III 名誉毀損被害への民事上の対処法
インターネット上で名誉毀損の被害に遭ってしまった場合の民事上の対処法としては、投稿の削除請求や発信者情報開示請求、損害賠償請求、名誉回復措置請求が考えられます。そこで、以下では、これら対処法の内容及び要件について、個別に検討していきます。
1 削除請求
SNSへの投稿等によって自己の名誉が毀損されたと考える場合、名誉毀損の原因となっている投稿自体の削除を求めることが考えられます。
(1)任意交渉
名誉棄損が成立するような投稿を発見した場合、まずは当該投稿を、任意に削除するよう求めていくことが考えられます。ただ、特に口コミサイト等では、投稿者本人を特定し、直接削除を求めることは困難であることが多いといえます。
そこで、以下では、当該投稿がなされたサイトの管理者等に対して削除を求める方法について概説します。
ア オンラインフォームやメール等による請求
サイト内にオンラインフォームがある場合や、メールアドレスが記載されている場合、これらを利用して削除を求めることができます。実際、多くのSNS・口コミサイト等では、オンラインフォーム等を通じた任意交渉の手段が設けられています。
この方法による場合、後述する書面での削除依頼や裁判手続と比べて、迅速な対応を期待でき(早ければ1日から数日で回答を得られる場合もあります)、被害を早急に食い止める上で有効な手段といえます。ただし、任意交渉である以上、削除依頼に応じるか否かはサイトの管理者等の判断に委ねられることになります。
以下では、主なSNSにおける削除依頼の方法の概要を整理します(2023年8月30日時点)。
X (旧Twitter) | ・【https://help.twitter.com/ja/forms】にアクセスし、又は「Twitter ヘル プセンター」若しくは「X ヘルプセンター」で検索 ・「X ヘルプセンター」のページ上で、「Twitterにおける安全性や、センシティブなコンテンツに関する懸念」をクリックし、手順に従い手続 |
・アカウント所持者は、各投稿右上に表示された「…」をクリックし、「投稿を報告」をクリックして、報告内容を選択 ・その他、【https://www.facebook.com/help/】にアクセスし「ポリシーと報告」を選択、又はFacebookの自己のプロフィールから「その他」・「ヘルプとサポート」をクリックし、手順に従い手続 | |
・アカウント所持者は、各投稿下部に表示された「…」をクリックし、「報告する」をクリックして、報告内容を選択 ・その他、【https://help.instagram.com/】にアクセスし「プライバシー、セキュリティー、報告」を選択し、手順に従い手続 | |
・【https://support.google.com/legal/answer/3110420】にアクセスし、「リクエストを作成」を選択して、手順に従い手続(Googleマップに紐づけられた口コミ等の投稿につき削除を依頼する場合、報告対象のコンテンツとして、「Googleマップと関連プロダクト」を選択) | |
YouTube | ・Googleと同様(報告対象のコンテンツとして、「YouTube」を選択) |
イ テレコムサービス協会の書式に基づく書面による請求(送信防止措置依頼)
一般社団法人テレコムサービス協会が作成したガイドライン(※)に掲載されている書式に基づいて、書面により削除を求めることもできます。ただし、任意の削除を求める点はオンラインフォームによる場合と同様なので、必ずしも削除に応じてもらえるとは限りません。また、回答までに一定の時間がかかるため、最初から裁判上の手続きをとってしまった方がよいことも多いといえます。
※ 一般社団法人テレコムサービス協会「プロバイダ責任制限法 名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン」(最終改正:令和4年6月)
(2)裁判上の手続
任意交渉の場合、削除の求めに応じるかどうかは、サイト管理者等の判断によります。そこで、対象者としては、投稿の削除をより確実に実現すべく、裁判上の手続を行うことが考えられます。
具体的には、民事保全法上の仮処分手続(※)を利用して、削除を求めていくことが一般的です。通常の訴訟より迅速に手続が進行する点が特徴で、1~2ヶ月程度(早ければ1~2週間程度)で、結論が出ることも多いといわれています。
仮処分命令はあくまで暫定的な処分を命じるものに過ぎませんが、投稿の削除に応じるサイト管理者等も多く、任意交渉(⑴)よりも救済の実効性が高いといえます。
※ 通常の訴訟手続を利用することも考えられますが、例外的な場面に限られるため、ここでは割愛します。
2 発信者情報開示請求
インターネット上の誹謗中傷により名誉を毀損された場合、投稿者に対して損害賠償を請求すること等が考えられます。しかし、投稿が匿名でされている場合等、投稿者が誰であるのかを特定することは困難を伴うことが多くあります。そのような場合に、プロバイダ等に対して、投稿者を特定するために必要な情報、具体的には投稿者の氏名や住所等の情報を開示するよう請求していくことになります。これが、発信者情報開示請求です。
(1)任意交渉
発信者情報開示請求においても、弁護士会照会やテレコムサービス協会の書式を用いて任意に開示を求めていくことは可能です。しかし、プロバイダ等から情報開示を拒否されることが多く、裁判上の手続を利用することが一般的です。
(2)裁判上の手続
