法制度と現場のズレに苦しむ外食産業
コロナ禍によって露呈した外食業界の根本課題について、食団連の佐藤氏は「業界全体が無理を重ねてきた結果、制度と現場の間にひずみが生まれている」と語る。その本質は、現場の努力では解決できない構造問題にあるという。
例えば、食材供給だ。一例として、最近の注目されている米不足について、佐藤氏は次のように語る。
「長年減反政策を続けてきたはずの国で、なぜいま米が足りないのか。これは外食業界だけの問題ではなく、農業政策全体のミスマッチでもある」
外食と農業、そして流通を結ぶラインが分断されており、危機時に備えた構造的な備えが十分とは言えない。佐藤氏は「調理技術の継承とともに、食材の生産や流通を含めた食の生産ライン全体を再設計する必要がある」と指摘する。
こうした分断は、原価コストの高騰にも繋がっており、それによる収益圧迫も著しいという。
「料理人の技術も、経営者の努力も限界がある。だからこそ、制度や構造そのものを見直す時期に来ている。食団連はその声を拾い、現場と政策の橋渡しをしていく役割を担いたい」(佐藤氏)
業界を支えてきた現場の努力に、制度側がどう応えるのか。そこに、次の10年を左右する分岐点がある。
現場を直撃する人材不足、外国人材の採用にも壁
制度設計の不整合に加え、現場ではより直接的で切実な課題が山積している。外食チェーンを複数店舗展開した経験を持つ高橋氏は、「今いちばんの問題は、人がいないこと」だと語る。人手不足はコロナ以前から課題とされていたが、現在はより深刻だ。「ギグワーカー」と呼ばれる短期アルバイトやスポットワーカーといった人材の確保すら難しくなっているという。
「かつてはギグワークの人材が飲食にも流れてきていたが、今は物流や倉庫など、より条件の良い業種に人が流れている。外食は完全に選ばれにくい職場になっている」「外食産業は、今や将来性の不安や働く環境に懸念がある業界として見られがちなのが現実だ」(高橋氏)
正社員の採用も難しい中、最低限の営業体制を維持するための人材の確保自体が、経営を揺るがすリスクになっている。
そんな人材不足を補う手段として、かつて頼りにされていた外国人材も、もはや当たり前には来てくれない。
「いまは近隣他国との完全な取り合いになっている。国同士で比較されて、景気や条件が良いほうに人材が流れてしまう」(同)。もはや「日本に来る理由」を明確に打ち出せない限り、外国人労働力に頼るモデルは成り立たない時代だという
外国人就労者を巡る制度的な壁も依然として残っている。
「たとえばホテルの調理部門で働く外国人が宴会サービスの一環として接客を行う際、現場では風営法の対象となる接待にあたるかなど制度運用の解釈に課題があった。この点については、現在制度改正が進められている」(佐藤氏)
こうした制度的なひずみは、外食産業だけでなく観光業や宿泊業全体に広がっているという。現在は一部で法改正も進みつつあるが、「根本的な制度設計のアップデートが求められている」と佐藤氏は語る。
修業したくても「長時間労働」でアウトに
職人の育成も行き詰まっている。調理の世界は、本来長く現場に立つことでしか身につかない技術が多い。だが、働き方と技術習得の両立の難しさがそれを阻んでいるという。
「たとえば、干しアワビを戻して一皿の料理に仕上げるには連続して15時間を超える工程がかかる。こうした調理技術を身につけたいと願う若者の『修業』の時間が、現行の労働基準法では拘束時間として問題視されるようになっている」(佐藤氏)
「若いスタッフがもっと働きたいと言っても、一定時間を超えてしまうと、税制面で手取りが逆に減るという現象が起きる」(高橋氏)
料理人として成長するために、あえて長く現場に身を置きたいと望む人もいる。しかし今の制度は、その意思すら「過剰労働」として否定しかねない。技術を身につける動機すら削がれてしまう制度に対し、高橋氏は「育つはずの人が育たない構造」だと警鐘を鳴らす。
佐藤氏も「守るべきものと、育てるべきもののバランスを、制度側も業界側も問い直す時期に来ている」と強調する。
人材不足の改善に向けて、高橋氏は「外食業に合った働き方を、業界自ら定義し直す必要がある」述べた。週休2日や残業削減といった他産業の基準をそのまま持ち込んでも、現場ではかえって人材が回らなくなるリスクがあるためだ。「型にはめるだけでは続かない。もっと働きたい人が働ける環境や、働き方の柔軟性こそが、今の時代には必要だ」(高橋氏)
佐藤氏も「制度側が一律で守るべき働き方を決めるのではなく、働く本人の意志と、業態に合わせた柔軟なルール設計が不可欠だ」とし、食団連として、行政側にも制度設計の見直しを求めていくという。
コスト増も値上げを躊躇、利益確保に苦戦
原材料や光熱費が軒並み高騰する中、原価コストの増加も大きな課題だ。特に、ミドルゾーンと呼ばれる中価格帯の飲食店にとって、これは深刻な問題だという。
佐藤氏が代表を務める企業でも、イタリア食材に依存する業態が多く、為替の影響で仕入れ価格は1.4倍に跳ね上がった。
「小麦粉、トマト缶、オリーブオイル、チーズ──ピザに必要なすべての原材料が高騰している。光熱費や建築コストも同様で、新規出店のハードルが以前の倍近くに上がっている」(同)
中でも深刻なのが「FL(食材費・人件費)」以外の固定費増である。佐藤氏は「人件費はむしろ上げるべき」としつつ、それ以外のコスト構造を抜本的に見直さなければ、健全な経営は成り立たないと危機感を示す。
