BCPとは
BCPとは「Business Continuity Plan」の略で、事業継続計画ともいわれている。主に自然災害や感染症拡大などの緊急事態から、企業が継続的な事業や早期復旧に向けた方法をまとめておく計画のことだ。
特に日本は、諸外国と比較しても自然災害の多い国という印象が強い。さらに近年では新型コロナウイルスの流行により、突然の欠員や営業時間の短縮・停止などの制限も発生している。
そうした様々な危機的な状況下にあっても、人々へ安定して食料を供給することは必要なため、各食品事業者のBCP対策が望まれている。
従来の防災との違い
東日本大震災や熊本地震などの大規模災害により、企業の防災に対する認識は年々高まってきている。とはいえ、従来の防災とBCPでは何が違うのか。重複する内容もあるため混同してしまいがちだが、それぞれ異なる目的や指標などがある。BCP対策への意識を明確にするためにも、両者の違いについて把握しておきたい。
防災 | BCP | |
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目的 | ・災害による被害の拡大を防止し未然に防ぐ ・被災した際の復旧作業 | ・重要な業務の継続 ・早期復旧 ・企業やサプライチェーン全体の対応 |
指標 | ・死傷者数 ・物的損害額 | ・目標復旧時間 ・目標復旧レベル ・自社の経営や関連事業者などへの影響 |
防災は災害の原因を防ぐ・拡大を防止するのに対して、BCPは災害が起こった結果のありとあらゆるリスクに備える点で異なる。そのため1つの工場や事業所単位で考えるだけでなく、卸売や製造工場、運送業者などのサプライチェーン全体での視点を持つことが重要だ。
事業継続基本計画書の作成
BCPを実施するには、まずどのような対応を行うかの「基本方針の策定」、適切な情報共有や連絡網を確立する「危機管理体制の構築」、緊急時でも優先すべき「重要業務(製品)の選定」などをまとめた事業継続基本計画書を作成する。
農林水産省や中小企業庁では、基本計画書のひな形も掲載されているため、自社で立案する際に活用しよう。
参考:農林水産省「事業継続計画書(PDF)」
参考:中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」
基本方針の策定
どんな事態を想定していても、実際に災害などが起こると想定通りに動けないことも多々ある。そのため、普段の業務とは異なる行動で判断の迷いが生じないよう、明確な基準として基本方針を設定しておくことが必要だ。具体的には、以下のようなもの。
・人命の安全確保(社内の従業員、関連会社や協力会社などの従業員、顧客など)
・被害の拡大や二次災害を防ぐ
・緊急時に望まれるサービスや商品を優先的に供給する
・自社の経営や従業員の雇用を確保する
・地域への貢献や共生を実施
特に人命の安全確保や二次災害の発生防止は、取り返しのつかない事態に陥ることも想定されるので優先的に実施すべきだ。地域の行政や企業などとの連携も、よりスムーズな食料の供給などにつながるため、可能な範囲で取り組むべき事項として挙げておく。
危機管理体制の構築
危機的状況下においては、どんな問題が発生しどの程度の被害状況なのかを知るための情報収集、集めた情報からどのように対応するかの意思決定が必要だ。また時間が経てば状況も変わるため、その時々で適切な指示が求められる。
そうした際に迅速かつ柔軟な対応を行うには、対策本部の設置と指揮系統の確立が必要不可欠だ。以下のような役割を持ったメンバー選定をしておこう。
・最終的な意思決定を行う統括本部長(経営者)を決める
・情報収集や各部署への連絡
・取引先や行政、業界団体などとの対応
・顧客からのお問い合わせや情報提供、苦情などの対応
・状況の調査と分析
・対策の立案
対策本部では、「自社の対応」「業務の運営」「社外との連携」などを意識し、各従業員や社外の関係者などとの情報共有が円滑に行えるよう組織化する。また既存の防災対応時に定めている対策本部を、BCP対策として活用するのも1つの手段だ。
