森永乳業では、長年にわたりヒト腸内にすんでいるビフィズス菌の基礎研究を行っております。このたび、京都大学の片山研究室および昭和女子大学の飯野研究室との共同研究により、腸内のビフィズス菌を増殖させるオリゴ糖の一種であるラクチュロース※1に関して、以下の3点が明らかとなりましたので報告いたします1.ビフィズス菌の持っている基質結合タンパク質※2LT-SBP※3がラクチュロースの利用に関与していることを特定した。2.394名中353名(89%)の日本人腸内細菌叢から、LT-SBP遺伝子が検出された。3.腸内細菌の有するLT-SBP遺伝子量の違いが、ラクチュロース摂取によるビフィズス菌増殖作用に影響することが判明した。本研究成果から、多くの日本人はラクチュロースを利用できるビフィズス菌を腸内に保有していること、腸内細菌を事前に解析することで、ある程度ビフィズス菌の増殖作用の予測が可能であることが示唆されました。なお、本研究成果※4は、科学雑誌「Communications Biology」に 2021年5月10日に掲載されました。
1.研究背景
オリゴ糖の一種であるラクチュロースは、腸内のビフィズス菌を増やすことが知られています。しかしその作用メカニズムは明らかにされておりませんでした。加えて、ラクチュロース摂取によりビフィズス菌が増殖する程度は個人差があることが知られています。今回、ビフィズス菌がラクチュロースを利用する仕組みを明らかにすると同時に、ビフィズス菌の増殖作用に個人差が生じる理由について検証を行いました。
PDF版はこちら
https://prtimes.jp/a/?f=d21580-20210520-9973.pdf
2.研究内容
◆研究方法と結果
1.ビフィズス菌の持っている基質結合タンパク質LT-SBPがラクチュロースの利用に関与していることを特定したラクチュロースとわずかに結合する基質結合タンパク質Bal6GBP※5のアミノ酸配列情報を元に、Bifidobacterium longum subsp. longum 105A株(以下、B. longum 105A株)のゲノム情報から配列が似ている3つの候補遺伝子(BL105A_0500、BL105A_0501、BL105A_0502)を選抜しました。
変異を加えていないB. longum 105A株である野生株と、B. longum 105A株の3つの候補遺伝子をそれぞれ変異させたBL105A_0500遺伝子変異株、BL105A_0501遺伝子変異株、BL105A_0502遺伝子変異株をラクチュロースが唯一の糖源である培地で48時間培養しました。その結果、BL105A_0502遺伝子変異株のみ生育が遅延したことから、遺伝子を変異させたことで基質結合タンパク質LT-SBPの機能を失っていることを確認しました(図1. a)。次にそのBL105A_0502遺伝子変異株に基質結合タンパク質LT-SBP を作るためのBL105A_0502遺伝子をプラスミド※6で補ったBL105A_0502遺伝子相補株を同様に培養したところ生育が回復しました(図1. b)。それらのことから、BL105A_0502遺伝子にコードされた基質結合タンパク質LT-SBPが、ラクチュロースの利用に関与していると分かりました。
図1 a. B. longum 105Aの野生株と3つの候補遺伝子 (BL105A_0500, BL105A_0501, BL105A_0502)
変異株の生育速度比較試験結果
b.野生株、BL105A_0502遺伝子変異株、相補株の生育速度比較試験の結果
2.394名中353名(89%)の日本人腸内細菌叢から、LT-SBP遺伝子が検出された
先行研究※7において収集した、健康な日本人成人394名(20歳~104歳、男性153名、女性241名)の糞便サンプルを用いてLT-SBP遺伝子の日本人における保有率を調査いたしました。
LT-SBP遺伝子は353名(89%)の被験者から検出され、多くの日本人がラクチュロースを利用するビフィズス菌を腸内に保有していることが分かりました。
3.腸内細菌の有するLT-SBP遺伝子量の違いが、ラクチュロース摂取によるビフィズス菌増殖作用に影響することが判明した。
先行研究で、健康な49名の女性(18—31歳)がラクチュロースを2週間摂取し、ビフィズス菌の数が有意に増加(平均2.2倍)する結果が得られました※8(図2.a)。そこで、ビフィズス菌数の変化とLT-SBP遺伝子の量の関連性を調べたところ、摂取前のLT-SBP遺伝子量が中程度(1gの糞便中に107-109 copy)の被験者群では、低程度(copy<107)や高程度(109< copy)の被験者群に比べより高い増殖作用がみられ、ビフィズス菌数が平均で6.4倍に増えていることが分かりました(図2.b)。なお、「低程度」はラクチュロースを利用できるビフィズス菌がいない、もしくは少しいるが競合となる細菌が多く増えることができない、「高程度」はビフィズス菌の増える余地がないためあまり増えないことを意味しています。
図2. ラクチュロース摂取前後におけるビフィズス菌数の変化と
LT-SBPの総コピー数別のビフィズス菌数の変化倍率
3.まとめ
今回、ビフィズス菌がラクチュロースを利用する仕組みが解明され、ラクチュロースによるビフィズス菌の増殖作用に個人差が生じる理由の一端を明らかになりました。今後、さらに研究が発展し、各個人の腸内細菌叢に適したプレバイオティクス素材を事前に予測し、選択できることが期待されます。
今後も森永乳業では、人々の健康に貢献できる正しい情報と優れた素材を発信できるよう、努めてまいります。
<森永乳業のラクチュロースの取組み>
森永乳業では、1960年に発売した育児用ミルク「森永Gドライミルク」にラクチュロースを配合して以来、60年以上に渡ってラクチュロースの研究を進め、商品へ応用してきました。現在では、特定保健用食品や機能性表示食品など、健康を支える食品にも配合されています。今後もラクチュロースの価値を深く研究し、健康に役立てる商品をお届けしてまいります。
<参考>
※1 ラクチュロース
牛乳に含まれる乳糖を原料として作られるオリゴ糖で、ミルクオリゴ糖とも呼ばれる。
一緒に摂取したカルシウムの吸収を高めることも知られている。
※2 基質結合タンパク質
細菌が菌体外にある糖を体内に取り込む際に利用するタンパク質。特異性が高く、特定の糖としか結合しないことが知られている。
※3 LT-SBP
基質結合タンパク質の1種。今回の研究から、ラクチュロースの取り込みに関与していることが明らかとなった。
※4 論文タイトル・著者
「Bifidobacterium response to lactulose ingestion in the gut relies on a solute-binding protein-dependent ABC transporter」
Keisuke Yoshida, Rika Hirano, Yohei Sakai, Mikiyasu Sakanaka, Shin Kurihara, Hisakazu Iino,
Jin-zhong Xiao, Takane Katayama, Toshitaka Odamaki
※5 Bal6GBP
基質結合タンパク質の1種。ガラクトースを含む糖と強く結合することが知られている。
※6 プラスミド
細胞内で複製される染色体以外のDNA分子の総称。
染色体DNAとは独立して複製される性質から、遺伝子組み換えに利用される。
※7 出典
Odamaki, T. et al.
「Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study. 」
BMC Microbiol. 16, 90 (2016).
※8 出典
Sakai, Y. et al.
「Prebiotic effect of two grams of lactulose in healthy Japanese women: a randomised, double-blind, placebo-controlled crossover trial.」
Benef. Microbes 10, 629–639 (2019).