リスキリングとは?
リスキリングとは、主に「学び直し」「再教育・再開発」という意味で使われる言葉だ。時代の変化により求められる技術やスキルが大幅に変わる中、新たな業務や職業へ就くために必要となる知識やスキルを習得することを指す。
特に近年の飲食業界では、デジタル技術やクラウドサービスの発展に伴い、業務の自動化や省人化などに取り組む企業が増えている。しかしそれらの手段を活用するためには、IT系の専門的な知識やスキルを持った人材が必要となるが、そもそも適切な人員が社内にいないことも多い。
そこで経営者自身や従業員が、「新たな領域を見据えた現在とは異なるスキル」を習得することを目的としたものがリスキリングといえる。
リカレント教育やスキルアップとの違い
リスキリングと似たような意味で使われる言葉として、リカレント教育やスキルアップが挙げられる。
リカレント教育とは、就職後に一旦職を離れて学業に専念し、学んだ技術や知識を活かしてさらなるキャリアアップを図ること。リカレント教育は従業員が自主的に行いそれを企業側がフォローする形で実施する一方で、リスキリングは、企業が従業員に指示する形で行われ、業務と並行しながら必要スキルを身に付けていく教育方法だ。
また、スキルアップとは、一般的に現在の仕事に必要な知識を新たに取り入れ、さらに磨きをかけるという意味で使われることが多い。しかしリスキリングは、今の仕事とは違う領域へ対応するための学習という点で相違がある。
リスキリングが注目されている背景
リスキリングに注目が集まる背景としては、以下のようなことが挙げられる。
DXの推進やAI技術の発達
デジタル技術を活用したDXは、様々な産業が取り組んでいる業務改善の1つだ。加えて最近では、Chat GPTなどのAI技術を使用したサービスの発展も著しい。飲食業界においても、近年DXが盛んに取り入れられ、取り組んでいる企業も見られる。
ただしDXを行う上では、IT施策を実行できる人材の確保が課題となってくる。例えば、「今までアナログな環境で事務作業をしていたが、いきなりPCなどのデジタル端末で操作することになった」「オーダーシステムにタブレットを導入したいが、いまいち使い方が分からない」などのケースもあるだろう。
在庫管理や販売管理などのシステムを活用するには、従業員に新しいオペレーションに適応してもらう必要も出てくる。そこでDXへ対応するための人材を育てるために、リスキリングが必要となってくるのだ。
コロナ禍による働き方の変化
新型コロナウイルスの流行により、勤務や連絡手段などに大きな変化が起きた。接触を避けるために自宅でのリモートワークや、社内会議や顧客とのやりとりもオンラインツールの活用が一般的となった。
飲食店では、配膳ロボットや注文システム、セルフレジなどの導入が感染防止や人手不足対策の1つとして取り入れられている。
大手企業のリスキリング施策
海外の大手企業が、リスキリングに注力していることも理由の1つとして挙げられる。例えば、米アマゾンが、2025年までに10万人の従業員をリスキリングすると発表した。非技術系の人材を技術職に移行させ、IT人材がAIなどの高度なスキルを獲得することに取り組んでいる。
また世界最大のスーパーマーケットとして知られるアメリカのウォルマートでは、VR技術を用いた災害対応などの疑似体験を実施。ネット注文の店舗受け取りサービス「ピックアップタワー」の導入時には、事前にバーチャルで学ぶ機会を設け、DXに対応できる人材育成も行っているとのことだ。
参照:経済産業省「リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―」
リスキリングを行うメリット
リスキリングは、従業員のスキルアップの一環としてだけでなく、企業の利益や職場環境の改善などに繋がるケースもある。具体的にどんなメリットがあるのか見ていこう。
DXの導入がスムーズに進む
新たなITやIOT技術を導入する際には、外部機関の協力や専門的な知識やノウハウを持った人材の採用も視野に入れなければならない。しかしリスキリングにより、すでに社内の業務を把握している従業員を新しい業務へ配置転換することで、既存事業からの移行がよりスムーズになるのがメリットだ。
どの業務をシステム化するのか、どの程度の人員を割くのかなどを的確に判断できる人材がいると導入時のトラブルやリスクを減らすことができる。
業務の効率化やコストの削減
ITの活用やDXなどは、新規事業の立ち上げだけでなく、既存業務の自動化や省人化に繋がるものも多い。
例えば飲食店なら、在庫管理や発注管理システム、セルフレジや配膳ロボットの導入により、これまで人により対応していた業務の自動化などだ。そうした取り組みによりルーティン化できる業務や、システムで管理したほうが正確で速い作業を効率化することで、慢性的な人手不足の対策や人件費の削減などにも貢献できる。
【飲食店のDX例】
●店舗(顧客視点)
予約 | ウェブ、スマホアプリ |
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来店、ウェイティング | ロボットによる自動ウェイティング、顔認証システムチェック、自動チェックイン |
席への案内 | ロボット テーブルナンバーへセルフ |
オーダー | 卓上端末や自身のスマホによるセルフオーダー |
商品提供 | ロボット、自動配膳 |