重要業務(製品)の選定
危機的状況下では、平時と比べて人員や原材料、資金などの様々な経営資源が大幅に制限される。そのためBCP対策として、事業を継続するために必要な「優先的に復旧や維持する重要業務や製品」を事前に決めておく。
農林水産省の資料では、食品事業者として判断基準となる項目を3つ挙げている。
・社会的責任
・サプライチェーンの維持
・自社の財務への影響
参考:農林水産省「食品産業事業者等の事業継続計画(BCP)の推進」
例えば業種毎では、次のような工程となる。
・食品工場:原材料の仕入れや保管、調理や加工などの製造業務、出荷など
・卸売業:商品の納入や在庫管理、配送業務など
・小売業:商品の受発注、検品や品出し、接客や決済などの販売業務など
最初に決めるべきなのは、自社の中でも優先して供給したい食品(重要製品)だ。対象となる食品に関わる全ての作業を洗い出すことで、自ずと必要になる重要業務が見えてくる。
災害ごとに事業継続計画書を作成
具体的なBCP対策は、事業継続基本計画書を元にして、地震や感染症拡大などの災害、重要製品に応じて様々な対策を立案してまとめた事業継続計画書に基づいて行われる。事業継続計画書には事前準備から災害時の対応、目標の復旧時間と復旧レベルなどを記載する。さらにチェック項目などを設けることで、緊急時に必要な資源が足りているか、適切な対策ができているかを改めて確認することが可能だ。それにより、不十分な部分の改善を図るための判断材料にも活用できる。特に下記の3つのポイントを挙げ、重点的に対処することが必要となる。
●どのくらい業務が中断しても許容できるか
●重要な業務を継続し続けられるか
●目標となる復旧時間
例えば、地震や洪水といった災害が発生すると、その近辺で活動している製造ラインや拠点の一時停止が余儀なくされてしまう。「複数の拠点を設ける」などのリスク分散を行うような対策がBCPへの取り組みである。具体的にどのような項目を設けるべきか、農林水産省の資料を参考に解説していく。
参考:農林水産省「事業継続計画書(PDF)」
想定される被害状況
想定する危機的状況の内容によって、不測の事態に陥る場所や業務は異なる。まずはどのような災害が発生するかを定め、それぞれの状況に応じた被害状況を想定することが重要だ。
【想定される災害の例】
・地震や台風
・津波、洪水
・感染症の流行(新型インフルエンザ、新型コロナウイルス)
地域によって発生しやすい災害は異なるため、自社の場合を想定した被害状況の設定も意識してほしい。例えば地震の場合、以下のような被害状況が想定される。
【地震の被害】
項目 | 被害の内容 |
---|---|
インフラ関係 | ・電気やガス、水道が発災から○○日程度の停止 |
情報通信 | ・通信規制により、○○日ほど電話が繋がりにくくなる ・停電などにより、インターネット通信の利用が○○日できない ・送信遅れが発生するものの、当日からメールは使用できる |
交通事情 | ・被災現場の近くは一般車両の通行が禁止 ・近辺の道路で車両の渋滞が発生 ・鉄道の運行が○○日ほど停止 ・物流関連の輸送が困難になる |
従業員 | ・職場や自宅で物が倒れてきて負傷する ・交通機関の一時的な停止により出社できない |
建物 | ・耐震性の低い建物が倒壊 ・天井の一部や窓ガラスが破損 |
設備 | ・停電により冷蔵庫や温蔵庫が停止 |
製品や備品 | ・落下による破損や変形 ・設備の停止により、食品の温度管理が不十分となる |
情報管理 | ・固定していないパソコンやサーバーが転倒して損傷 ・停電により業務途中のデータが損失 |
初動の対応
災害の発生時には迅速な対応が求められるが、まずどんな行動から実施すべきなのかを明確にしておく必要がある。基本方針で定めた内容に沿って、行動や確認する項目を挙げていく。
【初動対応の例】
・従業員や顧客の安否確認
・従業員の帰宅や現場に残留する際の支援
・被害状況の確認、情報の収集
・二次災害を防止するための措置を実施
・取引先や顧客への対外的な情報発信
