人気商品であるモッツァレラチーズにスポットをあて、製造の様子とともに、代表取締役である井ノ口和良(いのくちかずよし)さんと、取締役事業部部長の及川由博(おいかわよしひろ)さんに、さまざまなお話を伺いました。
?白糠町note: https://note.com/_shiranukacho/
牛乳を大切に想うことから一日が始まる。
白糠酪恵舎 代表取締役・井ノ口和良さん。モッツァレラ作りのポイントとなる「フィラトゥーラ」という作業に入る前。カード(凝乳)の状態を入念に確認しています。
井ノ口:チーズ作りの始まりは、朝一番、生乳を牧場まで取りに行くことからスタートします。ローリー車でゆっくりと運ぶのですが、車はできるだけ振動させない、極力ブレーキも踏まない。この工房は牧場までひとつも信号がないから、とても有利なんです(笑)。
生乳を持ち帰ったら、高台に乗せてポンプを使わずに工房内へと運びます。落差を利用して自然に流れるような設備になっているのですが、その理由は、酸素を入れず脂肪の膜を壊さないようにするため。乳酸菌は酸素が嫌いなんです。
白糠酪恵舎 取締役事業部部長・及川由博さん。25歳のときに週3のパートとして入社し、今では井ノ口さんの右腕となる人物です。
及川:牧場から仕入れた生乳を殺菌し、発酵させて凝固させる。そうすると、チーズの原料となる凝乳のカードができます。その後もいくつかの工程を経て、モッツアレラチーズ作りでポイントとなる作業、フィラトゥーラに入ります。
こちらがカード。大きな塊だったカードを切断し、積み重ねて残ったホエーを排出しています。この後、裁断機にかけて細かく裁断し、状態を見ながらフィラトゥーラの作業が始まります。
フィラトゥーラとは、カードにお湯を注ぎ、手早く棒でかき混ぜ、練って伸ばしてまとめるという作業を繰り返すことで生地を完成させることです。この作業のときは、全神経を集中させるので会話はできません。このとき、工房内に独特な緊張感が漂います。
ここぞというタイミングで、この「フィラトゥーラ」という作業が始まり、この見極めこそ職人技です。
混ぜ合わせていくうちに、どんどんモッツァレラらしい姿へと変化していきます。
及川:モッツァレラに限らずですが、チーズ作りは非常に難しいです。自分勝手には絶対に作れない。例えば、つい「早く固まればいいのに」と思ってしまうことがあるのですが、それこそ自分勝手な感情です。固まるのは乳と乳酸菌のバランス。そこが気持ちよくなるように僕らは手を添えるだけしかできないんです。それを変にいじってしまうと、味もおかしくなってしまう。
工房の様子。蒸気が満ち、立っているだけでも汗がにじみ出てくる環境の中で「最高のチーズを作る」というゴールに向かって、スタッフ全員が作業に勤しんでいます。
及川:乳の発酵時間に合わせて自分の作業を終わらせないといけないので、そうなると油断もできないし、ボーッとすることもできない。というのも、工房内は湿度が90%くらい、温度も38度くらいまで上がります。お湯を使って大きな容器の中に頭を入れて洗い物をしたりするので、時々気が飛びそうになることもあります。体力を使う作業が多く大変なのですが、頑張っていいものを作ればそれを喜んで食べてくれる人がいて、その対価として僕らがまたチーズを生産できる。そういうサイクルが私達のやりがいに繋がります。
「フィラトゥーラ」が終わり、成形に入る。ツヤツヤに輝くモッツァレラが完成。このあとはパッケージ詰めが待っています。
及川:牛乳が凝固したものだけだと味はないのですが、フィラトゥーラの際に塩水のお湯を入れることによってミルクの旨みが引き立ちます。この塩は保存という意味もあります。
