■研究概要
<背景>
現代社会では、メンタルヘルスの問題が深刻化し、一人一人が自分自身のウェルビーイングを日常生活の中で高め、精神疾患を予防することが重要な課題となっています。間食(おやつ)は日常生活において誰にとっても身近な活動の一つであり、食事と食事の間の栄養補給としての機能に留まらず、ほっと一息つきたい時の気分転換として、また、誰かと一緒に食べる事で生まれる会話や楽しい時間、バレンタインのチョコレート交換に代表される気持ちを伝える機能など、コミュニケーションを活性化させるものとして機能していることが知られています。そこで、人間関係を良好にする「おやつ」への深い関与は、日常生活において、ウェルビーイングを高める可能性があるのではないか、という仮説のもとに本研究を行いました。
<実験方法>
森永製菓コミュニティサイト「エンゼルPLUS」に登録のある、健常な20代~70代 311名を対象とし、2023年2月~3月に実験を行いました。年代、性別が均等になるよう割り付けを行い、関与あり群156名には「おやつに関与するワークプログラム」を、関与なし群155名にはワークプログラムなしでお菓子の喫食のみを行っていただきました。
関与あり群が体験する「おやつに関与するワークプログラム」は、おやつを通して日常かつ自然に行われている活動である、「商品の背景について知ること」「人と分け合うこと」「人にプレゼントすること」により構成されています。これらの活動を、おやつを活用しながら1ヶ月間意識的に活動していただくことにより、心理的ウェルビーイングや主観的ウェルビーイングにどのような変化があるかを、ポジティブ心理学の研究で用いられる評価尺度を使用して測定しました。また、ウェルビーイングの変化量について、関与なし群との比較も行いました。
主要評価項目には心理的ウェルビーイングを測定する「Flourishing Scale(以下FS)」を、副次評価項目には主観的ウェルビーイングを測定する「Scale of Positive and Negative Experience(以下SPANE)」「Satisfaction With Life Scale(以下SWLS)」を使用し、主観評価により得られた結果を統計学的に解析しました。
※ウェルビーイングとは
「健康とは、単に疾病がない状態ということではなく、肉体的、精神的、そして社会的に完全に満たされた状態にある」ことを示します(WHO)。主観的ウェルビーイングとは、日常生活で幸せや喜びなどのポジティブ感情が多く、悲しみや不安などのネガティブな感情が少ない状態で、且つ、自分の人生に満足している状態のことを指します。心理的ウェルビーイングとは、自己の潜在能力を十分に発揮しながら貢献し、良好な人間関係を築き、自分自身の人生に意味を感じている状態であり、利他的で持続的な幸福感を含む概念です。
※ポジティブ心理学とは(日本ポジティブサイコロジー医学会HPより抜粋・一部加筆修正)
ポジティブ心理学は幸福感や感謝等のポジティブな感情やウェルビーイング、強みや美徳などの人間のプラスの特性を科学的に研究する学問です。
従来の心理学は、うつや不安などのマイナスの部分に目を向け、それを解決していく学問でしたが、人間の本来持っている力に目を向けることで、より良く生きていくことができるという考えから生まれたのが、ポジティブ心理学と言えます。 ポジティブ心理学は、人間のネガティブな側面ばかりに傾倒した心理学の在り方をあるべき姿に修正するために、1998年にマーティン・セリグマン博士(前アメリカ心理学会会長)が提唱した比較的、新しい心理学であり、ハーバード大学では最も学生数を集める講義となるほど、近年、欧米圏を中心に世界中で注目されています。
▼ワークプログラムの流れと心理評価のタイミング
<結果>
関与あり群は関与なし群と比較し、心理的ウェルビーイング(FS得点の平均値)の改善度合いが有意に高いことが確認されました、これはおやつへの関与の活動が向社会的行動(他者に分け与える、贈与する)の性質があり、親切な行為が行為者の心理的ウェルビーイングを高める効果があるように、おやつへの関与に見受けられる向社会的行動が関連している可能性があると言えます。
関与あり群は関与なし群と比較し、主観的ウェルビーイング(SPANE、SWLS得点の平均値)の改善度合いも有意に高いことが確認されました。この結果も向社会的行動が行為者のポジティブな感情を高める効果があることに関連している可能性が示唆されました。
関与あり群は関与なし群と比較し、心理的ウェルビーイング(FS得点の平均値)の改善度合いの有意差が、主観的ウェルビーイングの改善度合いとは異なり、介入1ヶ月後から見受けられました。これは向社会的行動により、まずポジティブな感情が誘発され、拡張形成理論に基づき、社会的な関係性が強化された結果、心理的ウェルビーイングの改善に繋がった可能性があります。
以上の結果から、おやつが単なる補食や短期的な幸福感をもたらす役割に留まらず、日常的かつ自然な活動の中で向社会的行動を促進させウェルビーイングを高めるためのひとつのスイッチとして有効である可能性があることが示唆されました。
