ポイント
- 高電界パルス(PEF)法は、現行の加熱殺菌の課題である食品成分の劣化を抑制でき、高品質食品の製造に資する次世代殺菌技術です。- 本研究開発の実施期間2.5年間(令和8年10月から令和11年3月まで)において、液卵および牛乳に対して十分な殺菌性能を有し、かつ流量100L/時という大流量で処理が可能な実用PEF殺菌装置を開発します。
- 本研究開発の成果でもたらされる効果として、1.新たな商品価値や調理形態の創出、2.食品製造・加工・殺菌プロセスにおける省エネ、省資源、省力化、3.賞味期限の延長による食品ロスの削減、流通・販売エリアの拡大が期待されます。
概要説明
熊本大学、岩井機械工業株式会社(岩井機械)、キユーピー株式会社(キユーピー)、熊本県酪農業協同組合連合会(らくのうマザーズ)の産学共同研究テーマ「食品品質を劣化させない高電界パルス殺菌技術の社会実装」が、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)による「研究成果最適展開支援プログラム※1(A-STEP)令和8年度産学共同ステージII(本格フェーズ)」のICT、電子デバイス、ものづくり分野に採択されました。本研究開発は、高タンパク液状食品の品質や栄養を保つため、独自開発の高電界パルス(PEF)※2処理技術の実用化を目指します。熱で劣化しやすい液卵※3や牛乳を対象に、まずは流量10L/時の試験で連続処理の基礎的知見を得た後、最終的な社会実装で目指す1,000L/時に向けた中間ステップとして、実用化レベルである100L/時のパイロット装置を試作してその性能を検証し、実用的な装置の仕様と運用方法を確立します。
説明
[背景]食品製造における加熱殺菌では食品成分の熱変性に基づく品質劣化が避けられません。このため、食品業界において加熱しない新たな物理殺菌技術が求められています。その有力な手法である高電界パルス(PEF)殺菌装置は、青果汁などの一部の食品に対してすでに欧米で実用化されています。しかしながら、牛乳や液卵などの高タンパク食品については、低流量の殺菌実施例はあるものの、実用に求められる100 L/時を超える流量の処理に成功した例は報告されていません。

図1 食品の加熱殺菌の課題
[研究開発の内容]
(1)PEF殺菌のメカニズム
液体中の細菌に100万分の1秒だけ発生する強い電界(高電界パルス、PEF)をかけると、液中の正・負イオンが移動して細胞膜の表と裏に蓄積し、細胞膜を押しつぶすような強い力が発生します。この力が細胞膜の耐力を超えると、膜が破壊され、菌は死滅します。このように、PEFは菌のみに強く作用し、膜を持たない食品成分には作用しません。

図2 PEFによる細胞膜破壊のメカニズム
(2)PEF処理の実用化を阻む課題
牛乳や液卵のように粘性液体を大流量で処理する場合、管内を流れる流体特有の現象に基づく課題に直面します。流路の壁に接触する部分は壁をこするようにゆっくり流れます。流路に設けた電極を通してPEFを繰り返しかけると、ゆっくり流れる箇所にエネルギーが過剰に投入されて過熱し、ホットスポットが生じます(図3)。ホットスポットは食品成分の変性や電極への焦付き(図4)を引き起こし、結果的に流路の詰まりや、装置の故障につながるスパーク放電※4を生じさせます。

図3 PEFを与えた平板電極間を流れる液体の温度分布(数値計算)

図4 平板電極への卵成分の焦付き
(3)本研究開発の2つの技術シーズ
1つ目の技術シーズは、図5左に示すPEF処理槽の構造です。中央に孔を有する絶縁板の両側に、複数の孔を有する平板電極を一定の隙間を挟んで配置しています。この構造により、液体に電気エネルギーを供給する電極部と高電界となる処理部とを空間的に分離できるため、電極表面の電界強度を低く抑えることができます。その結果、電極への食品成分の付着や電極の損耗を抑制できます。実際に、図5右に示す電界分布から、絶縁板の孔内部に高電界領域が形成され、一方で、電極表面では電界が低く保たれていることが確認できます。
2つ目の技術シーズは、処理槽の絶縁体材料として熱伝導性に優れたアルミナ(酸化アルミニウム)を採用し、さらに水冷機構を組み合わせた点です。これにより、流路壁近傍に形成されるホットスポットが抑制され(図6)、食品成分の熱変性を抑制できます。また、処理槽に投入できるエネルギーの範囲が拡がり、より強いPEF処理が可能となりました。

図5 電極隔離型PEF処理槽の構造(左)および数値計算による液体中の電界分布(右)