会計、退店 | キャッシュレス、セルフチェックアウト(クレジットカード、IC、指紋) |
●マネジメント(企業視点)
メニュー開発 | ビッグデータとAI活用、SNS配慮のクリエイティブ |
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商品の製造 | 省人・省力化対応の厨房システム、機器 |
採用 | ウェブ募集、タブレット面接、グローバル対応 |
研修 | eラーニング、マニュアル・人事考課のデジタル化 |
店舗マネジメント | シフト、レジ締め、棚卸、発注、営業分析、清掃の自動化 |
本部マネジメント | 管理部門・営業部門の電子化、業務のスリム化 |
マーケティング | 販売促進のデジタル化、SNS・AI活用、顧客動機にあった情報発信 |
Webカメラ | 顔認証、防犯システム、集客状況の確認 |
物件開発 | 情報、分析、エントリー |
社内に良い循環が生まれる
リスキリングで今までにない知識や技術を学ぶことで、会社の求める目的に向かって従業員のスキルアップを図ることができる。
また特別な役割を与えることで責任感が増し、自発的に行動する人材を生み出しやすい。業務に対する意欲が高まれば、「習得したスキルがこの事業に役立つのではないか」「次に学ぶべきはこの技術ではないか」といった職場環境の改善や新しいアイデアの創出にも期待できる。
リスキリングの導入ステップ
リスキリングを導入するには、適切な順序で実施することが重要だ。
まずはどんなスキルが必要なのか、どのような学習内容にするのかなどを明確にしてから社内での学習体制を整えよう。また一部の従業員だけに実施するのではなく、企業の価値を高めるには社内全体で取り組めるようにすることも重要だ。
1.自社の戦略や方針に基づいたスキルの選定
今後、どんな業務の領域が変化していくのか、どの事業を拡大させるのかを基準に人材育成で必要となるスキルを選定する。
例えば、飲食店を例に挙げるなら「テイクアウト事業の拡大」「管理システムやセルフオーダーシステムの導入」「WebサイトやSNSを活用した販路拡大」「IT・AI技術を活用した業務の自動化」など様々だ。
一方で、従業員の保有しているスキルを把握することも重要だ。学習する内容を決める際の参考になるだけでなく、調査することで実はデジタル領域に強い人材などが発掘できるケースも考えられる。
2.学習内容を決める
教育プログラムには、研修や講座の開催、Webツールや教材の配布など様々な方法がある。自社で用意するのが困難な場合には、外部から講師を招いたり学習コンテンツを取り入れたりすることも視野に入れると良い。
3.計画した教育プログラムの実施
各従業員への周知、教育プログラムの取り組みを行う。実施方法については、従業員の業務内容や時間に応じて、「個人でやるのか集団でやるのか」「どの程度の時間を学習に割くのか」などの適切なボリュームを設定しておきたい。
休憩時間や就業時間外だと従業員の負担になってしまうため、プログラムを就業時間内で取り組めるようにすることも大切だ。
また自主的な学習内容にする場合、いつでも閲覧できるようなオンライン講座などのデジタルコンテンツを用意しておくと、隙間時間などにも活用しやすいだろう。
4.習得スキルを実際の業務に活かす
ただ従業員が学んだだけでは、リスキリングで学習した内容が時間とともに薄れていってしまうため、習得したスキルを活用できる場所や機会を与えよう。
例えば、「社内インターンシップ」といった他部署へのお試し配属制度を作ることが挙げられる。実施結果をもとにフィードバックや分析を行うことで、さらなるスキルアップが期待できる。
リスキリングを導入するためのポイント
リスキリングを成功させるには、以下の点もおさえておこう。
・従業員への事前周知や協力体制を築く
・取り組み内容に応じた評価制度を作る
・自社で取り組むのが難しい時は外注も視野に入れる
従業員の協力なしではリスキリングの実施と、会社の新たな取り組みの実現は成り立たない。前向きに取り組んでもらうためにも、リスキリングの必要性の社内全体への周知や、実施内容に応じた評価制度を作るなど、実施に当たっての環境づくりや、組織の今後の方針についても検討が必要な場合もあるだろう。経営者や経営企画、人事などの担当者はその点もぜひ考えてきたい。
また自社でリスキリング実施のための教材やコンテンツを全て用意するのは、決して簡単なことではない。外部講座の利用や、アウトソーシングなども視野に入れると良いだろう。
飲食業界のリスキリングとDXとの関係性
そもそも飲食業界では、紙媒体や電話でのやりとりといったアナログ業務が依然として残っているのが実情だ。しかし、それらの業務はDXやITツールの導入などで大幅な改善が見込めるケースが多い。
コロナ禍により非対面や非接触のニーズが増えたことや、人手不足などといった業界の課題も飲食業界のDXを後押ししている。いきなり大規模な改革を行うことは難しくても、社内のデジタル化を進めていくきっかけとして、リスキリングは有効な手段となるだろう。
今後の飲食業界で活躍する人材を創出する
飲食業界が抱える多くの課題を解決する手段としてITの活用が注目を集めており、DXを推進している企業も増えてきている。
こうした飲食業界の変化に対応していくためにも、新しい分野で活躍できるような従業員の育成やスキルアップが欠かせない。ぜひこの機会に、社内のリスキリングや自社のDXについて検討してみてはいかがだろうか。