“パワハラ” は従業員の苦情1位
厚生労働省が全国の企業・従業員を対象にした「職場のパワハラ」に関する実態調査によると、従業員向けの相談窓口に寄せられる悩みや苦情の相談で、もっとも多いテーマがパワハラであり、全体の3割にのぼっている。
■従業員から相談の多いテーマ(上位2項目)(複数回答)
職場のパワハラに詳しい織田労務コンサルティング事務所の織田純代所長は、「業務の適正な範囲を越えた、行き過ぎた指導や行為はパワハラにつながります。業務に関係ないこと、必要性がないことは不適切といえます」と指摘する。
パワハラ防止法では、職場におけるパワハラについて、
① 優越的な関係を背景とした言動
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
③ 労働者の就業環境が害されるもの
この3つの要素すべてがそろった場合をパワハラと定義している。
客観的にみて、業務上必要な指示や指導は該当しないが、よくあるのが、指導する側に感情が入ってしまい、指導の域を超えてしまうケースだという。
「たとえば、高温の油や熱湯の近くでふざけているといった命に関わるような場合でもない限り、業務として大声で注意する必要性はありません。『怒鳴らないとわからない』というのは指導する側の感情でしかないのです。ミスを繰り返させないよう、あえてきつくあたるとか、自分がそういう指導を受けて成長したから、という主張も、感情であり適切な指導とはいえません。相手の人格を傷つけ、イヤな思いをさせた時点でパワハラです」
飲食業は個店も多く、相談する部署や窓口が社内にない場合があるため、パワハラが発生しても解決しにくい環境にある。一方で、パワハラをおそれ、必要な指導までできなくなってしまうと正しい従業員教育が行えない。上記の例でいえば、危険を避ける必要があって大声で注意するのは当然の行為で、パワハラではない。業務上の指導とパワハラの線引きは難しく、相手との関係性や全体的な状況によるのだ。
次に厚生労働省が分類した6つのパワハラ行為について、飲食店で発生しやすい具体的なケースをあげてみた。どこまでが業務の適正な範囲内での指導といえ、どういった場合がパワハラにあたるのか、チェックしてみてほしい。
■身体的な攻撃
相手を叩く、殴る、蹴るなどの暴行がこれに当たる。
<アウト>
(1)叱責するとき、コック帽、書類、トレイなどで叩く、小突くなどする
(2)イスを蹴る、調理器具を叩きつける、壁に投げつける(相手にはぶつけない)
(3)机を叩くなど、大きな音を立てて叱責する
「身体的な攻撃は傷害や脅迫にあたり、論外です。本人に対する直接攻撃は1回やっただけでアウトです。当たらないようにものを投げつけるといった行為もパワハラです。決してやってはいけません。大声や大きな音を出すのも脅迫です。大声でなく長時間ねちねちやるのもいけません」
<注意>
(1)ユニフォームを投げつけて渡す
(2)「がんばれ!」と肩、背中などを叩く
(3)注文ミスの料理を食べさせる
「怒りにまかせてユニフォームを投げつけるのはアウトですが、“ランドリーボックスに入れといて”と乱暴に投げるのはパワハラとまではいえません。ただ、あまり感心できる行為ではないのでやめた方がよいでしょう。こういった行為を積み重ねればアウトになります。
がんばれと激励のつもりで叩くのはパワハラではありません。ただ、相手が攻撃を受けたと感じるほどの力でやる、何度も繰り返すのは適正な範囲から逸脱しています。
注文ミスの料理を、相手が断ることができる状況下で『食べてもいいよ』というのは構いませんが、罰などでの強要はNGです」
■精神的な攻撃
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言が該当する。
<アウト>
(1)客の前、同僚の前で、見せしめとして叱責する
(2)のろま、頭が悪い、無能、給料泥棒など、侮辱・暴言に当たる言葉をいう
(3)これできなかったらクビなど、雇用についていう
「人前で人格を否定したり傷つけたりするような言動は業務上の指導としては不適切です。
クビなどは、相手が懲戒ギリギリで次やったら解雇と決まっているならともかく、そうでないなら不要な雇用不安を与ることになりアウトです」
<注意>
・「あなたのやる気を感じない」など、勤務態度について注意する
「『やる気』だけでは漠然としており、指導として適切とはいえません。本当にやる気を感じない相手を指導する場合は、どこがダメでどうするべきか、事実を具体的に指摘するべきでしょう」
■人間関係からの切り離し
隔離・仲間外れ・無視が該当する。
<アウト>
(1)特定の人を全員参加の会議に参加させない
(2)特定の人を全員参加の飲み会、食事会に呼ばない
(3)特定の人に挨拶しない、話しかけない
「会議は、参加させない合理的な理由があれば別ですが、そうでないならアウトです。
食事会なども、全員参加の場合は声をかけないとアウトです。
無視もアウトです。他の人とは談話するけど、特定の1人とは仕事の話しかしないというのもいけません」
<注意>
(1)「あの人は仕事できない」など評価を流す
(2)店ではなく、倉庫などで1人で長時間作業させる
「実際に技術不足などで任せらず、他の従業員に『この業務をあの人に担当させないように』と事実のみを伝えるなら業務上の指示です。ただし不必要なことまで言ったり、関係ない人にまで吹聴してはいけません。
倉庫などでの個別の作業は、いやがらせではなく、業務上の必要な合理性があるならパワハラにはあたりません」
■過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制などが該当する。
<アウト>
(1)注文ミスをしたり、皿を割ったら罰金を科す