図6 絶縁体に樹脂(左)または冷却アルミナ(右)を用いた場合の温度分布(数値計算)
(4)本研究開発の目標
本研究開発の終了時点において達成すべき目標として、液卵および牛乳に対して、実用的に十分な殺菌効果を有し、かつ原料と同等の品質を保持可能で、流量100L/時(現在の10倍)で安定に稼働する高電界パルス殺菌装置を開発します。また、この殺菌装置が故障なく8時間連続稼働(現在の8倍)することを実証します。
(5)実施体制
熊本大学が本研究開発を統括し、岩井機械およびキユーピーが食品機械メーカーおよび食品メーカーとして研究開発に参画します。また、協力機関として熊本県酪農業協同組合連合会(らくのうマザーズ)が研究開発に参画します。

図7 本研究開発の実施体制
[期待される効果]
本研究開発で開発したPEF殺菌技術の社会実装は、食品産業に新たな付加価値をもたらすものです。具体的には、以下の3点が期待されます。
1. 原料に近い風味・物性・栄養成分を保持した高品質な食品の提供
2. 殺菌プロセスの省エネルギー化、省資源化および省力化によるSDGsへの貢献
3. 賞味期限の延長を通じた食品ロス削減と流通・販売エリアの拡大
[今後の展開]
本研究開発終了後は、以下の3つの社会実装を計画しています(図8)。
- 本研究開発で開発した100L/時処理装置について、ユーザーインターフェース等の完成度をさらに高め、小ロット食品向けの製造装置として岩井機械から市場展開します。
- PEF殺菌技術は、液卵や牛乳に加え、さまざまな食品への応用が可能です。このため、開発した装置を新製品開発のための試験設備として潜在的ユーザーに開放し、新規ユーザーの開拓と技術普及を図ります。
- 開発した100L/時処理装置を基盤技術として、中・大規模食品製造への展開を見据えた1,000L/時処理装置の開発に着手します。

図8 本研究開発のロードマップ
[用語解説]
※1 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
大学等が創出する社会実装志向の多様な技術シーズの掘り起こしや、先端的基礎研究成果を持つ研究者の企業探索段階からの支援、産学共同による技術シーズの実用化に向けた可能性検証への支援、および開発ニーズを持つ企業による技術シーズの実用化に向けた支援といった、適切なハンズオン支援の下で研究開発を推進することで、中核技術の構築や実用化開発等の推進を通じた企業への技術移転を行います。さらにハンズオン支援等を通じて産学連携活動のノウハウを提供し、産学連携に取り組む研究者の裾野拡大を図ります。
https://www.jst.go.jp/a-step/index.html
※2 高電界パルス殺菌(PEF殺菌)
電界とは、単位長さ当たりの電圧として定義される量であり、電気的作用の強さを表します。ある媒質に大きい電界を加えると電流が流れて温度が上昇します。しかし、印加時間(パルス幅)を短くすることで強い電気的作用を維持したまま温度上昇を抑制できます。電界の大きさおよびパルス幅は用途によって異なりますが、本研究開発で対象とする殺菌処理に用いる電界とパルス幅は、それぞれおおよそ数十万V/m、数マイクロ秒(マイクロは100万分の1)です。
※3 液卵
液卵(えきらん)とは、卵(鶏卵)の殻を割り、中身を取り出して液体状にしたものです。あらかじめ殻を取り除いた状態で、ポリエチレン袋や紙パック、専用容器に詰められ、主に業務用として流通しています。
※4 スパーク放電
いわゆる雷と同様に瞬間的に起こる放電のことです。本来は電気を通さない媒質が絶縁破壊を起こし、狭い領域に瞬間的な大電流が流れることで、強い発光や衝撃音を伴います。スパーク放電時には局所的に数千℃の高温が生じるため、食品成分の凝固や電極の損傷を招きます。また、放電の電気抵抗が著しく小さくなるため、電源装置にも大きな負荷を与えます。
(論文情報)
論文名: Optimization of co-linear-type pulsed electric field treatment chamber for milk pasteurization
著者:Bingyu Yan, Tomohiro Nakamura, Sunao Katsuki, Naoya Masuda, Yoshiharu Shimizu, Ryo Sasahara, Jiro Kurihara
掲載誌:Journal of Food Engineering
doi:10.1016/j.jfoodeng.2024.112373
(特許情報)
特許番号:特許第7883254号
登録日:令和8年6月23日
発明の名称:パルス殺菌器処理槽およびパルス殺菌器
権利者:岩井機械工業株式会社、国立大学法人熊本大学、キユーピー株式会社、キユーピータマゴ株式会社、熊本県酪農業協同組合連合会
発明者:増田直也、勝木淳、磯部和宏、栗原二郎 他4名
出願番号:特願2025-153611
出願日:令和7年9月16日
発明の名称:パルス殺菌器処理槽およびパルス殺菌器
権利者:岩井機械工業株式会社、国立大学法人熊本大学、キユーピー株式会社、熊本県酪農業協同組合連合会
発明者:増田直也、勝木淳、磯部和宏、栗原二郎 他2名









