「楽しく働きたい」学生に、訴求すべきポイントとは?
近年の新卒採用では、学生が飲食業界を敬遠する傾向が顕著に表れていると有本氏は指摘する。
「学生時代の多くをコロナ禍で過ごした今の学生は、飲食店との接点も少ないです。また、飲食店経営の厳しい状況がメディアに取り上げられ、親族や友人から反対されるケースも多くあります。そのため、外食企業を志望する学生の母数は全体的に減っています」
外食企業にとって厳しい採用活動が強いられるなか、まずはいわゆるZ世代(1996年以降に生まれた世代)といわれる新卒学生の就職観や価値観の特徴について、認識を深めることが大切だ。
「就職観では、『楽しく働きたい』『プライベートと仕事を両立させたい』という意見が多く、労働環境を優先順位の上位に挙げる学生が多くいます。その比率は20年前と比べても増えています」
同時に、コロナ禍の影響もあるのか「人のためになる仕事」を挙げる学生も増えているという。その点、飲食業界は「人のため」のアピールがしやすいのがポイントだ。
「一方で、割合として減っているのが『自分の夢』『目標を実現したい』という意見です。フードビジネスで言えば、独立や自分の店を持つという思考は減っています。コロナ禍で飲食店閉店のニュースにも多く触れているため、一人で飲食店を持つことへの不安もあると考えられます」
「働く現場」が外から見える外食企業が最低限やるべきこと
外食企業は、消費者と直接の接点があるサービス産業であり、採用される側からすると自分が働く場が見えるということになる。そのため採用活動では、この点にどれだけ注意を払うことができているかが重要だという。
「新卒で採用されれば、多くの方はまず現場に配属されます。フードビジネスでは、自分の働くところが見えるわけです。ここが他の産業との大きな違いです。お店のイメージの基本となる、いわゆるQSC(クオリティ、サービス、クリンリネス)を上げていくことが、サービス産業の採用活動ではとにかく重要です。料理の盛り付けが雑、店員の態度も悪い、トイレが汚いような店で働きたいとは誰も思いません」
有本氏は、自社の店舗イメージを判断するための方法として、実際に店舗で働いている高校生や大学生のアルバイトに意見を聞いてみることも勧めている。
「就職先として自分の会社を選ぶかについて、候補に入るのか、あるいは候補に入らないのかと、その理由を聞いてみるといいと思います。今や会社が人を選ぶ時代ではありません。人が会社を選ぶ時代ですから、まずは選ばれる企業になることが絶対条件です」
また、デジタルネイティブとも言われるZ世代は、SNSをはじめとする情報に触れる機会が想像以上に多い。だからこそ店のイメージには特に注意が必要であり、常に店の情報が流れることを前提に考えなければいけない。見方を変えれば店の良いところも積極的にアピールできる時代でもある。良くない点はしっかりと修正し、環境を整えることが大切だ。
外から見える店舗の部分と併せて、見えない部分の環境整備も必要だという。
「成長意欲の高い人は、自分が入った会社の教育の仕組み、評価の仕組み、キャリアアップのイメージといったことを重視しますから、丁寧にホームページ上で説明していかなければいけません。もちろん、それは見せかけではなく、実践していくことが前提です」
Z世代の価値観とどのように向き合うか
新卒の採用が落ち着くと、いよいよ人材教育のフェーズに入っていく。採用後の受け入れ体制の整備や研修、教育のポイントについてみていきたい。
それぞれのポイントに入る前に、前提としてコロナ禍に学生時代を過ごした新卒学生は、リアルなコミュニケーションの機会が少なく、対面のコミュニケーションを苦手とする人も多い傾向にある。そのため人事担当者は、採用活動はもちろん、採用後においても、ディスカッションやロールプレイなど、対面のコミュニケーションを行うことを、より一層意識した方が良いという。
まずは新卒社員の受け入れについて考えてみたい。Z世代と現在、店舗の現場を指揮する立場にある30代の社員とでは年齢差が10歳前後あり、価値観にも違いがある。その点を踏まえた受け入れ体制をつくる必要がある。
