データ活用の本質と企業の取引データの可能性

工学系研究科 システム創成学専攻
講師 早矢仕 晃章 氏
東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 講師 早矢仕 晃章 氏(以下、東京大・早矢仕講師):AI活用の時代において、“データは石油”と言われます。しかし、価値があるのはデータそのものではありません。石油だって、それ自体をもらって喜ぶ人は少ないでしょう。
データを使って得られた知見、製品、サービスを届けたときに、初めて価値が生まれます。言い換えれば、価値の源泉はデータをどう加工するかという、人間の知識とスキルそのものです。
ビジネス業界では、企業が持つ購入、予約、契約、解約、問い合わせなどの様々な取引データは、履歴で構成されます。住所や電話番号のような静的情報と違い、時間とともに変化する点が特徴です。私は、この取引データが企業の意思決定に3つの形で有効だと考えています。
まず、誰が何をどのように取引しているか実態を把握することで、顧客理解が進みます。次に、その理解をもとに、一人ひとりに最適化した体験や提案へとつなげるパーソナライゼーションが実現します。さらに、需要の見通しや既存サービスの品質改善、新規サービスの企画といった未来予測に活かせます。
取引データにAIという新たなツールを組み合わせることで、活用の幅はさらに広がり、サービス業では既存サービスを土台とした新しい価値の創出が期待できます。
サービス業の経営戦略~人間主体とクリエイティブな時間の創出

代表取締役社長 藤﨑 忍 氏
株式会社ドムドムフードサービス 代表取締役社長 藤﨑 忍 氏(以下、ドムドム・藤﨑社長):外食事業では、蓄積された売上データを分析することで、適切な人員配置や売上予測につながります。
しかし、当社の現場スタッフの中には、ハンバーガーを作ることには長けていても、パソコンの立ち上げや複雑な操作は難しいという人もいます。データ分析のための入力作業などは、現場にとって大きな負荷となるのです。
このハードルをなくすには、まずデータの蓄積を自動化することが重要です。自動化することで、データ活用はもちろん従業員の作業時間が創出され、人件費率の低下や効率化が実現します。
実際に、私がアパレルや居酒屋経営をしていた時、売上や販売数の集計は手作業で行っていました。そこからPOSの先駆け的なシステムを導入したことで、オーダーから会計処理までの時間が大幅に短縮されました。お客様の待ち時間の解消、店舗回転率の向上、従業員の締め作業の簡略化に直結し、経営効率が改善できたのです。
レジにPOSを導入したことで効率が上がった時、私はその空いた時間を使って、お客様にしっかりお礼が言えると感じました。伝票を打つ時間に奪われていた分、人間的なコミュニケーションに時間を充てられるようになったのです。
当社では、データの自動蓄積は入力作業以外にも様々な面で役立っています。店舗巡回時に見る冷蔵庫の温度管理表や、清掃状況などのチェックリストは、紙やPDFでの管理からスマホアプリに移行しました。これにより、データを継続的に蓄積できるようになりました。
他にも、全店の店長間で情報共有ツールを使っています。これにより、本部と現場の1対1の連絡から、全員が情報共有できる状況になり、現場の知見共有が進みました。
ただし、導入して終わりではありません。配膳ロボットにしても、お客様がお帰りの際には笑顔でお見送りするといった人による対応を充実させるべきです。AIで創出された時間で、メニューやグッズ開発といったクリエイティブな業務に注力すべきでしょう。

代表取締役社長 富田 直美 氏
株式会社hapi-robo st 代表取締役社長 富田 直美 氏(以下、ハピロボ・富田社長):現代では、生成AIが世界中の成功・失敗データに基づいて分析結果と答えを提示するため、人間は分析作業そのものが不要になります。実際、やりたいことを明確に入力すれば、膨大な勉強や調査をすることなく、参照したい事例の抽出や原稿のたたき台作成までできます。必要なのは、使う側がどのような成果を得たいのか、狙いを定めることです。
そして、これから必要なのは、人間的な知恵、知識を用いて人を恵むこと。AIは愛。愛を追求して人を幸せにすることです。藤﨑社長が言うように、人は人にしかできない部分に注力する必要があります。
東京大・早矢仕講師:確かに、AIが進化するほど、人間性の大切さが注目されます。AIアナウンサーが良い例です。効率的であっても、それを聞いた人がどう感じるか、受け入れられるかを考えなければ、サービスとして成立しません。
サービス業では特に、テクノロジーを道具として使って、受け手の人間がどう感じるかという人間的なデザイン設計が重要です。この考えは、作業を機械任せにするのではなく、プロセスの随所に人間の判断を挟むことでビジネスや社会活動の成果が向上するヒューマン・イン・ザ・ループというものです。
現在、AIは鉛筆やボールペンのように身近なツールになる過渡期にあります。ニュースに飛び交っている技術に追いつこうとするのではなく、原点に立ち返り、自らの役割をどう果たすべきか、何のためになるのか、考えてみることが適切な活用につながるのではないでしょうか。
サービス業とデジタルの共存~未来への提言
ハピロボ・富田社長:AIに置き換えられる業務は移して構いません。それで人の雇用がなくなるのなら、経営者の責任です。業界を問わず、人として生きる中で、いかに相手をにっこりさせられるかを考えるべきです。人との関係で得られる幸せを基本として考える必要があるでしょう。
東京大・早矢仕講師:真のデータ活用のためには、データを使って何ができるのかを愚直に言葉にしていくことが求められます。一方で、AIへの入力内容によって返ってくる情報の質が変わるため、リテラシーを向上させる必要があるでしょう。価値は、コミュニケーションの中から私たち自身が発見していくものです。
ドムドム・藤﨑社長:外食業界の人材不足が進む中、当社でもロボットやAIの活用は進めたいと考えています。その目的は、人が人にしかできないサービスやクリエイティブな仕事に時間を充てることです。お客様や従業員に対する思いを持ち、人間らしい部分を大切にしたサービス業を営んでいきたいですね。












