はじめに
企業においては、部下の管理や指揮監督等を行う「部長」「店長」「工場長」等、様々な管理職が置かれています。しかし、このような役職が与えられていても、労働基準法上の「管理監督者」に該当しない場合は多くあります。
本コラムでは、管理監督者に相応しい権限や待遇を与えられていないのに、管理職であることを理由に、残業代等が支払われない従業員(いわゆる「名ばかり管理職」)に関する問題点を概説した上で、食品・飲食事業者において「名ばかり管理職」が問題となった裁判例を紹介します。
管理監督者と一般労働者の主な共通点・相違点
管理監督者には、労働基準法上の労働時間・休憩・休日に関する規定は適用されませんが、深夜労働に対する割増賃金・年次有給休暇については、一般労働者と同様の取り扱いが必要になります。両者の主な共通点・相違点は以下のとおりです。
一般労働者 | 管理監督者 | |
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労働時間 | いわゆる三六協定等がない限り、1日8時間、週40時間を超えて労働させることはできません。 | 労働時間の上限に関する規定は適用されません(※1)。 |
休憩 | 労働時間が6時間を超え8時間以内の場合は少なくとも45分、8時間を超える場合は1時間の休憩を与えなければなりません。 | 休憩に関する規定は適用されません。 |
休日 | 毎週少なくとも1回の休日を与えなければなりません。 | 休日に関する規定は適用されません。 |
法定時間外・休日の割増賃金 | 三六協定等がある場合に限り、法定時間外労働や休日労働が可能ですが、その場合でも法定時間外労働に対しては1.25倍の割増賃金(※2)を、休日労働に対しては1.35倍の割増賃金を支払う必要があります。 | そもそも労働時間や休日の規定が適用されないため、法定時間外・休日の割増賃金を支払う必要はありません。 |
深夜労働の割増賃金 | 管理監督者に対しても、一般労働者と同様に、深夜労働に対する割増賃金を支払う必要があります。 | |
年次有給休暇 | 管理監督者に対しても、一般労働者と同様に、年次有給休暇を与える必要があります。 |
※1 管理監督者であっても、無限定に長時間労働をさせてよいというわけではありません。一定の労働時間を超えた従業員(管理監督者を含む)について、労働安全衛生法に基づく医師による面接指導等が必要になる場合があります。
※2 延長して労働させた時間が月60時間を超えた場合、当該超過分については、通常の労働時間または労働日の賃金の計算額の50%以上の割増賃金を支払うか、代替休暇制度を採る必要があります。月60時間超の割増賃金率は、労働基準法の改正に伴い25%から50%へと引き上げられましたが、中小企業についてはその適用が猶予されてきました。しかし、2023年4月1日以降は、中小企業においても、月60時間を超過する残業部分について50%の割増賃金率が適用されます。
どのような労働者が管理監督者に該当するのか?
「管理監督者」については、具体的な内容を定めた法令はなく、また、その判断基準を示した判例もありません。
行政の解釈(※)では、管理監督者は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、名称にとらわれずに実態に即して判断するべきとされています。
※一般的な判断基準を示しているものとして、昭和22年9月13日発基17号、昭和63年3月14日基発150号があります。また、多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における判断の適正化を求め、判断基準を具体化したものとして、平成20年4月1日基監発401001号、平成20年9月9日基発0909001号、平成20年10月3日基監発1003001号があります。これら一連の平成20年通達は、店長等が十分な権限、相応の待遇等が与えられていないのにもかかわらず、管理監督者として取り扱われるという不適切な事案が問題化していたことから発出されたものです。なお、こうした「名ばかり店長」問題が一躍注目されるきっかけとなった裁判例としては、ハンバーガーチェーンにおいて店長が管理監督者に当たるとは認められないと判断された東京地判平成20年1月28日(後記参照)があります。
裁判所は、管理監督者に該当するか否かについて、下記3つの要素を総合的に考慮して判断しています。
① 職務内容及び職責
労務管理を含む事業判断等の企業経営上の重要事項について、どのように関与し、どのような権限を有しているか。
(例)
・経営会議等、会社の重要事項を決定する会議等に参加しているか、その場での発言機会や発言の影響力があるか。
・採用、人事考課、部下の労働時間管理等、労務管理に関する権限があるか。
・部下と同様の現場業務を、どの程度行っていたか。
② 勤務態様及び労働時間に関する裁量
自らの勤務時間について裁量が認められているか、労働時間の管理をどのように受けているか。
(例)
・労働時間が所定就業時間に拘束されているか。
・タイムカード、出勤簿、出退勤時の点呼・確認等により労働時間が管理されているか。
・時間外労働、休日労働の裁量が認められているか。
③ 地位相応の賃金待遇
給与等において、地位にふさわしい待遇を受けているか。
(例)
・一般の従業員の給与等として比較して、優遇されているといえるか。
・役職者としての優遇措置が、時間外割増賃金等が支給されないことと比較して、十分な内容といえるか。
「管理監督者」にあたるか否かについては、労働者の使用者に対する時間外割増賃金等請求の場面で問題になることが大半です。
裁判例の紹介
以下では、管理監督者性が争点となった食品・飲食事業者の裁判例を紹介します。
なお、食品・飲食事業者が当事者となった訴訟において、管理監督者性を肯定した裁判例は見つけられませんでした。
レストランビュッフェ事件(大阪地判昭和61年7月30日) | |
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管理監督者性 | 否定 |
