訪日外国人は高客単価・長期滞在の傾向
訪日外国人観光客は、日本人客より長期滞在しやすい、1人当たりの消費額が多い傾向があるほか、オフシーズンや平日も呼び込めるというメリットがある。
2024年上半期は円安などの影響で訪日外客数は累計1778万 人となり、過去最⾼を記録した2019 年同期を100 万人以上上回った。また、訪日客が滞在中に使った宿泊費の割合を見ると、2019年10-12月期の30.1%(3,645億円)に対し、2023年10-12月期は35.2%(5,868億円)と高まっている傾向だ([参考]日本政府観光局 (JNTO) )。宿泊事業者がインバウンド需要を取り込むことは、経営面における課題解決の糸口といえる。
宿泊事業者のインバウンド対策
旅館・ホテル側がインバウンド対策するには、外国人観光客が何に困っているか、何を重視しているか知ることが大切だ。施設やサービスで改善すべき点を紹介していく。
コミュニケーションは特に重要!英語表記は必須
外国人観光客が日本の宿泊施設や飲食店、交通機関などを利用するにあたり、大きな壁となるのが言語だ。旅行中にその場の言語を理解することは状況を理解することと同じで、時には身の安全や財産に直結する。そうした懸念を払拭することで、満足度の高いサービスを提供できる。外国人客との円滑なコミュニケーションを取る方法として、最低限、英語の案内文を示すなど対策しよう。その他の方法として主に以下のような対応が挙げられる。
- 従業員の英会話スキルの向上
- 英語だけでなく多言語の案内文を提示
- 施設の表示にピクトグラムを使う
- 翻訳アプリを使う
- 多言語対応できる人材を雇用する
チェックイン、チェックアウトなど旅館やホテルでの基本的なやりとりや手順は概ね決まっているため、英語を始め多言語で書かれた指差しツールなどを用意しておくのもいいだろう。そうすれば、多言語対応できるスタッフがいなくても最低限のコミュニケーションを取りやすくなる。
[参考]日本政策金融公庫「指差しコミュニケーションツール 宿泊業編」(PDF)
事前に知っておくべき外国人の習慣とタブー
世界には日本と異なる文化や思想があり、様式や習慣も国や人によって様々だ。宿泊事業者がこれまでやってきた慣習が通じないこともあるため、習慣やタブーを事前に知り、トラブルやクレームを防止しよう。
ムスリム、ハラール対応
世界三大宗教の1つであるイスラム教を信仰する人々をムスリムという。世界人口の4分の1を占めており、訪日観光客として特に多いのがインドネシアやマレーシアなどの国々だ。ムスリムの観光客の特徴として代表的な例を挙げる。
- 特定の食材が含まれているものは食べない(豚、アルコール、イカ、タコ、ウナギ、貝類など)
- 毎日礼拝を行うため場所の確保が必要
- 家族以外に素肌を見せるのを嫌がるので、貸切風呂などがあるとよい
- 異性との接触を避けるため、同性による接客が好ましい
特に注意したいのが、食事に関する配慮となる。イスラムでは法で認められたものを「ハラール」、禁じられたものを「ハラーム」という。イスラム教の戒律は個人によって異なるので、何が「ハラール」であるかの判断はムスリム旅行者に任せるべきだ。そのため、施設側としては豚やアルコールなどの食品表示をして本人が判断できるようにすることが望まれる。「ハラール」という言葉を安易に使わないよう注意が必要だ。
[参考]観光庁「多様な背景を有する訪日外国人旅行者の受入環境の充実」
ベジタリアン・ヴィーガン対応
ベジタリアンは、主に肉や魚などの特定の食品を食べない菜食主義者のことを指す。ヴィーガンは、卵や乳製品なども含めたより厳格に制限をする主義のことだ。食事制限する背景は様々で、宗教上の理由や動物愛護、環境保護、健康維持などがある。そのため、人によって何を食べるかは一概に言えず、宿泊施設側で柔軟に対応することが重要だ。
■訪日旅行者数上位20国・地域におけるベジタリアン等比率(2023年)
具体的な対応は、以下のような対策が挙げられる。
- 既存のメニューから該当する食材を変更したり抜く
- ベジタリアン・ヴィーガン向けのメニューを加える
- キッチンや調理器具をベジタリアン用に設置して食材の混入を防ぐ
また利用客自身が判断できるよう、店内外で対応内容を伝えることも必要だ。
- メニュー表やWebサイト、店頭看板などにベジタリアン対応を明記する
- 該当する食品が入っているかを文字やピクトグラム、○×などで表示する
- 日本ベジタリアン協会の「JPVSレストラン認定」、ベジプロジェクトジャパンの「ヴィーガンベジタリアン対応Mark」などを取得する
[参考]観光庁「飲食事業者等におけるベジタリアン・ヴィーガン対応ガイド」(PDF)
生活習慣や文化の違いによるトラブル
そもそも基本的な常識が日本と海外で違うために、トラブルや問題が起こってしまうこともある。事前に知っていれば予防できることもあるので、ある程度の想定はしておきたい。
例えば、以下のようなケースが挙げられる。
- 部屋の備品を持ち帰ってしまう
- 購入前の商品を開けてしまう
- トイレの使い方がわからない
- 土足で部屋の中に入る
- ピースやOKなどのハンドサインが侮辱行為と取られてしまう
宿泊客の中には、悪気がなくても文化の違いから上記の行為をしてしまう方もいる。確実に伝わるよう事前に説明する、該当する場所に多言語で注意事項を掲示しておくことなどが求められる。
受け入れ環境の整備
