乳幼児期の腸内代謝産物(短鎖脂肪酸)の産生に関与する腸内細菌と産生経路を確認

掲載日: 2021年03月30日 /提供:ヤクルト本社


2021年3月30日

乳幼児期の腸内代謝産物(短鎖脂肪酸)の産生に関与する腸内細菌と産生経路を確認

株式会社ヤクルト本社(社長 根岸孝成)および大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所(所長 花岡文雄)は、乳幼児を対象に生後2年間の腸内細菌叢の形成過程および腸内細菌の代謝産物である短鎖脂肪酸※1の構成との関連性について調査しました。

その結果、以下の4点が示されました。

①乳 幼 児 の 腸 内 細 菌 叢 の 構 成 が 段 階 的 に 移 行 す る こ と ( Enterobacterales※ 2優 勢 →Bifidobacteriales※3優勢→Clostridiales※4優勢)

②乳幼児の腸内短鎖脂肪酸の構成が段階的に移行すること(酢酸濃度が低くコハク酸濃度が高い状態→乳酸とギ酸濃度が高い状態→プロピオン酸と酪酸濃度が高い状態)

③酪酸の産生には多様な Clostridiales が関与しており、授乳の停止と同時に Clostridiales が増加し、酪酸が産生されるようになること

④乳酸およびギ酸の産生には Bifidobacteriales が関与しており、中でも特に、母乳にも含まれるフコシルラクトース

※5を効率的に利用できる乳児型のビフィズス菌が寄与していること

本研究により、乳幼児期の腸内細菌叢と短鎖脂肪酸の構成変化が連動していることが示唆されました。腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸は、近年の研究により、感染症予防や脂肪蓄積の抑制、アレルギーの発症抑制等に関与することが報告されています。乳幼児期の腸内細菌叢および腸内の短鎖脂肪酸の種類や量を制御することができれば、同時期および成長後の健康維持や疾病リスクをコントロールできる可能性があります。本研究の成果は、ヒトの健康に関連する代謝産物の調節や健康維持に貢献する食品素材等の開発、乳幼児期における適切な食事形態の提案につながるものと考えられます。なお、本研究結果は、学術雑誌The ISME Journal(2021年 3 月 15 日付)に掲載されました。

※1 短鎖脂肪酸(Short Chain Fatty Acids:SCFA):脂肪酸のうち、炭素の数が 6 個以下のもの。

成人の腸内で主要なものは、酢酸、プロピオン酸、酪酸。本研究では乳酸、ギ酸、コハク酸も短鎖脂肪酸に含め記述している。

※2 Enterobacterales:腸内菌叢を構成する一群でグラム陰性の通性嫌気性桿菌である大腸菌などを含む。

※3 Bifidobacteriales:腸内菌叢を構成する一群でグラム陽性の偏性嫌気性多形性桿菌であるビフィズス菌などを含む。

※4 Clostridiales:成人の腸内菌叢を構成する一群で、多様な菌種から構成される。フィーカリバクテリウムプラウスニッツイ菌などを含む。

※5 フコシルラクトース:母乳オリゴ糖の主成分でラクトース(乳糖)にフコースが結合したもの。

1.背景

乳幼児における腸内細菌叢の形成は出生直後に始まること、成人とは異なった構成であることなどが明らかとなっています。乳幼児期の腸内細菌叢の形成には、出産様式、摂取するミルクの種類、抗生物質の曝露などの環境要因が影響することが確認されています。また、乳幼児期におけるビフィズス菌優勢の腸内細菌叢形成には、ビフィズス菌による母乳中のオリゴ糖の利用性が重要であることも最近の研究で明らかとなってきました。

一方、近年の研究により、乳幼児期の腸内細菌叢の形成過程は生涯にわたってヒトの健康や疾病(肥満症、喘息、1 型糖尿病、栄養不良など)のリスクに影響を及ぼすことが分かっています。また、腸内細菌が産生するさまざまな代謝産物のうち、酢酸は脂肪蓄積を抑制したり、酪酸は腸上皮細胞の主要なエネルギー源として大腸の機能維持に寄与するなど、短鎖脂肪酸(以下、SCFA)はヒトの生理機能に影響すると考えられています。しかし、乳幼児期の腸内 SCFA と腸内細菌叢の関連性については、ほとんど調べられていませんでした。本研究では、生後 2 年間の腸内 SCFA の種類と量を調べてその変化のパターンを明らかにするとともに、腸内細菌叢との関連性を調べ、乳幼児期の腸内 SCFA 産生に関わる菌群と代謝経路、およびそれに関わる遺伝子の同定を試みました。

2.研究内容

研究方法

通常分娩で生まれた後、母乳で育てられた乳幼児(在胎 37~42 週)12 名を対象とし、生後 2 年間の便サンプルを採取しました(一人あたり最大 92 サンプル、計 1,048 サンプル)。これらのサンプルについて、16S rRNA 遺伝子を標的とした腸内細菌叢構成の解析、SCFA 濃度の測定を行いました。

研究結果

①腸内細菌叢の形成(補足図 1)

