水産業に危機を抱いた3人のテックベンチャー出身者が集結
株式会社ARK は2020年創業の陸上養殖の装置メーカーだが、その立上げメンバーは、みなテックベンチャー出身者だという。
共同創業者・取締役 栗原 洋介 氏(以下、栗原氏):「私は元々広告代理店で地方創生に関するコンサルティングなどを担当していましたが、関連する様々な事業においてデータが重要だと考え、IoTやDXを得意とする会社に転職しました。当時は主に、センサーで取得したデータをビジネス化するセンシング事業に携わり、いくつかのプロジェクトに取り組んでいました。そのなかで、スコットランドのサーモン養殖事業におけるDXというテーマを欧州連合と一緒になって進めていく機会があり、そこから水産に関わるようになったのです」
水産業への取り組みと同時に、その課題にも気づいたと栗原氏は続ける。
「IoTの領域は、データを集めて人がやっていることをコンピュータや機械に肩代わりさせていくことを主目的としています。その視点で見たとき、手つかずだったのが第一次産業で、とくに日本の漁業に関してはDXからかけ離れた世界だと知りました」
センシング事業に関わっていた仲間ともその問題意識を共有し、たびたび議論を交わしていた。それが、ARK立上げメンバーの竹之下航洋氏や吉田勇氏だったという。
「竹之下は工学やコンピューターサイエンスの専門家、吉田も経験豊富なエンジニアでしたが、水産業の抱える課題やテーマについては同じ認識で、それなら一緒にやろうということになったのです」
ARKの立上げ前からメンバーと旧知の仲だったという千葉氏もARKに魅せられて参画したという。
営業部 部長 千葉 隆一 氏(以下、千葉氏):「私は元々飲食店向けのクラウドサービス開発やUI/UXコンサルを行う会社に勤めておりました。その頃から、一次産業から三次産業、入口から出口までテクノロジーを活かすことでいままでとは違うアプローチの六次産業に繋げられるのではないかと考えていました。そんな中、元々前職で知り合いだったARKの創業メンバーと再会し、ARKであればその世界観が実現できるのではと直感しました。はじめは、自らARKを購入して新業態の構築を考えていましたが、いつのまにか彼らと一緒にARKの社会実装に取り組むことになっていました」
「食」にかかわる世界的な課題とは?
水産業に関わる課題とは何なのか。栗原氏が解説する。
「大きなテーマとして課題は3つあります。1つは食糧問題です。世界的に見て、いま人口増加のスピードに比べて、動物性タンパク質の絶対量が少なくなりつつあります。牧草地や従事者の確保、GHG(Green House Gas:温室効果ガス)排出の問題もあり、いま以上に畜産を拡張していくというのが難しいなか、魚食を普及させていくのが大きな流れです」
世界銀行による海域別水揚量予測のデータでは、2010年に比べて2030年の水揚量は、世界全体では23.6%増えると予測されている。FAO(国連食糧農業機関)発表のデータでの予想でも、世界全体で13.7%増加とある。
「この60年で、世界の養殖市場は2倍程度に増えており、今後も養殖への期待は大きいと思います。各種データでも生産量の増加が予測されていますが、その多くを担うのは引き続き海への依存度の高い海面養殖です。地球上の70%を占める海のうち養殖に使えるのは、わずか数%と言われています。北欧などの寒い地域では、養殖をしたくても新しいライセンスが出せない状況です。漁獲を増やすための頼みの綱である海上養殖の未来も危ぶまれています。それが課題の2つ目です」
それでは3つ目の課題とは何なのか。
「こうした背景をもとに、世界的に陸上養殖に注目が集まっています。ですが、サーモンの陸上養殖に代表されるように、北欧などでの大規模な陸上養殖はいずれも機械化された超大型設備で実施されています。また日本においても、陸上養殖の初期投資は少なくとも数千万~数億円と言われています。結果的に陸上養殖に取り組みたい事業者がいたとしても、大型機械の導入は投資額が跳ね上がってしまい、なかなか参入が難しい現状があるのです。」
ARKの考える陸上養殖のポイントは小型化、自動化、省力化
そうした状況を背景にARKが掲げたのが、「海を休ませよう」という訴えであり、「駐車場1台分のスペースで」「どこでもだれでも陸上養殖を」といったものだ。
「いまは海が疲弊しています。気候変動によって水温や海流に変化が起き、魚介類の獲れる時期や場所、種類や量に著しい変化がおきています。また様々な人間活動の影響による海洋汚染も深刻です。だからこそ陸上に『海』をつくることで、少しでも海を休ませることができる仕組みが必要だと考えています。その陸上の『海』も、大がかりな装置ばかりではなく、車のように様々な大きさのものがあることで、裾野を広げていけると考えています。」
そこでARKが開発したのが「閉鎖型循環式陸上養殖システムARK―V1」だ。特筆すべき特徴が3つあるという。1つ目はサイズ。
「水をろ過しながら養殖を行う閉鎖循環式を取り入れた装置で、水道の引き込みが不要です。最大の特徴は、圧倒的な小ささです。9.99平方メートルで、わずか駐車場1台分のスペースに設置できます。場所や条件によっては、建築申請もいらないサイズです」
2つ目がIoTによる自動化だ。スマホでの遠隔操作が可能で、給餌や水質管理、清掃の手間を削減している。無人化・省人化という点で、これからの第一次産業に必須な条件をクリアしている。さらに3つ目が、省エネ性能を追求している点だ。ソーラー発電を始めとした再生可能エネルギーも活用することができ、小型家電と同じくらいの消費電力で運転させることができる。