成形したら水の中で冷却します。できあがったモッツァレラは温かい状態なので、そのままだと形が崩れてしまうのと、すぐ冷さないと酸味が出てしまいます。うちのモッツァレラは、一般的なものに比べて水分が圧倒的に多いんです。常に絶妙を狙わないと、すぐにチーズが崩れてしまう。普通はそれを恐れてかたいモッツァレラに仕上げる工房が多いのですが、それだと我々が目指すジューシーでミルクを噛んでいるようなチーズにはならない。そのために、色々な工程を入れ込んで工夫しています。
「品質を上げながら価格を維持する」パン屋の一言が変えた酪恵舎の未来
直売店に並ぶモッツァレラ。ジュワッと瑞々しく、ミルクの余韻が口の中に広がります。塩を振ってそのまま食べるのはもちろん、ピザやサラダ、オムレツやココットなどの卵料理にも相性抜群です。
強い信念を持ち、1歩1歩着実に前へと進む酪恵舎。しかし、過去に値上げをしたことによって衝撃を受ける出来事があったと、井ノ口さんが当時を振り返ります。
井ノ口:2009年に一度、値上げをしたことがあります。しかし、2010年に値下げをして、それ以降全く値段はいじっていません。だからといって、赤字になったりスタッフの賃金を下げたりなんてこともありません。だから、うちのチーズは国際競争力があると思います。
実は、値上げをしたときに、取引先であるパン屋のお父さんに、「ちょっと原材料の価格が上がったからといって値上げするとは何事だ。俺はお前のチーズを使っても値段を上げない」と怒られたことがあります。
そのとき、「こんなに恥ずかしいことはない」そう思いました。作っている自分がちょっと苦しくなって値上げしようとしたら、売ってくれているパン屋さんが「冗談じゃない。うちは値上げしない。」と言い切った。そこから我々は、品質を上げながらいかに価格を維持するか、特別なものを使わず、いかにいいものを作るか工夫をしてきました。
物価高だけど、打つ手はいくらでもある。例えば洗剤が3%上がったら、その3%をどこかで減らせばいい。100cc使っていたら、70ccにできないか、どこかに無駄がないかを考える。本当に頑張ればできるんです。「持続的な社会に向かっていこう」というときに、特別なものに付加価値をつけて売ろうというのは、全く逆行していると思うんです。限られた資源を大切にしようとしているなら、いかに使わずに作るかということが大事。あれを使ってこれを使ってストーリーも作って特別なチーズを作ろうなんて、ありえない。白糠町の酪農家が搾った牛乳で、いかに最高のものを作るかを考える。「酪恵舎」とは、そういうところです。
「特別なことはしない」生き物が相手だからこそ、自然のままに。
「対木牧場」の對木隆司さん。視線の先には青空の下でのびのび過ごす牛たちの姿が。「今日も気持ちよさそうだね」と、ほほ笑む對木さん。
對木:酪恵舎さんとの付き合いは、昔、若い酪農家たちが集まるサークルで「仲間内で協力しよう。」ということになってから、もう20年以上になります。常に色々なことを研究していて、難しいことにもチャレンジしているし、なによりチーズがおいしいですよね。まさかあんなに大きな会社になるとは思わなかったけど(笑)。
牛たちは、好きなタイミングで餌を食べ、好きなタイミングで外に出る。搾乳機にも自分で入る。牛舎で寝ている牛もいて、それぞれに個性が出ます。
對木:この牧場は、私の父が2~3頭の牛を飼い始めたのがはじまりです。それまでは、山仕事もしながら牛を飼っていて、牛専門になったのは昭和40年くらいから。現在この牧場には、搾乳できる牛が約140頭。子牛も合わせれば240頭くらいいます。
牛が自由に歩き回れるフリーストール牛舎を採用しています。ロボット2台、24時間体制で搾乳を行い、常に新鮮な牛乳を提供できる体制を整えています。一般的に搾乳は朝晩の2回ですが、牛が自分のタイミングでロボットに入ることができるため1日3回くらい搾乳できています。ロボットで搾乳するのは、人間が楽できるというのが一番ですが(笑)、乳房が張る前に搾乳できるので、乳房炎などの炎症が少なくなるというメリットもあります。
