日本人の栄養状態からみた、栄養成分表示
『食品表示一元化検討会』の前に行われていた『栄養成分表示検討会」では、栄養表示の考え方として、“栄養という目には見えない情報を可視化することで、適切な食生活を意識・実践する契機となることが期待される”と触れられており、私たち日本人の健康栄養状況を鑑みて表示内容を整えていく方針で進められています。
日本人の健康・栄養状態を大雑把にまとめると、食習慣の変化による摂取エネルギーに占める脂質摂取の増加や、運動習慣の減少による肥満の増加が挙げられます。また、高血圧の傾向が強く、高血圧の要因となるナトリウムの食事摂取基準の目標量を上回る人が多いことから、ナトリウム摂取管理を重要視すべきという見方があります。そのため、『栄養成分表示検討会』では「エネルギー」を食物の内容を評価する最重要の指標とし、次点に「ナトリウム」「脂質」を重要成分に、「炭水化物」と「たんぱく質」を現状問題はないものの栄養に関する基本的な知識として、重要度順に記載すべきではないかという意見をまとめています。
わかりやすく活用しやすい表示にするためには?
上記のような表示項目も重要ですが、栄養表示の目指す方向が「栄養の可視化」のため、ただ記載するだけでなく皆が理解しやすい表現方法で示す必要があります。その点で考えると、例えば「ナトリウム」がいくら科学的な表現として正しくても、普段は「塩分」つまり食塩(塩化ナトリウム)の量が一般的な基準となっている限り、消費者にはわかりにくいのではないか、といった課題も出てきます。医者に「塩分は1日10グラム以下にしてくださいね」と言われて、食塩10グラムが「ナトリウム」にしてどのくらいなのかすぐにはピンと来る方は少ないはずです。そのため、メーカー側でも自主的に「食塩相当量」を枠外表示する場合がありますが、これをより推奨することを検討しています。ナトリウム量を2.54倍することでおよその「食塩相当量」になりますので、実行が容易く、かつ活用しやすい表示の指針になると思います。
また、日本人の栄養状態を考慮した上での検討のため仕方のないことではありますが、海外の表示と比べると異なるものになってしまう点は少し気になるとこ ろではあります。米国の栄養表示ですと、「脂質」は「脂肪」と「コレステロール」に分類されており、さらに「飽和脂肪酸」「トランス脂肪酸」については 「脂肪」の一種であることが分かるように記載されています。「食物繊維」や「糖類」についても同様に「炭水化物」の一種ということがわかるようになってい ます。一方、日本では内訳成分についてはこれまでの議論であまり触れられていません。
現在の国内の栄養表示については、「炭水化物」を「糖質」と「食物繊維」に細分することができる以外は基本的に5大成分(エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、ナトリウム)を記載してから他の成分を表示することになっています。もし「飽和脂肪酸」「トランス脂肪酸」「コレステロール」「食物繊維」「糖類」を表示しようと思った場合、下図のようにバラバラに記載することになります。これだと各々の成分の関連性が見えなくなってしまう可能性があるので、今後関連成分の記載方法については選択の幅があるようになればと思います。
より徹底した栄養成分の知識の啓蒙を
最後に、栄養表示の本来の意味を思い出すために、「トランス脂肪酸」について触れておきたいと思います。
「不飽和脂肪酸」は構造の違いによって「シス型」と「トランス型」に分類されるのですが、DHAやEPAに代表される「シス型」と異なり、畜産製品の一部やマーガリン等に含まれる「トランス型」の脂肪酸は、多量摂取による心臓疾患へのリスク増大が唱えられています。そのため、WHO/FAOのレポートでは摂取量を全カロリーの1%未満にするように勧告がされており、米国や欧米各国で表示の義務化や使用制限がされたほか、アジア圏では韓国が表示を義務化するなど近年動向が激しくなっています。
日本国内の対応については、2011年に「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針」が公開され、自主的な表示が促されるにとどまっております。今回もトランス脂肪酸の表示の義務化について消極的であることに対して批判の対象にしばしば挙がっていますが、結論から先に述べると「日本人の栄養摂取の実態」を考慮する限り、表示の必要性は薄く、販売訴求の観点から見るとむしろ義務化することによるリスクが高まる可能性があることに触れなければなりません。
今年3月に公表された食品安全委員会のトランス脂肪酸に対する評価書では、1~6歳男子といったごく一部の世代層を除いては、摂取量が全カロリーの1%未満(およそ0.5~0.8%)に収まっており、危惧させるリスクと実態との違いが見て取れます。また、現在起こっていることとして、2006年の調査と2010年の調査を比較するとトランス脂肪酸の含有量低減のために「飽和脂肪酸」の含有が増加しているのです。もしトランス脂肪酸の表示を義務化すれば、この傾向はおそらくより大きくなるという意見もあります。もちろん過剰な摂取であれば飽和脂肪酸にもトランス脂肪酸と同様心臓疾患へのリスクがありますので、これは片方のリスク要因を封じ込めることにより、別のリスク要因が増大する可能性を示しており、仮にトランス脂肪酸が飽和脂肪酸の2倍リスクがあるとしても1gのトランス脂肪酸を削減するために飽和脂肪酸の使用量が3g増加なんてことがあれば、本末転倒ではないかという声も挙がっております。
一方では1~6歳の世代層には実際にトランス脂肪酸の摂取割合が高めに現れたことも踏まえ、乳幼児向け食品など一部の食品に関しては積極的に情報を示すなど、慎重な対応を行うべきだという声もあります。いずれにしても、あくまで栄養表示は食品の情報の一つであり、情報の正確さ・わかりやすさに一定の基準を設けるために表示制度は存在しています。その表示制度によって食品のあり方自体が左右されるというのはあまり好ましいことではないのではと思います。
栄養表示の義務化の詳細な基準については、冒頭でご説明した通りまだ議論の途中ではありますが、新制度施行後、5年以内の完全義務化を目標としており、メーカー側の制度対応も考えると、表示の基準についても早急な決定が求められます。しかし、栄養表示の本来の意味を考えた場合、まずは官公庁が栄養成分の知識をより一般消費者に広め、その上で、表示の必要性を先入観なしで考える時間も必要なのかもしれません。
※最新の情報は【事業者の方向け】栄養成分表示を表示される方へ(消費者庁)をご覧ください。