湯田中温泉エリアで温泉旅館を運営
【Q】湯田中温泉で長く旅館業を経営されていますね。
代表取締役社長 湯本 秀明 氏(以下同):当館の前身は私の祖父が運営していた旅館です。2代目の父が1960年に建て替えて、有限会社ホテル昭和園を設立しました。私は大学卒業後に旅行会社で2年間修行した後、3代目として家業を継き、1998年に現在のホテル椿野を新築しました。
湯田中温泉のご利用客はコロナ禍と比べて回復しています。特にここ最近は外国人観光客が増え、12~4月までの冬季は3~4割が海外からのお客様です。当館では館内インフォメーションにイラスト付きの英語版を充実させて、外国人のお客様にもお分かりいただけるようにしています。従業員も必要な英語は話せるようになってきました。日本人のお客様の多くは1泊なのに対し、外国人観光客は2泊、3泊される方が多い印象です。スキーシーズンは5泊以上の方も珍しくありません。今後もインバウンド需要は増えると予測しています。
コロナ禍をきっかけに、部屋数を減らして単価を上げる経営戦略へシフト
【Q】コロナ禍では、一時休館されたと伺いました。
2020年に新型コロナウイルスが流行した際は、2カ月間にわたり休館を余儀なくされました。これをきっかけに、今までお客様全体の25%を占めていた団体客から個人客中心に切り替えることにしたのです。個人のお客様にシフトするには、何よりも質の向上が必要不可欠です。まずは2部屋を1部屋に改装し、源泉掛け流しの露天風呂付き客室を増やしました。客室を5部屋減らし、1部屋あたりの単価を上げたのです。
もちろんハード面だけでなく、料理の内容や提供の仕方、おしぼりを出すタイミングなどすべてのソフト面も徹底的に見直しました。その流れで、IT化によるバックヤード業務の省力化も進めたのです。経理など手作業のバックヤード業務を1秒でも短縮できれば、空いた時間でお客様対応に時間を割けるようになり評価も上げられると考えました。
まずはシフト表のデジタル化から
【Q】どのようにバックヤード業務をIT化していったのですか?
コロナ禍の休館が明けた2020年6月、ITに詳しい従業員を責任者にしてDX推進担当部署を作りました。まずは従業員同士で使うオンラインチャットツールを導入し、スプレッドシートでシフト表を作成したのです。シフトは皆が見るところですから、手始めに導入するITツールとして良かったと思います。
ITツールは実際に触りながらの勉強会を開催し、若いスタッフが先輩にマンツーマンで教えてもらうことにしました。その結果、多くの従業員がスプレッドシートを使いこなせるようになり、今までアナログな作業が当たり前だと思っていた調理スタッフもデジタルは意外と便利でおもしろいと、料理の仕込み表やHACCP制度の衛生管理チェック表などを自ら作成するようになりました。
受発注のデジタル化で、経理担当の出社が週1回に
【Q】仕入れには受発注システムを導入されました。
以前は経理担当者が事務所に常駐していましたが、事務所に来なくても在宅で仕事ができるよう『BtoBプラットフォーム受発注』を導入しました。今までは納品書や請求書のほか、FAX用紙、電話でのやり取りに時間をとられ、金額のミスがあるたびにいくら違っているか細かな確認作業に追われたり、帳票をチェックして綴る作業に時間をかけたり、かなり非効率的だったのです。もちろん数字の確認は必要ですが、いくら電卓を叩いて時間をかけてチェックしても、1カ月に数百円のミスを正すくらいです。デジタル化すれば、その確認作業がカットできると考えました。
【Q】仕入れ先へのシステム利用について、どう案内されましたか?
インフォマートにシステムの説明会を2回開いていただき、8割の取引先に導入していただきました。取引先のなかにはご年配の方もいらっしゃいますが、丁寧に説明を行ったことで皆様問題なく使えているようです。
【Q】導入の効果はいかがでしたか?
最も大きかったのは、経理担当者が在宅勤務できるようになったことです。月次決算のまとめ作業はずいぶん楽になり、出社は月に4日、1回に2時間ほどで済むようになりました。月次決算が毎月10日で締まるようになったのもうれしいですね。以前は請求書が紙で送られてきたので、20日ほどかかっていたのです。現在は受発注システムを使っている8割の取引については、月初3営業日には数字が揃います。仕入れ品の単価変更も簡単に分かるし、棚卸の精度も上がりました。
アナログな旅館業だからこそ、デジタル化が必要な理由
【Q】旅館業界がIT化を進めるメリットについて、教えてください。
旅館業に機械化はそぐわないとの考えもありますが、私はまったく逆だと思います。白鳥の水かきということわざのように、我々はお客様の前では優雅にゆとりある表情で接客しつつ、水面下では必死に足を動かす必要があるのです。この水面下での作業を、いかに効率よくできるか。本当によいサービスを提供するには、とにかく無駄な作業を1秒でも削って現場のゆとりを生み出さなくてはなりません。それにはデジタルの力が絶対に必要だと思います。
デジタルツールによって、お客様の細かな情報を迅速に共有できるのもメリットです。我々は、些細なミスやクレームもすべて従業員同士で共有するようにしています。従業員ひとりが1度だけミスしたとしても、別の従業員がミスをすれば大きなクレームになりかねません。些細な点やお客様のニーズを逐一共有することで、できるだけ早い段階で対応できるのです。
実際にこの数年、IT化を進めたことでおもてなしの精度が上がり、宿泊予約サイトのお客様からの口コミ評価も大きく向上しました。結果として粗利率が上がり従業員の待遇改善もできて、よいサイクルになっていると感じます。これからもデジタルを活用しつつ、さらに高品質なおもてなしを提供していきたいです。
有限会社ホテル昭和園(運営施設:ホテル椿野)
本社所在地:長野県下高井郡山ノ内町大字平穏3294
設立:1960年
事業内容:旅館の運営
公式ホームページ:https://www.tsubakino.com/