通常、2日に1回集荷があり、そうなると朝集荷して夕方まで牧場に牛乳がないということがありますが、うちのロボットは24時間体制なので、いつでも牛乳がある状態だというのと、牛乳の量も、酪恵舎さんが必要な分だけ提供できる。こういうのもお互いに利点だと思います。
美しく平和な景色が広がる中で、飼料や電気代の高騰といった酪農家の悩みは尽きない。
對木:牛乳の状態もその日によって違います。年間、乳成分に大きな違いはありませんが、牛乳の状態が悪かった場合、例えば酪恵舎さんで通常100個できるものが80個とか90個になってしまうこともあるので、あまり変動のない牛乳を作ることを目指しています。逆に、下手に何かすると牛そのものの状態が落ちたりして狂ってしまうんです。相手は生き物。崩れるのは一瞬です。そして、一度落ちたらそれを回復させるのに3か月はかかります。だからこそ特別なことはしていません。自然のまま、安定した牛乳を提供できるように心がけています。
牛も人間も同じで、太陽に当たらないとダメですよね。土の上で寝るのが気持ちが良いのでしょう。晴れた日に牛が気持ちよさそうに外で寝ているのを見ていると、やっぱりいいなぁと思います。
「50年後の絵を描く」これからの酪恵舎が目指すこと
おだやかでやさしい口調の及川さん。言葉の端々に、チーズやミルクへの愛情が溢れています。
代表取締役である井ノ口さんは、4年後の65歳で現場を引退し、及川さんが後継者として今後を支えていくことが決まっています。及川さんは現在、井ノ口さんからの熱い指導を受けながら、さらに技術を磨いている最中です。第二章が始まろうとしている酪恵舎。改めて、及川さんに今後について伺いました。
及川:現在、井ノ口から引き継いでるプランの一つに「50年後もここでチーズが作られている絵を描く」というのがあります。50年後ということは、僕も90歳なのでその次の世代のことも考えていく必要があると感じています。まだしっかりとしたビジョンがないので、これからきちんと作って、ここに酪恵舎が存在し続ける意味を自分の中でもしっかり固めていきたいと思っています。
ミルクとは、本来子牛にあげるためのお母さんの愛情であり、その愛情がミルクからチーズに形を変えただけ。“愛情はそのまま残っていながら、栄養を保った食品を作ること”という軸がブレないようにしていきたいです。やはり、この白糠町の酪農の豊かさを守っていきたい。そして酪恵舎という場所で、ミルクという名の「愛情」をチーズという食べ物に変え、町の人をはじめたくさんの方に味わってもらい、人や世代が変わっても「変わらないもの」として残し続けていきたいと考えています。
?ふるさと納税サイト
チーズ工房 白糠酪恵舎
〒088-0342 北海道白糠郡白糠町茶路東1線116番地11
TEL:01547-2-5818 FAX:01547-2-5819
営業時間:9:00~16:30
定休日:不定休・年末年始
WEBサイト:https://rakukeisya.jp/
北海道白糠町のご紹介
白糠町は北海道の東部に位置する人口約7,000人のまちです。アイヌの言葉で「荒磯のほとり=シラリカ」が町名の由来です。豊かな自然に恵まれ漁業、林業、酪農などが盛んです。太平洋沖の暖流と寒流が交わる絶好の漁場にあり、1年を通じて様々な海産物が獲れます。茶路川、庶路川、音別川と鮭が産卵に帰ってくる川が3本もある恵まれた立地から「秋鮭」「いくら」の漁獲量が高く、ふるさと納税の返礼品としても高い人気を誇っています。近年は「ブリ」の漁獲量が増え、「極寒ぶり(R)」として新たな名産品の一つになっています。
白糠町ホームページ: https://www.town.shiranuka.lg.jp/
白糠町公式note: https://note.com/_shiranukacho/
Instagram : https://www.instagram.com/shiranukacho_hokkaido/