「手軽に装置を設置できたとして、生き物を養殖するのは簡単ではありません。24時間365日、常に管理する必要があります。この小型陸上養殖機ARKは、施設自体にカメラやセンサーが付いていて、スマートフォンで確認しながら専用アプリで餌やり、観察、掃除が可能です。タイマー設定もあるので、まさに無人化・省人化を後押ししているわけです」
震災の地、浪江での実証実験が担う地域の未来
この3月に初の量産型機となるARK―V1をリリース。様々な実証実験も行いつつ、さらなる高機能化・安定化を目指しているという。
「様々なパートナーとの取り組みも始まっています。例えば、琉球大学とは沖縄に生息する南方性魚介類をARKで養殖ができる対象魚種として拡大すべく共同研究を進めています。魚だけではなく、バナメイエビやクルマエビのような甲殻類、海藻類や貝類も、種類によってARKとの相性が良い魚種があるので、今後も積極的に色々なパートナーと対応魚種の開発を進めていきます。」
同じ実証実験でも、一風変わったチャレンジがJR浪江駅で行われているという。
「縁があってJR東日本スタートアップからお声いただいたのがきっかけです。東北エリアを南北に貫く常磐線の復旧を主要命題として取り組み、ハード面での回復はやり遂げたものの、地域にとっての復興という面では、やはり人と経済を戻さなければなりません」
その復興のフロントラインとなっているのが、東日本大震災で原発に絡む甚大な影響を受けた浪江駅だったというのだ。
「ようやく2020年に帰還困難区域から解放されて人が住むようになり、企業の誘致も進められてきましたが、浪江町自体が水産で栄えた土地です。人を戻し、経済を戻そうとするには水産業を後押ししなくてはいけない。陸上養殖もその一つの要素として受け入れてもらえるのではないかと、地域やJR東日本と対話しながら進められたプロジェクトなのです」
それが浪江駅での実証実験に至るわけだが、じつはその背景に別の課題にも取り組むJR東日本の思いがあったと栗原氏が明かす。
「浪江駅は、震災の影響で元々有人駅だったところが無人駅になった経緯があります。JR東日本管内ではおよそ600の無人駅があると言われています。東北に多くの人が移住して地域の活気が戻るというのが理想ではあるものの、今後も鉄道インフラを維持していくには、駅や鉄道の機能を変えていく必要があるというわけです。これまで人流の要だったものを、今後は物流や生産拠点などの役割も担っていけないかと模索しているのです」
過疎化という地域の課題と、そのなかで変質を余儀なくされる企業の課題。両社の未来を、ARKの陸上養殖が担っているというわけだ。
ARKの描く未来像
もちろん、ARKにも思い描く未来像がある。理路整然と話す栗原氏が、このテーマに関しては、やや前のめりでこう話し出す。
「実証実験の結果やそれに対する地域の人たちからの期待を見る限り、海外では大型化かつ高コストが主流の陸上養殖事業に、誰でもどこでも参入可能になる小型化を目指したわれわれの狙いは間違っていなかったと思っています」
たしかに「陸上に海を」という発想はユニークで、ARKはブルーオーシャン市場のトップランナーであるのは間違いなさそうだ。
「ただしわれわれは、あくまでも装置のメーカーであって養殖事業者ではないし、今後もその立場を変えるつもりはありません。この水産業の世界で、私たちは任天堂でありトヨタでありたいと思っています」
意表を突く表現だが、どういうことなのか。
「小型の簡易的な陸上養殖機は、あくまでも任天堂のファミコンと同じくハードウェアに過ぎません。ファミコンは『スーパーマリオ』や『ロックマン』などのキラーコンテンツがあったからこそ、普及しました。同じくARKは、種苗、魚種、あるいはもっと効率の良い養殖を実現する給餌技術や水質パラメータなどのソフト面を充実させていきたいと思っています」
ソフトの充実でハードの普及を考えていくという立場だ。一方で、トヨタでありたいというのはどういうことなのか。
「これには2つの意味があります。トヨタは車を作りますが、それがトラックとして輸送に使われるのか、乗用車としてレンタカーに使われるのか分かりません。ただし車を作ることで、他の産業や事業を後押ししています。同じようにわれわれの装置が、アフリカ内陸部の干ばつ地帯で漁業を生むかも知れません。社会・経済のインフラとして、その一環を担っていきたいという思いがあります」
壮大なプランだが、もう一つ意味があるという。
「近年、日本食は、世界でも高い評価を得ています。海外で活躍する日本人シェフもいらっしゃれば、ミシュランの星付きレストランを体験する目的で来日する外国人も少なくありません。ただし、その舞台裏で高い評価の下支えとなっているのが、食材の生産、管理、加工そのための道具といった日本のものづくりの精神だと思っています。日本の農林水産技術を自動車と並ぶような輸出産業にしていく一翼を担いたいと願っています。戦後トヨタをはじめとした日本車が世界で高い評価を得ていったように、様々な可能性を秘めていると感じています。」
新たなサプライチェーンを構築することで、ARKは新しい輸出産業を担っていく。強烈な自負と壮大なプランが、やがては飲食店の未来をも変えていくことになるかも知れない。
株式会社ARK
設立:2020年12月23日
本社所在地:東京都渋谷区広尾1-7-20
事業内容:閉鎖循環式陸上養殖システムの設計・開発・製造及び付帯サービスの開発と提供
公式ホームページ:https://www.ark.inc/