(2)急に休む場合、代理出勤できる従業員を見つけさせる
(3)食洗機があるのに手洗いさせる
(4)人員不足で、休日を与えてない
「罰金はNGです。故意の破損でない限り、事実上の損害賠償も請求できないと考えた方がよいでしょう。
代理の従業員を見つけるのは雇用側の義務です。従業員に押しつけてはいけません。
手洗いでないと落ちない汚れがあれば別ですが、合理的な理由がなく業務上あきらかに不要なことをさせるのは、指導として不適切です。
休日は、新店オープンなどの事情でどうしても2週間は連続出勤させる必要があるという場合は、就業規則や労使協定の範囲内の時間で、残業手当を払っていれば問題ありません。ただし、長期間にわたって休日を与えない場合は違反です。パワハラとして押し付けてなく、従業員ががんばって出勤してくれているだけといった場合でも、企業として健康管理上の問題になります」
<注意>
(1)売上、注文取りなどで、ノルマを与える
(2)開店前、閉店後に労働させる
(3)勤務シフトに多く入れる
(4)休日中、急に出勤するよう電話をかける
(5)一度いったことは覚えるよう求める
(6)仕事に必要な情報・スキルは見て覚えさせる(言わない)
(7)客との付き合いで、客席で酒を飲ませる
「ノルマを与えること自体は問題ありません。ただ、どうがんばっても達成不可能、業務時間内には絶対終わらない長時間労働を強いるものはNGです。
店の営業時間外でも、勤務時間として計上しているならOKです。
アルバイトの雇用時に契約した所定労働時間を超えて勤務(残業)をさせたい場合、原則として、労使協定の範囲内であれば可能です。ただし、学業・家事等に支障が出ないよう配慮が必要です。
休日出勤も上記の残業と同様です。ただし、いずれにしても、断れない雰囲気で脅しに近い交渉で急な残業や休日出勤を要請するのはNGです。
一度で覚えさせることは、相手がメモもとらず覚える様子を見せない場合に『メモをとれ』と指導するのはパワハラではありませんが、一度では覚えられないような内容を覚えるよう強要するのは指示として適切ではありません。
見て覚えさせることも、普通の人が普通に見て覚えられることであればパワハラとはいえません。ただ、どう考えても見て覚えるのが無理な内容などは指導として不適切です。
酒は、当人が飲んでもいいというのであれば別ですが、強要はNGと考えましょう」
■過小な要求
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないことが該当する。
<アウト>
(1)「自分でやって」と一人でやらせる(業務上必要な指導をせず、結果的に何もさせない)
(2)仕事を何も与えない
(3)勤務シフトに入れない
「業務上必要な指導・監督をしない、仕事を与えないのは上司としての職務を放棄しています。
シフトは雇用時に決めた所定労働時間にあわせて入れなければなりません」
<注意>
(1)料理人に接客させるなど、本来の職種と異なる業務をさせる
(2)皿洗い、皮むき、掃除など雑務ばかりさせる
「職種と異なる業務をさせるのは、業務上必要であればある程度は問題ありません。
『下積み』など雑務が業務に含まれる前提で雇った従業員に雑務をさせるのは問題ありません。ただし、そうでない従業員に対して雑務ばかりさせるのはNGです。掃除が不要な場合にあえてさせることもいけません」
■個の侵害
私的なことに過度に立ち入ることが該当する。
<アウト>
(1)早番の日など「朝起きれないから電話で起こして」と要求する
(2)個人的に食べる夜食などを買ってこさせる
「友達同士ならともかく、業務命令としてはNGです。
いわゆるパシリのような、相手に有無を言わせない扱いはいけません」
<注意>
(1)友人、家族、恋人関係などをきいて、客として店に呼ぶよう依頼する
(2)休暇取得の理由を聞く
(3)病気の状況、持病について聞く
(4)髪型、服装を変えさせる
「知り合いを店に呼んでと依頼すること自体は問題ありません。ただ、プライベートを執拗に聞くのは行きすぎでNGです。
休暇や病気の状況は業務上で知る必要がある場合もあるでしょう。しかし、これも執拗に聞くのはNGです。
髪を束ねさせるなど、衛生面への配慮など合理的な理由があり、業務として必要な指導であれば問題ありません」
事業者に義務付けられたパワハラ防止措置
厚生労働省は、職場におけるパワハラ防止措置として以下の4つを義務付けている。
● 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
● 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
● 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
● そのほか併せて講ずべき措置(相談者・行為者等のプライバシー保護等)
パワハラ防止法の違反者に対する罰則は設けられていない。ただし、厚生労働大臣が必要だと認めた場合、事業主に助言、指導、勧告といった行政指導が行われる。是正勧告に従わないと社名や内容が公表される可能性もあるため、注意が必要だ。
パワハラ予防は“個人的な感情”を持ち込まないこと
実際には上に掲げた6つの分類に当てはまらない事象もあり、これら以外は問題ないということではない。だが、多くの場合、指導に個人的な感情を持ち込むことが適正な指導から逸脱した、いやがらせにつながっている。指導は業務上の行為に対してのみ指摘すべきだろう。そして、大事なことは、お互いを尊重し、信頼関係を築き、意見がいいやすい、風通しのよい職場作りを心がけることだといえそうだ。
取材協力:織田労務コンサルティング事務所 特定社会保険労務士 織田純代氏