■フィリピン大学ディリマン校心理学部講師 松隈信一郎先生コメント
「ストレス社会」と言われる日本社会において、私たちが豊かな人生を送るためには、うつや不安等のネガティブな感情への対処だけでなく、日常生活の中で些細な喜びや安らぎを感じられる時間を少しでも増やし、人間関係や他者への貢献を通して、自分自身の人生に意味を感じられるようになることが重要です。本研究は、身近な存在である「おやつ」が他者との関わりや人を喜ばせる機会をつくり、ウェルビーイングを高める可能性があることを示唆しました。本研究の面白いポイントは、おやつへの関わりを継続的に行うことで、日常生活におけるポジティブな感情の増加だけでなく、次第に人間関係の充実や人生に意味を感じる状態である心理的ウェルビーイングも高まったという点です。食べ物としての「おやつ」だけでなく、「おやつ」を介して生まれるささやかな人とのポジティブな交流が、ストレスの多い日々の生活の中で大切な役割を果たしてくれるかもしれません。
松隈 信一郎 (まつぐま しんいちろう)
医学博士、公認心理師。慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程修了。専門はポジティブ心理学とストレングス(強み)研究。フィリピン大学ディリマン校心理学部講師、一般社団法人School for Strengths-Based Education代表理事。ポジティブ心理学の知識・スキルを基に不登校・ひきこもり支援を行う一方、角川ドワンゴ学園N高等学校や大学受験塾EDIT STUDY等の教育機関、また、トヨタ自動車、株式会社リード等の企業向けの心理教育プログラム開発、監修に従事。2019年豪州メルボルンで開催された第6回ポジティブ心理学国際学会臨床部門症例大会のファイナリストに選出される。立教大学グローバル教育センター講師、慶應義塾大学医学部精神神経科学教室特任助教を経て、2022年より現職。著書に「人生を豊かにするウェルビーイングノート:ポジティブサイコロジー×解決志向アプローチでこころの健康を育む」「ポジティブサイコロジー:不登校・ひきこもり支援の新しいカタチ」(金剛出版)等。日本ポジティブサイコロジー医学会評議員。
■株式会社SEE THE SUN 代表取締役社長 金丸 美樹コメント
本研究は、現代社会におけるお菓子の存在意義について再定義したいという想いから生まれました。森永製菓株式会社は1899年、貧しい時代の日本において、子どもたちに栄養があるお菓子を提供したいという森永太一郎の想いで創業しました。創業から120年以上が経過し、たくさんのモノがあふれる現代社会においてお菓子はどんな役割を果たせているのか。「お菓子をもらうと笑顔になる」「お菓子を通して友達ができた」という話は耳にしますが、改めて「食べておいしい。小腹が満たせた」以上に、人生を豊かにする役割を担うことができないかを研究しました。構想から2年ほどかかりましたが、私たちがトライしたことのない領域における研究に向けて松隈先生には多大なるお力添えをいただき、心より感謝しております。本当にありがとうございました。この結果を踏まえて、お菓子の情緒的価値も活かしながら、人々の笑顔や、よりよい人生に貢献していきたいと思います。
金丸 美樹(かなまる みき)
慶應義塾大学卒業後に森永製菓に入社。ビスケットのマーケティングや「ハイチュウ」「チョコボール」などの広告の業務を経て、新規事業部に配属。同部では、アンテナショップの立ち上げたのち、食品業界初のアクセラレーターを行う。その後、食にまつわる社会課題の解決を目指して株式会社 SEE THE SUN を2017年に設立。「テーブルを創るすべての人を幸せに」をミッションに様々な人との共創プロジェクトを起こす。
■森永製菓グループの新たな取り組み
当社グループでは、長期経営計画において『2030年にウェルネスカンパニーへ生まれ変わります。』と定めました。「ウェルネス」とは、「いきいきとした心・体・環境を基盤にして、豊かで輝く人生を追求・実現している状態」と定義し、顧客・従業員・社会に、心の健康、体の健康、環境の健康の3つの価値を提供し続ける企業になることを目指しています。
<森永製菓が考える「心の健康」>
当社グループでは「心の健康」に対して当社事業を通じて貢献できることは何かを考え、目指す状態を「森永6つの心の健康『こころく』」として定めました。
<森永6つの心の健康『こころく』>
「学術的視点(ポジティブ心理学)」+「消費者視点」 →森永6つの心の健康『こころく』
ポジティブ心理学より取り入れたwell-beingの考え方(下図青色部分)と、お客様が当社グループの商品・サービスに求める要素(下図緑色部分)を鑑み、目指す状態を「森永6つの心の健康『こころく』」として定めました。
※ご参考 当社HP https://www.morinaga.co.jp/company/ir/policy/strategy/kokoroku/