発信者情報開示請求については、令和3年4月に特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)の一部を改正する法律が成立し、令和4年10月1日に施行されました。そして、同改正により、「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」が創設されました。
そこで、以下では、この「発信者情報開示命令事件に関する裁判手
ア 従前の手続
一般的に、SNS事業者等は投稿者の住所や氏名等の情報を有していません。そのため、発信者情報の開示を請求するには、従来、2回にわたる下記裁判手続を経る必要がありました。
・SNS事業者等から、投稿者のIPアドレス(※)等の開示受ける手続
・当該IPアドレス等から判明する投稿者利用の通信事業者等から、投稿者の氏名や住所の開示を受ける手続
また、これに先立ち、手続中に通信記録が消滅しないよう、その保全を別の仮処分手続等で求める必要もありました。
※ ネットワーク通信を行う場合に割り振られる、ネットワーク上の住所のような役割をする番号。
イ 「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」の概要
発信者情報の開示請求のための新たな裁判手続(非訟手続(※))として、「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」(改正法第4章(8条~))が創設されました。
※ 訴訟以外の裁判手続をいい、訴訟に比べて手続が簡易で、迅速に事件を処理することが可能です。
具体的には、裁判所において、下記の被害者からの申立てを一体的に取り扱うことができるようになりました。
・SNS事業者等に対する「発信者情報開示命令」の申立て(改正法8条)
・SNS事業者等が保有するIPアドレス等によって特定される、当該投稿に関与している通信事業者等の名称等の情報を提供するように求める「提供命令」の申立て(改正法15条1項)
・当該通信事業者等に対する「発信者情報開示命令」の申立て(改正法8条)
・当該通信事業者等に対し、審理中に発信者情報が消滅しないよう、その消去の禁止を求める「消去禁止命令」の申立て(改正法16条1項)
新制度によれば、投稿者の氏名や住所の開示を一つの手続きで求めることができるようになるため、被害者の時間的・経済的な負担の軽減等の効果が期待されています。
3 損害賠償請求
インターネット上の誹謗中傷によって、自身の名誉が毀損されたと考える場合、発信者情報開示請求手続によって特定した投稿者に対して、財産的損害の賠償や、精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを請求することも考えられます(民法709条、710条)。
ただし、財産的損害(例えば、投稿を理由とした飲食店の売上減少等)については、その損害が誹謗中傷に起因するものであるか否か、因果関係の立証が困難であることも少なくありません。また、精神的苦痛に対する慰謝料請求が認容される場合でも、その金額は数十万円~100万円程度に収まるケースが多いのが現状です。
このように、損害賠償については、インターネット上の誹謗中傷が及ぼす悪影響に比して、必ずしも被害者救済のために十分とはいえないことが問題視されています。
4 名誉回復措置請求
被害者は裁判所に対し、投稿者に対する損害賠償請求に代えて、又は損害賠償請求と共に、名誉を回復するのに適切な処分を命ずるよう請求することができるとされています(民法723条)。
インターネット上の名誉棄損における名誉回復措置としては、謝罪広告や訂正広告等を、投稿者が、自身のサイト等に掲載することなどが考えられます。ただし、謝罪広告等の名誉回復措置請求は、金銭賠償のみでは被害者救済として十分といえず、名誉回復のために謝罪広告等を認める必要性が特に高い場合に限り、認められるにとどまります。裁判例において、謝罪広告等まで認められたものは相当少ないといえます。
IV 刑事上の対処法
ここまで、名誉毀損被害に遭った場合の民事上の対処法について概説してきましたが、投稿が刑罰法規に反する場合には、刑事上の処罰を求めることも可能です。
名誉毀損罪(刑法230条)の成立要件は、民事上の名誉毀損の成立要件と基本的に同様ですが(刑法230条の2第1項参照)、事実摘示型のみが対象となる点に注意が必要です。意見・論評型については、刑事上、侮辱罪(刑法231条)による処罰可能性が存在するにとどまります(※1)。また、名誉毀損罪は親告罪(※2)なので、被害者等が刑事告訴を行う必要があります(刑法232条1項)。
※1 名誉毀損罪に関する刑法230条1項は、「事実を摘示し」と定める一方、侮辱罪に関する刑法231条は、「事実を摘示しなくても」と定めています。
※2 被害者等による刑事告訴なしに検察官が公訴を提起することのできない罪のこと。
V 最後に
インターネット上の名誉毀損が問題となる場合には、本記事で紹介した内容に限らず、様々な事項について、その対応をケースバイケースで検討する必要があります(例:検索エンジンに対する検索結果の削除請求、サイト管理者に対する損害賠償請求等)。
特に、食品・飲食事業の場合、インターネット上の名誉棄損により、事業へ大きなダメージが生じてしまうことも珍しくありません。不幸にも被害に遭ってしまった場合には、弁護士に相談の上、迅速かつ適切に対応する必要性が高いといえるでしょう。