「いよいよ行き詰まって、当時社長だった星野に『どうすればいいか?』と相談に行ったら、『まだやり尽くしていないんじゃないか。とことんまでやってダメなら一緒に会社を畳もう』と言われたんです。この人がそこまで覚悟しているのならと、すごく吹っ切れました」
“とことん”やると腹を括った井手氏は、味の追求を徹底した。品質を安定化させて理想の味を常に生み出すように製造部門に働きかけた。同時に販売側でも、唯一やっていなかったことに着手した。
「全く手を付けていなかったのが、ネット販売でした。うちは楽天市場の1期生なんですが、ネット販売の担当者がいなかったんです」
サイトは97年のオープン当時のままで、再び手をつける2004年までは開店休業状態。
「もう自分で売るしかないと思い、勉強のために楽天大学の販売講座を受けることにしたんです。でも、その講座にだって数十万円のお金がかかる。だから、クビを覚悟で社員のみんなには『3ヵ月でこの穴は取り戻すから、やらせてくれ』と説得し講座を受けました。そうしたら、講座を受けたその月から売上げが少し上がったんです。でも、みんなはシラけてましたね。パソコンをいじって遊んでるだけとしか見てくれないですから」
反発があろうともリーダーは方向性を示すべき
それまで数行だった販売サイトの商品説明を、井手氏が数十行に渡る長文に差し替えた。千数百人が登録しただけで休眠状態だったメルマガも配信した。
「今まで1日に数件だったネット注文が、その日のうちに100件以上も入りました。よく考えたら、それまでB to Bはやっていましたが、to Cの経験は初めてでした。これが商売か!と感じましたね」
結果、下がり続けていた売上げが、2004年には対前年比で8%の増収となり、その後も毎年対前年比で増収を重ねた。
「それでも、社内での従業員同士の環境は08年頃まで大きくは変わりませんでした。ただ、ネットの売上げは上がり続け、そのうちネットで購入してくれたお客様がスーパーや酒屋さんに『いつもネットで買ってるんだけど、お店にも置いてくれ』と注文してくれるようになりました。営業もしていないのに、流通からも引き合いがきたわけです」
2008年には星野氏からバトンを渡され、井手氏がヤッホーブルーイングの社長に就任。
「会社内の雰囲気を変えるために自分ひとりで頑張るのは限界があると思い、楽天大学のチームビルディング講座を受けたんです。それが私の人生を変えました。今も社内でチームビルディングをやっていますが、それぞれが現場で同じ方向を向いて仕事に取り組めるようになりました」
企業のリーダーに求められるものがあると井手氏は言う。
「会社の方向性を示さないといけません。まず、ミッションとして『ビールに味を!人生に幸せを!』ということで画一化された日本のビール市場にバラエティを提供して、日本のビール文化を新しく創出するというものです。さらに、ビジョンには2020年に沖縄のオリオンビールを抜くということを掲げました」
そのための中長期計画を示し、価値観も明文化して共有を図った。
「そこには反発もあります。そんなことに賛同して入ったわけじゃないと。それでも、リーダーはそれを示さないといけない。そのうえで、『今のままではバラバラだから、こうした方が絶対にいい。それを信じてやっていこう』ということを社員に対して時間をかけて話していくんです」
現在では、対前年比で40%の伸びを数年間続けているヤッホーブルーイング。
醸造所では、様々な場所で井手氏が掲げる価値観やそれを共有する職場の雰囲気に出会える。コルクボードには社員のニックネームと写真入りのユニークなネームカード、扉には組織作りの基本がシンプルな言葉で書かれた標語。同社のホームページにある楽しい雰囲気がそのままここにはあるのだ。
なにより、従業員ひとりひとりから、明らかにそれぞれが責任を持って仕事をしているというエネルギーが発せられているのを感じずにはいられない。
取材を終えて帰る記者に「あれが新しく増設している醸造所です」と紹介してくれた井手社長は、記者の姿が見えなくなるまで見送ってくださった。「よなよなエール」のように香り高く、コクと深みの残る取材となった。
株式会社ヤッホーブルーイング
住所:長野県軽井沢町長倉2148(本社) 長野県佐久市小田井1119-1(醸造所)
電話:0267-66-1211 事業内容:ビールの醸造・販売
公式HP:http://yohobrewing.com/ お話:代表取締役 井手直行様