「受け入れ側としては、Z世代の価値観を、まず一旦は理解することが大切です。自分の考えと合わないとして、すぐに反応するのではなく、一旦は理解しようとする努力が必要です。その感覚を持つためにも、受け入れ側の研修も選択肢のひとつです。一方で、新卒の方たちも30代、40代の価値観を理解することもとても大事です。お互いの価値観を理解した上でコミュニケーションを取ることが求められます」
さらに有本氏は、デジタルネイティブといわれるZ世代を理解する上でポイントとなる、Z世代特有の価値観があるという。
「よく指摘されるのが効率の良さを求める、論理的であると言われます。一方で精神論が苦手で、我慢も苦手ということです。ただ、自分の好きなことや納得のいくことは我慢して頑張るという面もあります」
つまり、Z世代と接する際には、頭ごなしになんでもかんでも精神論で「やってみろ」というスタンスではいけないということだ。
「必要なのは、それをする理由の説明です。なぜやるのか、なぜこのマニュアルができたのか、といったことを会話に挟み込むと納得して取り組んでくれます。それから、ちょっとした承認をしてあげることも大切です。また、何かを注意するにも叱ったり怒鳴ったりされることに耐性がありません。まずは教えたことができていたら、『できてるね』など、いわゆる『いいね!』感覚で承認してあげます。その上で、気になる点についてフィードバックをあげると効果があります」
新卒社員が迎える「最初の壁」は、どう乗り越える?
外食企業における新人研修では、バーバルコミュニケーションとノンバーバルコミュニケーションについての研修が効果的だという。バーバルコミュニケーションという「言葉」を使ったコミュニケーションと、ノンバーバル=言葉ではなく、表情やアイコンタクト、ジェスチャーを用いたコミュニケーションの両面に対する研修のことだ。有本氏は、特にノンバーバルコミュニケーションが外食企業の教育では求められるという。
「新入社員は入社後に現場に配属されて、3ヶ月から半年経つとアルバイトの上司となることが多くあります。自分よりスキルの高い人たちに、仕事をお願いしなければいけません。これが新人の最初の壁になります。ここで挫折してしまう人もいます。それだけ難しいことでもあります」
この最初の壁をうまくクリアするために、ノンバーバルコミュニケーションのスキルが役立ってくるのだという。
「スキルのあるアルバイトの方にとっても、新入社員が技術的に自分より劣っていることは分かっています。その上でどんな人の言うことなら聞くかというと、真面目な人、一生懸命な人といった、とても基本的なことです。では、研修では何を学んでもらうかというと、まず相手に敬意を払うことです。アルバイトだからといって上から目線で接しない、相手の目を見る、『さん』付けで呼ぶなど、当たり前のことばかりです。ただし、そういったことこそが信頼につながっていくと思います」
外食企業の現場では、人事の目を常に行き届かせるのは難しい。そのため会社の規模にもよるが、定期的に店長あるいは人事からコンタクトを取ることが大切だという。
「最初の1年の間は特に、途切れずに集まる機会を設けて精神状態を確認したり、逆にこちらからいろいろな情報を与えたりしてあげることも重要です。特に4月に入社した後、5月頃には落ち込んでいる人や現実にぶつかっている人も多くいます。その後、9月頃にはアルバイトの方たちとのコミュニケーションでギクシャクし始めるタイミングです。そういったことを踏まえて、計画的に研修やコンタクトの機会を作ることで、離職率を抑えていくことにつながります」
「グローイング・サイクル®」の仕組みづくりから人事戦略を考える
有本氏によれば、人材が定着するための教育体制の仕組みづくりが大切だという。体系的な教育体制づくりにおいて基本となるのが、「グローイング・サイクル®」で、人材の定着を図る仕組みだ。
有本氏によると、こうした仕組み作りができていない企業が多いという。裏を返せば、グローイング・サイクル®の仕組みがあり、それに基づいて分析を行い、ウィークポイントを把握できれば、より効果のある人材育成を行うことにつながり、他社との差別化にもなるということだ。
人材確保が難しい時代とは言うものの、正しく自社のあるべき姿を提示して、「楽しく働きたい」という要求を実現できる会社にすることで、自ずと良い人材との出会いは増えていく。まずは、“働く場”としての店舗が、客観的にどう見えているかといったことから見つめてみるのも良いかもしれない。