多発したことから、より強制力のある義務化が必要とされた。
施行日と対象作業
労働安全衛生規則の一部を改正する省令は、2025年6月1日に施行された。対象となる作業は、「WBGT(暑さ指数)28度以上または気温31度以上の環境下で、連続1時間以上または1日4時間以上の実施が見込まれる作業」だ。
飲食店の厨房は、コンロやオーブンなどの加熱調理機器により高温環境になりやすく、この条件に該当する可能性が非常に高い。特に夏場の厨房では、外気温に加えて調理による熱が加わるため、WBGT値が28度を超える状況は珍しくないため、より注意が必要だ。
企業が負う義務
改正労働安全衛生規則により、企業は以下の義務を負う。
1.熱中症の自覚症状がある作業者や、熱中症のおそれがある作業者を見つけた者がその旨を報告するための体制整備および関係作業者への周知。 2.熱中症のおそれがある労働者を把握した場合に迅速かつ的確な判断が可能となるよう、以下の手順の作成および関係作業者への周知。 |
[出典]厚生労働省パンフレット「職場における熱中症対策の強化について」
1. 報告体制の整備と周知
熱中症のリスクがある作業を行う際、体調の異変に気づいた作業者や、それに気づいた周囲の者が即時に報告できる体制を整える義務がある。具体的には、報告先の明確化、連絡手段の整備、作業中の巡視や健康状態の相互確認などが挙げられる。
こうした体制は、該当作業の実施が見込まれる日の始業前までに整備し、関係者全員に周知しなければならない。ウェアラブル機器の活用も有効だが、それだけに頼らず複数の手段を組み合わせる必要がある。
2. 措置の実施手順の作成と周知
熱中症の重症化を防ぐための対応手順をあらかじめ整備し、現場ごとに周知する必要がある。
内容には、作業中に体調不良が見られた際の作業からの離脱や冷却処置、必要に応じた医療対応が含まれる。冷却方法は、水をかける、ミストファンを使用する、氷入り飲料を摂取させるなど、実情に即した手段を講じることが求められる。また、連絡体制や医療機関の情報も明記し、勤務後の体調悪化にも備える必要がある。作成した手順は、作業者全員に確実に伝えなければならない。
罰則について
法改正により、熱中症対策を怠った企業には厳しい罰則が適用される。
熱中症対策の実施義務に違反した者は、6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処され、法人に対しても50万円以下の罰金が科される。
また、特に死亡事故など重大な労災が発生した場合、企業の社会的信用や取引先との関係にも大きな影響を与えるため、「うっかり対策していなかった」では済まされない。
今すぐできる!飲食店の熱中症対策
飲食店、特に厨房での作業は熱中症リスクが非常に高い環境だ。コンロ、オーブン、フライヤーなどの調理機器からの輻射熱、高温の調理場での長時間作業など、複数のリスク要因が重なる。
さらに厨房スタッフは、料理の提供時間を優先するあまり水分摂取不足になりやすく、自分の体調変化を軽視しがちである。また、調理中は手が離せない状況も多く、初期症状に気づいても対応が遅れることもあるのが現実だ。
飲食店特有の注意点
飲食店の現場では特有のリスクが多く、スタッフ一人ひとりの注意だけでは限界がある。だからこそ、現場の実態に即した「対策」を講じることが、企業としての重要な責任となる。こうした現場の実態を踏まえ、飲食店の熱中症対策について解説する。
熱中症対策1:作業環境管理の徹底
高温多湿な厨房環境では、設備や休憩体制の見直しが不可欠だ。以下に、現場で実践できる作業環境の整備ポイントを整理する。
| 内容 | 対策 |
|---|---|
| 空調設備の見直し | 厨房専用の強力な空調設備を導入 ・換気扇の増設 ・局所冷却の導入 ・断熱材の利用 |
| 休憩環境の整備 | 涼しい休憩スペースを確保 ・15分ごとの短時間休憩 ・水分と塩分補給 ・体調チェック |
| 暑さ指数(WBGT)の測定 | センサーでリアルタイム監視 ・複数箇所での測定 ・基準値を超えたら作業調整 |
日頃からこうした工夫を積み重ねることが、熱中症を防ぐ第一歩となる。
熱中症対策2:従業員の健康管理と装備
熱中症リスクは、従業員の体調や装備の影響も大きく受ける。管理者として取り組むべき対策を、ユニフォームと健康管理の観点から整理する。
| 内容 | 対策 |
|---|---|
| ユニフォームの見直し | 熱をこもらせない服装に変更 ・通気性・速乾性素材の採用 ・白色系の色選択 ・クールベストの導入 |
| 健康状態の把握 | リスクの高い従業員の管理 ・出勤時の体温測定・体調や睡眠の聞き取り・持病・服薬状況の確認・年1回の健康診断の活用(既往歴などからのリスク把握) |
熱中症対策3:教育・緊急時対応体制の整備
従業員が適切に対応できるよう、平時からの教育と緊急時の備えを両輪で整えることが不可欠である。
| 内容 | 対策 |
|---|---|
| 熱中症に関する教育 | 初期症状を見逃さない知識を共有 ・パンフレットの活用 ・定期的な研修 ・注意喚起 |
| 緊急時の対応体制 | 救急時の手順・連絡体制の明確化 ・店舗内に対応マニュアル掲示 ・緊急連絡網の整備(店長・副店長など) ・搬送先の確認と共有 |
本部から指示した内容を店舗の従業員が守っているか確認するには、アプリなどの管理ツールを活用するのもいいだろう。
まとめ
2025年6月1日からの熱中症対策義務化は、飲食店経営者にとって新たな法的責任を意味する。しかし、これは同時に従業員の安全を確保し、持続可能な事業運営を実現するための重要な機会でもある。厨房という高温環境で働く従業員の命を守ることは、経営者の基本的な責務だ。今回の法改正を機に、より効果的な熱中症予防システムを構築し、安全で働きやすい職場環境を実現したい。
義務化への対応は、単なるコンプライアンス対策ではない。従業員の健康と安全を最優先に考えた職場づくりは、結果的に生産性向上、離職率低下、企業イメージの向上など、多くのメリットをもたらす。従業員の命を守り、事業を継続するために、熱中症対策を最優先の課題として取り組んでほしい。
[参照]
厚生労働省「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン(職場における熱中症予防対策)」
環境省「熱中症予防情報サイト」