役職 | レストランの店長 |
管理監督者性に関する判断の概要 | ・店長として従業員を統轄し、採用にも関与して、更に材料の仕入れ・売上金の管理も任されていた上、店長手当として月額2万円ないし3万円を支給されていた。 ・営業時間である11時から22時までは完全に拘束されていて出退勤の自由がなく、タイムレコーダーで出退勤の時間も管理されていた。 ・店長がコック・ウエイター・レジ・掃除等の仕事をすることもあり、ウエイターの賃金等の労働条件については最終的には会社が決めていた。 |
三栄珈琲事件(大阪地判平成3年2月26日) | |
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管理監督者性 | 否定 |
役職 | 喫茶店の責任者 |
管理監督者性に関する判断の概要 | ・パート従業員の採用・労務指揮権限を有しており、売上金の管理を任され、材料の仕入・メニューの決定についてもその一部を決める権限を与えられていた。 ・喫茶店の営業時間を自ら決定していたが、独自に決定できる余地は少なかった。 ・欠勤、早退、私用による外出する際には必ず会社に連絡しており無断で店を閉める権限は与えられていなかった。 ・パート従業員の労働条件(労働時間、賃金)を決定していたが、使用者が許容する範囲内でのことであった。 |
アクト事件(東京地判平成18年8月7日) | |
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管理監督者性 | 否定 |
役職 | 飲食店の店舗マネージャー |
管理監督者性に関する判断の概要 | ・メニューの決定や売上げ目標等についてある程度の意見が反映されることはあっても各店舗内の事項に限られていた。 ・アルバイト従業員採用等について決定権をもつ店長を補佐していたに留まっていた。 ・勤務時間について相当程度自由な裁量があったとは認められず、アルバイト従業員と同様の接客や清掃・後片付け等も行っていた。 ・基本給も厚遇されているわけではなく、役職手当が支給されてはいるが、時間外労働に対する割増賃金の支払がされていないことの代償として十分とはいえない。 |
日本マクドナルド事件(東京地判平成20年1月28日) | |
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管理監督者性 | 否定 |
役職 | ファーストフード店の店長 |
管理監督者性に関する判断の概要 | ・店舗の責任者として、アルバイト従業員の採用・育成、従業員の勤務シフトの決定、販売促進活動の企画・実施等に関する権限を行使し、店舗運営において重要な職責を負っているが、店長の職務・権限は店舗内の事項に限られていた。 ・早退や遅刻について許可は不要で形式的には労働時間に裁量があるものの、実際には勤務態勢上の必要性から法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされていた。 |
プレナス(ほっともっと元店長B)事件(大分地判平成29年3月30日) | |
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管理監督者性 | 否定 |
役職 | 弁当チェーンの直営店の店長 |
管理監督者性に関する判断の概要 | ・店舗内のクルー(パートタイマー・アルバイト従業員)の採用等の権限を有しているものの権限は限定的であり、店舗運営に関する権限は実質的に制限されていた。 ・勤務時間について、規定上は自由裁量が認められていたものの、実態はクルーが不足する場合にその業務に自ら従事しなければならないことにより長時間労働を余儀なくされており労働時間に関する裁量は限定的なものであった。 ・店舗管理手当の支給はあるものの、年収は管理監督者ではない社員を含めた全体の平均年収を下回っており、勤務実態も考慮すれば十分な優遇措置が講じられていたものということは困難であった。 |
ロピア事件(横浜地判令和元年10月10日) | |
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管理監督者性 | 否定 |
役職 | スーパーマーケットのチーフ |
管理監督者性に関する判断の概要 | ・担当した業務は精肉加工・販売にかかわる実作業に過ぎず人事や予算に関して具体的な権限が与えられていた等の事情は一切見当たらなかった。 ・出退勤時刻についての自由があったと認められず、出退勤に際して毎回タイムカードを打刻し管理されていた。 ・給与は一般職と比較し若干の優遇を受けていたが、管理監督者にふさわしい報酬と評価できるものではなかった。 |
andeat株式会社事件(東京地判令和3年1月13日) | |
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管理監督者性 | 否定 |
役職 | カフェのマネージャー |
管理監督者性に関する判断の概要 | ・店舗従業員のシフトの作成・調整や、アルバイトの人事評価を担っていたが、人事評価の昇給に関する最終判断権限を有しなかった。 ・勤務時間に対する自由裁量が認められない。 ・特別手当等を考慮しても地位相応の待遇とは評価し得ない。 |
おわりに
このように、管理監督者性について争いになった場合、単に店舗を統括している店長であることや、一般労働者と比較して賃金等が多少優遇されている程度では、管理監督者性は否定される可能性が高いといえます。ご自身の感覚と、多少のずれを感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。割増賃金の未払いについては罰則も定められており、民事事件のみならず、刑事事件になる可能性もあります。「管理監督者」に関する運用については、十分にご注意ください。
[参考]厚生労働省「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」(PDF)