生 後 2 年 間 の 乳 幼 児 の 腸 内 細 菌 叢 の 構 成 を 調 査 し た 結 果 、 Enterobacterales 、Bifidobacteriales、Clostridiales のいずれかが優勢であることを特徴とする 3 つのタイプに大別されました。また、出生直後は Enterobacterales 優勢ですが、その後は Bifidobacteriales優勢となり、生後 1 年を過ぎてからは Clostridiales 優勢となることが確認されました。また、Bifidobacteriales 優勢から Clostridiales 優勢への移行は、多くの乳幼児で授乳をやめた時期と一致していました。

②SCFA 構成(補足図 2)

乳幼児の SCFA 濃度を調べたところ、酢酸、酪酸、プロピオン酸、コハク酸、乳酸、ギ酸などが検出され、その構成に応じて次の 3 つのタイプに分類されました。

・1 型 SCFA プロファイル:酢酸濃度が低く、コハク酸濃度が高い状態
・2 型 SCFA プロファイル:乳酸とギ酸濃度が高い状態
・3 型 SCFA プロファイル:プロピオン酸と酪酸濃度が高い状態

そして、生後の経過に応じて、1 型から 2 型、3 型 SCFA プロファイルへと段階的に移行することも確認されました。

③腸内細菌叢と SCFA の関連性(補足図 3)

腸内細菌叢と SCFA の関連性を調べたところ、Enterobacterales 優勢菌叢が形成されていたサンプルの多くは 1 型 SCFA プロファイルに分類されること、Clostridiales 優勢菌叢が形成されていたサンプルの多くは 3 型 SCFA プロファイルに分類されることが分かりました。一方、Bifidobacteriales 優勢菌叢が形成されていたサンプルの SCFA プロファイルは多様な型を示しましたが、2 型 SCFA プロファイルのサンプルの多くは Bifidobacteriales 優勢菌叢でした。

④Clostridiales による酪酸の産生

Clostridiales に属する一部の菌種は酪酸の産生に関わることが知られていますが、乳幼児期の酪酸産生に主要な役割を果たす菌種やその代謝経路は分かっていませんでした。本研究の結果、乳幼児期の Clostridiales は多様な菌種から構成されること、Clostridiales の一部の菌種のみが酪酸産生に関わる遺伝子および代謝経路を持っていることが分かりました。また、授乳の停止と共に腸内の Clostridiales の占有率が上昇し、酪酸濃度も増加することが分かりました。

⑤Bifidobacteriales による乳酸およびギ酸の産生(補足図 4)

乳酸およびギ酸濃度の上昇と Bifidobacteriales の定着は概ね一致し、特にBifidobacterium longum subsp. infantis(以下、B. infantis)、Bifidobacterium bifidum(以下、B. bifidum)と腸内の乳酸、ギ酸濃度は高い相関を示すことが分かりました。さらに詳細な解析を行ったところ、B. infantisおよびBifidobacterium breve(以下、B. breve)は、母乳オリゴ糖の構成糖であるフコースを取り込み、利用してギ酸を産生する代謝遺伝子群をもつことが確認されました。

B. bifidumはギ酸産生に関わる遺伝子を持っていませんでしたが、菌体外でフコシルラクトースを分解して他のビフィズス菌にフコースを提供することによって、腸内のギ酸産生に間接的に寄与することが分かりました。

3.考察および今後の期待

本研究では、乳幼児の生後 2 年間の腸内細菌叢や SCFA の構成がそれぞれ 3 つのタイプに大別され、生後の経過に応じて変遷するという法則性を見出すことができました。さらに授乳停止後の腸内の酪酸濃度の上昇には Clostridiales に属する菌種が関与すること、母乳保育期において特徴的に観察される腸内の乳酸とギ酸の上昇には、母乳オリゴ糖の利用性が高いビフィズス菌が主要な役割を果たすことを見出しました。また、それぞれの SCFA の産生に中心的な役割を果たす遺伝子群や菌種間相互作用を明らかにすることができました。腸内細菌が産生する乳酸、ギ酸の生理作用は、成人の腸内ではそれらの濃度が低いため、ほとんど研究が行われていませんでした。本研究により乳幼児期の一定期間、乳酸とギ酸が高い状態が存在することが明らかとなったことをきっかけとし、今後これらの SCFA の生理作用の解明へ向けた研究が進むと期待されます。

腸内細菌の産生する SCFA がそれぞれ異なる生理作用を発揮することを鑑みると、乳幼児の腸内細菌叢を標的としたプロバイオティクスの開発や疾病予防法の検討などには、本研究で明らかとなった腸内細菌叢と代謝産物の段階的な変化、および腸内細菌の特性を考慮する必要があると考えられます。今後も腸内細菌叢の構成を決める因子の同定、および腸内細菌と宿主の健康に関する研究を通じて、人々の健康に貢献できるよう努めてまいります。

4.論文情報

雑 誌 名:The ISME Journal(https://doi.org/10.1038/s41396-021-00937-7)
論文表題:Key bacterial taxa and metabolic pathways affecting gut short-chain fatty acid profiles in early-life
著者:
N.Tsukuda,
K.Yahagi,
T.Hara,
Y.Watanabe,
H.Matsumoto,
H.Mori,
K.Higashi,
H. Tsuji,
S. Matsumoto,
K. Kurokawa,
T. Matsuki

以上

bnr_500_juhachulight_ai-ocr.png 記事下バナー

注目のキーワード

すべてのキーワード

業界

トピックス

地域