FL以外のコストとしては、近年増加しているクレジットカード手数料率も大きな負担になっている。
「飲食業の平均利益率は5%前後。しかしクレジットカードの手数料は3~4%と非常に高い。物販業に比べても不利な条件であり、このままでは利益がほとんど残らない」(佐藤氏)
食団連では現在、宿泊業界とも連携し、政府への改善要望を進めているという。「決済インフラのコスト構造そのものが、業態ごとに見直されるべき時期に来ているのではないか」と佐藤氏は語る。
こうした各種のコスト上昇に伴い、価格転嫁ができれば良いようにも思えるが、それができずに苦しんでいる事業者も多い。「売上よりも利益を意識しようという空気にはなってきたが、それでも価格を上げるのは非常に難しい。大規模チェーン店の一括値上げとは異なり、中小規模の個人経営店では値上げで常連客が離れてしまうことへの不安も大きい」(高橋氏)。
一方で、「慎重ながら値上げを進めている店も増えてきた」(同)とし、業界全体が少しずつ方針転換を進めている最中だという。
インバウンドで業界内格差が拡大
また、同じ飲食業界の中でも、主に都市圏と地方との間で業界内格差が広がっているという。コロナ後のインバウンド需要は回復傾向にあるが、その恩恵を受けているのはごく一部の地域に限られるからだ。
「全ての地域が観光客を狙う必要はないと思うが、インバウンドの有無で収益構造が大きく違ってきている。地方は本当に厳しい」(高橋氏)
都市型の経営モデルが前提となっている各種制度や支援策が、地方にはなじみにくいという制度の都市偏重も背景にあると高橋氏は見る。
例えば業務効率化の手段として注目されるIT導入やDXも、現場では「やらなければならないことが分かっているが、うまく進められない」という声が多いという。「国の補助金制度はあるが、自治体ごとに対応がバラバラ。自治体全体として支援しないと、個々の店が導入に踏み切るのは難しい」と高橋氏は訴える。
設備投資やシステム変更は、長期的には人手不足を補う有効な手段だ。しかし、初期コストの重さと、現場のリテラシーの格差などを考慮すれば、各自治体単位で主導する、包括的な支援が必要だと高橋氏は考えている。
産業としての再設計を推進
これまでのように「現場の努力」で乗り切れる時代は終わった。人材も、コストも、制度も限界に近づく中で、飲食業がこの先も継続・発展していくためには、業界内の工夫だけでなく、外部との連携や支援の仕組みを組み直す必要がある。
佐藤氏は「飲食業はもう情熱だけでは支えきれない。構造ごと見直す必要がある」と語る。高橋氏もまた、「制度や仕組みが整わなければ、人も利益も定着しない」と指摘。そんな中で、今後の方向性として注目されているのが、観光・農業・福祉など異業種との連携だという。
「食は農業と切り離せない。食材の供給・加工・調理・販売のラインを地域単位で回す構想を持てば、地域の中で雇用も経済も回していける」(佐藤氏)。
「旅館と外食の連携や、障がい者支援と農業・飲食をつなぐ取り組みも増えている」(高橋氏)。
飲食業単体での採算性に限界があったとしても、地域資源を横断的につなぐスキームはインバウンドや国内旅行者を対象に有効なのだという。
食団連では現在、外食業における認証制度の整備にも注力している。単なるグルメガイドではなく「誠実に経営し、持続可能な働き方や調理技術の継承に取り組む事業者を正当に評価する仕組み」(佐藤氏)だという。
「ミシュランや食べログのように味だけを評価する時代ではない。味の裏側にある労務、仕入れ、教育、衛生、すべてを含めた信用の見える化が必要だ」(佐藤氏)
その認証を通じて、補助金支給や税制優遇、出店支援などにつなげていく構想もあるという。
「制度や社会から支えられて初めて、現場は安心してチャレンジできる。今こそ、業界を救うという視点ではなく、ともに支えるという仕組みに転換していくべき時期だと思う」(佐藤氏)
外食を続けられる産業として再定義
外食産業は、人の生活に最も近い場所で、人を支え、つなぎ、楽しませてきた。しかし、今その足元は揺らいでいる。「好きな仕事だからこそ、誇りを持って続けられるようにしなければならない」──。これは、佐藤氏・高橋氏共通の思いだ。
佐藤氏は「飲食業界は適正な労働環境と報酬を実現できない状況に陥りかねない」と警鐘を鳴らす。情熱を持って働く人が報われない構造のままでは、次世代の担い手が育たない。
高橋氏も「この業界で続けている人は、きっと好きだからこそだと思う。でも、好きだけでは人もお金もついてこない時代に入ってしまった。だからこそ、仕組みを変えていく必要がある」と指摘する。
外食業界を基幹産業として再定義するためには、外食が単なる「サービス業」ではなく、農業・流通・観光・地域社会と結びついた総合産業であるという認識が社会に求められる。
そのうえで佐藤氏は、「本気でこの産業を続けたいという現場の声を、制度設計の場に届けていく。それが食団連の役割であり、使命でもある」と話す。
新型コロナウイルス以前の飲食店は、個々が独立独歩で営業するスタイルだった。「業界としての発言力・存在感が弱かった」(佐藤氏)というが、それも変わりつつある。
「私たちは飲食業の皆さんとともに立ち上がり、声を上げ、仕組みを変えていく。同じ飲食の現場で働く仲間として、一緒に歩み続けたい」(佐藤氏)