特に被災情報の収集に関しては、様々な情報が錯綜することもあるため、厚生労働省のWebサイトなど信頼性の高いソースを参照するべきだろう。
事業の継続・復旧目標の設定
自社の重要業務を継続・早期復旧するためには、BCP対策を行う基準や目標復旧時間・復旧レベルなども明確に設定しておかなければならない。もちろん災害発生時の状況や業種によって基準は異なるため、それぞれの復旧内容を想定しておくことで、より多くの危機的状況に対応しやすくなるだろう。
【食品工場の例】
目標復旧時間 | 地震発生後、○日以内に工場の稼働再開、重要製品の供給を開始する |
目標復旧レベル | 通常時と比べて70%ほどの供給量を確保 |
【小売業の例】
目標復旧時間 | 地震発生後、○日以内に商品の販売を再開する |
目標復旧レベル | 通常時と比べて50%ほどの販売量を確保 |
重要業務を継続するための具体策
事業継続基本計画書で選定した重要業務(製品)を継続するには、相応の経営資源や人員リソースが必要となる。しかし被災時は、通常時と比べて利用できる資源も少ない場合もある。そこで業務の継続に必要不可欠な項目をピックアップし、どうすれば課題を解決できるか対策方針を打ち出すことが必要だ。
【人的資源への対応策】
災害時の責任者不在 | ・BCP対策の代行責任者となる従業員を決めておく |
交通機関の停止などによる人員不足 | ・非常時のマニュアル作成、従業員への周知徹底 |
新型コロナなどの感染拡大 | ・従業員には出勤前の検温を義務化 ・現場の入場時にはアルコール消毒等の実施 ・工場見学や職業体験の中止 |
被災時には、様々な理由で従業員の欠員が出ることが想定される。出社できない場合には自宅待機、速やかに職場への連絡をするなどのマニュアル作成が必要だ。また策定した内容は、日頃から従業員への教育などで周知徹底しておくことも重要である。
【物的資源への対応策】
自然災害による設備や機器の損壊 | ・機器や設備が落下、転倒しないように固定する ・余剰在庫の確保 |
建物の崩壊による稼働停止 | ・定期的な耐震診断、耐震補強の実施 ・代わりとなる拠点の確保 ・全ての拠点で重要業務を実施できる設備を設ける ・同業他社と被災時の協定を結ぶ |
輸送経路の封鎖などによる原材料不足 | ・原料調達を複数の取引先から行う ・輸送経路をトラックや鉄道コンテナなど分散させる |
緊急時には施設や製品だけでなく、各備品の納入が滞ることも考えられる。食品原材料などは在庫を持ちすぎるとフードロスに繋がるリスクもあるが、トレイや包装パッケージ、トイレットペーパーなどの備品については備蓄しておいて損はない。
【情報システムの対応策】
サーバーやPCの破損によるデータ紛失 | ・基幹システムやサーバーの耐震補強 ・定期的なデータのバックアップを実施 ・重要データの管理をクラウドサービスへ移行 |
被災時の通信、接続規制 | ・自社の被災状況を発信できる媒体の確保(Webサイト、SNSなど) ・緊急時における顧客や取引先との連絡先の共有 |
自社内でシステムを構築していると、災害時にデータの紛失や機能不全などが起こりえる。そうしたリスクを軽減するには、クラウド型の管理システムを導入するのもひとつの手段だ。クラウド型システムは被災時にも安定的な利用と早期復旧などが実現しやすく、BCP対策に向いている。例えば発注・受注データをクラウドでやり取りする「BtoBプラットフォーム 受発注」などは災害などによって受注情報を紛失するリスクが少ない。
BCP対策によるリスク管理は、企業の信用にも大きく影響
地震や台風、感染症の拡大といった緊急事態は、想定できるものもあれば、いつどこで発生するか分からないものもある。特に自然災害は急なインフラの停止や交通機関の麻痺など、想定外の事態が起こって事業の継続が困難になるケースも多い。
しかし食品事業者は、非常時においても人々の食生活を支えるという点で、なくてはならない事業である。いざという時の対応で会社の信用に大きく関わってくるため、より適切なリスク管理を行う意味でもBCP対策に取り組むべきといえるだろう。