外国人観光客にとって、旅先では様々な悩みや困りごとに遭遇することが多い。そうした不満やストレスに感じる部分を改善することで、施設のイメージアップやリピーター獲得につながる。例えば、外国人観光客が旅行中で困ることには以下のようなものが挙げられる。
言語関連 | ・施設スタッフとのコミュニケーションが取れない ・観光地での多言語表示が少ない、分かりづらい |
通信環境 | ・無料の無線LAN環境がない ・国際ローミングやSIMカードの購入 ・モバイルWi-Fiのレンタル |
決済 | ・クレジットカードの利用 ・モバイルペイやQR決済などの決済手段 ・両替やATMの利用 |
その他 | ・宿泊施設の情報入手や予約方法 ・トイレ、設備の利用方法が分からない |
[参考]観光庁「国土交通省における観光に関する通信環境向上の取組について」(PDF)
外国人宿泊客が快適に過ごせる受け入れ環境を整えるには、上記の悩みやトラブルに対して以下のような対応が必要だ。
- 無料Wi-Fiの設置
- スマホの充電器や変換プラグの貸出し
- 施設内の表示を多言語化
- 海外で普及しているキャッシュレス決済システムの導入
- Webサイトや予約システムの多言語対応
SNSやWebサイトでのコミュニケーション、フィードバックの活用
訪日外国人がホテルや旅館へ宿泊予約をする場合、旅行前に自国で情報収集して訪日前に済ませておくものだ。そこで有効なのがSNSを使ったコミュニケーションとなる。外国人宿泊客と旅行前の情報提供、旅行後のレビューなどの様々なシーンでコミュニケーションを取ることが集客力の強化につながる。
SNSでの情報発信1つ取ってもプラットフォームによって特徴は様々だ。媒体にマッチしたプロモーションを実施することで、効果的な宣伝につながる。
- X(旧Twitter):いいねやリポストが行われやすいので拡散効果が高い
- インスタグラム:写真や動画がメインなので言葉が通じなくてもビジュアルで宣伝しやすい
- Facebook:世界一利用されているSNS、幅広いターゲット層へアプローチできる
[参考]日本政府観光局「始めよう! あなたの地域のインバウンドvol.4【プロモーション】編」
[参考]総務省「第2部 情報通信分野の現状と課題」
多くの外国人客に知ってもらうには、日本でおなじみの旅行サイトだけでなく、外国人客がよく利用する予約サイトやクチコミサイトへ登録することも大切だ。様々なレビューに対してフィードバックすることで、外国人客のニーズを把握したり受け入れ環境の改善に役立てることが可能だ。
■外国人客の利用が多い予約サイト
Webサイト | 主な利用客の地域 |
---|---|
Booking.com(ブッキングドットコム) | ヨーロッパ |
Expedia(エクスペディア) | アメリカ |
Agoda(アゴダ) | アジア |
Trip.com(トリップドットコム) | 中国 |
■外国人客の利用が多い口コミサイト
TripAdvisor(トリップアドバイザー) | 世界で最も利用されている口コミサイト |
[参考]日本政策金融公庫「外国人客おもてなしガイドブック 宿泊業編」(PDF)
目標設定と戦略的取り組み
ただ闇雲に施設の多言語化や情報発信を行うだけでは、効果的な集客は見込めない。インバウンド対策する上で重要になるのが、求める顧客層や市場を把握した上で的確な戦略を打ち出すことだ。
以下のような項目が挙げられる。
- ターゲット層の明確化:どの地域から集客するか、個人と団体客のどちらがメインか
- ニーズの把握:ターゲット層が求めるサービスとはどのようなものか
- 提供するサービスの改善や更新:施設内表示の多言語化、体験型コンテンツや食事メニューの考案など
- プロモーションの選定:広告媒体や宣伝方法を決める
市場ニーズを把握するには、JNTOの訪日旅行データハンドブックなどが活用しやすい。例えば、中国からの旅行客だと以下のような特徴がある。
- 平均滞在日数は約6日間
- 個人客が6割、団体ツアーが3割ほど
- 7割近くがWebサイトで予約
- 観光客の目的で多いのはショッピングや日本食を食べること
- 旅行前の情報収集にはSNSや知人経由が有効
- 旅行中に役立った情報源は交通機関や飲食店に次いで宿泊施設
[参考]日本政府観光局「訪日旅行データハンドブック」
※コロナ禍以前の2019年データから参照
これらのニーズに合わせて、例えば以下のように自社で提供できるサービスやプロモーション方法を選定することが重要だ。
- 周辺地域のショッピング施設や飲食店が記された案内マップの作成
- 中国向けの予約サイト「Trip.com」への登録
- SNS映えする食事メニューの提供や撮影ポイントの設置
また自社による取り組みが難しい場合には、周辺地域の施設と提携したり、Webサイトへの掲載・SNSでの宣伝・インフルエンサーによる投稿などを外注できるプロモーションパッケージなどを活用したりするのも1つの手段である。
外国人客の受け入れ体制整備には、スタッフのタスク管理も重要
外国人観光客を集客して地域の特色や日本文化を体験してもらうには、多言語化やキャッシュレス決済の導入などで旅行中の障壁を取り除くことが求められる。そのためには、従業員が多言語対応の案内文を用意したか、食堂のメニューに食品表示を出したかなど一連のタスクをもれなく実施し受け入れ体制を整えることが重要だ。
このような施設運営の定型業務を漏れなく実施する方法として、業務管理ツールを使うのもいいだろう。気持ちのこもったインバウンド対策をして国内客だけでなく外国人客にも日本のおもてなし文化を提供してほしい。